第3話~風の神~
「お社……二回目……」
「俺は三回目だよ……」
「じゃあ入るわよ」
「火の神もそうだけど水の神も情緒が無いなー」
「ここは私達の家みたいなものだからね。家に情緒も何も無いわ」
「へ~……そうなんだ……」
愛実は呟く。
「じゃ、さっさとみんなを起こしてちょうだい」
そう言うと水の神は社の扉を開けた。
「来たね、人の子ら」
「よう」
火の神は少し不機嫌そうだ。
「何?何かあったの?」
「特に何もねえ。何もねえが人の神の制約にイラつくだけだ」
「……そうね」
「さあ、人の子。今度はそこの風の神を起こしてもらおうか」
人の神はそう言うと薄緑の髪で左目を隠した男の子を指差した。頭の後ろには蝶々結びをした右側が赤くて左側が黄色の紐がくくりつけられている。その神は火の神より少々年齢が幼く見える。
「……この子……?」
「そうだ」
「じゃあ……起こす……」
「早っ!居行も情緒が無ぇなあ……」
「即決……大事……」
愛実はそう言うと風の神に手をかざした。
「『風の神よ……目覚めたまえ……』」
薄緑色の光と共に風が吹き荒れた。
「うわあ……」
愛実がその風に目を瞑る間に風も光も風の神の中に収縮されていった。
「んん…………」
風の神が身動ぎする。
「んー…………?」
風の神は目が開いたかと思えば辺りを見回した。
「…………もしかして、わし、起きとるか……?」
「もしかしなくても起きてるわよ」
「水の神!はぁ~……せっかく寝とったのに何を起こしてくれとる!」
「しょうがないじゃな~い。人の神の制約で起こされたんだから~」
水の神は何だか嬉しそうだ。
「無理矢理眠らされたのを根に持っとるのか」
「当たり前でしょ。人の神だけに起きさせ続けるなんて」
「そうでもせんと遅かれ早かれ皆死んどったじゃろうが」
「それでも……」
その時、ピシリ、と音が鳴った。人の神が風の神に近付く。
「フウ……役に立てなくて……ごめんなさい……私がもっと……」
人の神がそこまで言うと、またしてもパリン、と音が鳴った。
「風の神、これからも人の為に働いて下さいね」
「……忌々しい制約めが……」
何やら立て込んでいる神達をよそめに猛は愛実に話しかけた。
「風の神は『フウ』っていうんだな」
「綺麗……」
「え?」
猛は愛実のその言葉の意味が解らず聞き返した。
愛実は風の神に近付いて行く。
「ちょっ、居行!?」
猛の声に神達の目はこちらを向く。
愛実は風の神の前髪を払った。そこには薄緑の右目とは違う青色の瞳がそこにはあった。
「さっき……見えた……やっぱり……綺麗……」
だが、愛実の恍惚とした表情とは相対的に風の神はわなわなと怒りに震えていた。
「何をするか!人間風情が!!」
風の神は愛実の手を払いのけた。
「この瞳でものを見るとな、お前ら人間に腹が立ってくるんじゃ……それを綺麗?ふざけるのも大概にしろ!」
「むむ……ふざけてない……。綺麗だから……綺麗って言った……」
「まだ言うか!」
「居行!」
風の神が愛実に手をあげようとしたその時、人の神がその中に割って入った。
「あなたは……人様に手をあげるつもりなの……?」
人の神は携えていた脇差しをスラリと抜いた。
「一度、死ななきゃいけないようね……」
「あーあー!もうしないわよね、フウ?」
「う……ぐ……」
「しないわよね?」
「ふん……」
「やはり一度死……」
「わかった!せんわ!」
風の神は納得がいかない様子で了承した。
「綺麗なの……見せて……?」
「ぐぬぬぬぬ……」
「あーもー居行もいい加減にしようぜ」
「嫌……綺麗なものは……愛でたい……」
「ここにきて居行の悪い癖が出たかー……」
愛実は普段は大人しいが、彼女のこだわりというものがあり、それが触発されると途端に頑固になるのだ。
「どうしましょうねー……彼女と風の神は離してた方が良さそうね……」
「がびーん……!そんな……」
「しょうがないじゃない。あなたも風の神もああだと風の神が殺されちゃうわ」
「むむむ……そんな事無い……」
「どうしようっていうのよ」
「風の神と……仲良しになれば良い……」
「無理よ」
「即答……」
「解るでしょ?私達はただでさえ人間が憎いのよ」
「風の神と……一緒に……帰る……。そう言うまで……ここを……動かない……」
「わしに死ねと?」
「はあああぁ~……しょうがないわねぇ~……」
水の神は大きくため息をつくと風の神に言った。
「フウ、この子と一緒に行きなさい」
「はあああぁ!?何でわしが!」
「しょうがないじゃない。この子はこのままだときっとテコでも動かない。少しでもジンに殺させない手段としてはジンと距離を取ることよ。ジンはホムラに見ててもらう。これが限界点よ」
「ううぅ~何でじゃあ~何でわしが人間なんかと一緒にぃ~」
風の神は駄々っ子の様に地団駄を踏む。
「決まりだな」
火の神がため息をついた。
「うぐぐぐぐぅ~」
「やった……やった……!」
この地獄の様な空間で唯一その元凶である愛実だけが喜んでいた。
「居行……」
流石の猛も呆れ返っていた。
「じゃあ、ジンをよろしくね」
「おう」
水の神と風の神が猛達側、火の神が社に残る事に決まった。
帰り道、歩く間も愛実は恋する乙女の様にチラチラと風の神の方を見る。
「鬱陶しいのぅ……」
「うちの居行がすみません……」
「仕方ないわね、って私何回言ったかしら……まあいいわ。こういう子なのね」
「風の神……♪風の神……♪左目も……見せて……♪」
「だから腹が立つと言っとるじゃろうが!」
「居行~もう止めとけよ~」
なんやかんやで最寄り駅に着いた猛達。
「もうこやつ鬱陶しい!」
「風の神……♪風の神……♪」
「暫くは耐えて……」
「無理じゃあ!」
「うちの居行がすみません……」
「じゃあ、私はその辺の怪異を狩ってるから、後はよろしくね……」
「スイー!」
風の神は水の神に手を伸ばすが、水の神は行ってしまった。
「じゃあ、俺ももう行くな。居行、あんまり風の神を困らせるんじゃないぞ」
「無理……」
「即答か!」
愛実と風の神の二人の帰り道……やはり愛実は恋する乙女の様に風の神を見ている。
「お主もしつこいのう……」
風の神は半ば諦めた様だ。
「うん……しつこい……だから……皆に……嫌われる……」
「皆?あの猛とかいう奴もか?」
「ううん……オカルト部の……皆は……こんな私でも……嫌わないで……いてくれる……」
「そうなのか?じゃあ、それ以外の奴らからは嫌われとるのか」
「うん……『可笑しな奴』……『しつこい奴』……いろいろ……言われてるよ……」
「……」
「風の神も……私の事……嫌いでしょ……?」
「……」
「風の神……?」
「あーもー!お主だけ特別じゃ!」
そう言うと風の神は左の前髪を払った。
「風の神……!良いの……!?」
「特別じゃ!」
「風の神……!ありがとう……!」
愛実はそう言うと風の神の両頬を掴んでその瞳をまじまじと見た。
「うえっ、ちょっ……お主いきなり遠慮無さすぎじゃ!」
「じー……」
風の神は至近距離から愛実に見つめられ頬を染めた。
「う……ぐ……ま、まだかっ……」
「ずっと……ずっと……見てたい……」
「も、もう駄目じゃ!」
「えー……」
「ま、また今度じゃ!」
「やったー……」
そう言って二人は家路に着いた。
「いえーい……風の神に……お目目……見せてもらえる……様に……なった……よ……」
月曜日の部活の際に愛実はそう報告した。
「よ、良かったな」
猛はそう言った。
「あなたいつの間にそんなに仲良くなったの?」
水の神は風の神に聞いた。
「ま、まあな」
風の神は少し頬を染める。
「で、今日の報告はそれだけなの?」
乃々花が言った。
「俺からある」
観月が手を上げた。
「なになに」
梓紗は興味津々だ。
「その前に」
観月は風の神達を見た。
「水の神達は少し席を外してくれないか?」
「あら、何か悪だくみ?」
「そんな所だ」
「え?」
道正が驚く。
「まあいいわ。行きましょ、フウ」
「むむむむむ……納得いかんが」
「風の神……行っちゃうの……?」
愛実が悲しそうな瞳で風の神を見た。
「またすぐ戻って来るわい」
風の神は手のひらで愛実の頭をポンポンと叩いた。
水の神達が去った後、観月は神妙な顔になった。
「報告って何ですか?」
猛は言う。
「それはな……」
観月は一呼吸おいた後言った。
「神達の解放の仕方だ」