1話
大黒満子は友達がいなかった。
小さい頃から運動が苦手で、声が小さく、人見知りだった。
取り立てて頭がいいわけでもなく、不細工でもないが美少女でもなかった。
「やーいグロマン、グロマン」
中学一年生の春、男子の一人が面白がって満子をそんなふうに呼んでからかった。
満子は意味がわからなかったし、しかしそもそも相手にされないことがほとんどだったので揶揄われただけでショックを受けて泣いてしまった。
次の日から、満子の学校でのあだ名はグロマンになった。
誰かがその意味を調べて広めて回ったらしく、しばらく遅れて満子の耳にも入った。
しばらくして「ビッチ」とか「マンコ」とか呼んでくる男子も増えてきた。
満子はそれでも学校へ行くのをやめなかったが、涙も止まらなかった。
満子を最初にから買い始めたのがいじめっ子集団のリーダーだったこともあって、満子の仲間をしてくれる子供は一人もいなかった。
教師さえも見てみぬふりをした。
ある朝、教室の黒板に一枚の写真が貼られていた。
「ウッゲー、バリグロい、ってこの顔グロマンやんww」
それは無修正のエロ画像に満子の顔を合成した所謂コラ画像だった。
そんな風にして、いじめはどんどんエスカレートしていった。
スカートめくりに机の落書き、上靴に画鋲など、どうしようもなくなって、とうとう、満子は親に泣きついた。
「私、もう、学校に行きたない」
親は満子を許さなかった。その夜、満子は身体中にあざができるまで父親に殴られ、罵倒された。
母親からも明日からも学校へ行くようにキツく言われた。
晩飯も与えられず、風呂に入ることもなく制服のまま満子は眠りについた。
次の朝、登校の時間になって満子は家を出た。
ボロボロの制服のまま。
家を出て、すぐに右に曲がった。
チラリと家の方を見ると、母親の鋭い視線を感じた。
百メートルほど進んで、最初の十字路でいつもとは反対方向、左側に曲がった。
それから先、三十分ほど歩いてからコンビニに入り、染髪料を買いトイレに入った。
買ったばかりの染髪料をがむしゃらに頭に振り注いだ。
それからカバンに入れていた服に着替えた。
コンビニを出た満子はあてもなくふらふらと歩き続けた。
やがて、満子の足が悲鳴を上げ始めた頃、寂れた商店街に行き着いた。
半分ほどのシャッターが閉まっている、アーケード式の商店街で、いかにも古臭い演歌がアーケードの中に流れていた。朝だというのに飲み屋からガヤガヤと声が漏れた。酔っ払いが下手くそなカラオケを歌っていた。
そんな通りを、満子はトボトボと歩いた。
そしてようやく出口に差し掛かったところで後ろから声をかけられた。
「お嬢さん、幾つ? 学校は?」
その男は帽子被り、紺色のズボンとベストを着ていた。
満子はその男を無視した。
「ちょっと待てって。話終わってないぞ」
「話すことなんて……ない」
そのまま通り過ぎようとして、満子は腕を掴まれた。
咄嗟に「痴漢!」と叫ぼうとしたが、声が出なかった。
それで満子は自分が今まで一度も叫んだことがないと気がついた。
「サボりか? 言っておくけど逃げようとしたら公務執行妨害だからな」
「そんなん、知らん」
満子は腕を掴まれてひどく苛立っていた。
しかし、腹を立てているのは男の方も同じであった。
男は今までに何度も似たような手合いを相手にしたことがあったが、それとは関係なく、その日は機嫌が悪かった。
「手、いい加減離して」
「離すかアホ、ついてこい」
攫われる。満子はそう思った。
全力で暴れて男の腕を振り払い、満子は全力で走った。
「待て。このガキゃ」
次の瞬間、満子は地面に押しつけられていた。
ものすごく痛くて、それから膝や腕、あちこちを擦りむいていると感じた。
「……連行する」
後ろに回した手にガチャリと重い塊が嵌められた。
どこへ連れて行かれるのだろう。
そこでこれ以上何をされるのだろう。
満子は恐ろしかった。
ーー誰か、助けて!!
涙を流しがら、満子は強く祈った。
学校の時も同じように何度も何度も、まだ知らぬ誰かが自分を助けてくれることを願っていた。
学校では結局、誰も助けてくれなかった。
今も、遠巻きに見ていた大人たちはなにも言わず、満子を助けようとはしなかった。
こんな、訳もわからず、理不尽な酷い目にあっているのに、なんで。
助けを求めて満子は辺りを見回した。
誰か。
誰か。
誰か!!
「誰でもええから、私を助けて……!」
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