第2話~水の神~
そしてまた土曜日がやって来た。
猛と梓紗はあの社の前に立っていた。
「来たわね……」
「ああ……」
「じゃあさっさと入るぞ」
火の神が扉に手をかける。
「……あなたには情緒ってものが無いの?」
「情緒も何も俺にとったらここはよく見知った所だ」
「はいはい、あなたはそういう人よね」
「なんだよ」
「何も」
「じゃあもうあけるぞ」
火の神が扉を開けた。
その先には一週間前と変わらず人の神を中心に眠った他の神達がいた。
「ジン、七日間何もなかったか?」
「ああ、私の力をなめるでないよ。何も無いさ」
「さあ!次は私が起こすわよ!誰を起こせば良いの?」
梓紗がやる気満々という様に声を張り上げた。
「そうさね。では水の神を起こしてもらおうか。そこの、水色の髪の者だ」
「わかったわ」
梓紗は水の神の前に膝まずき、すっと一呼吸息を吸い込むと、目の前の神に手をかざした。
「『水の神よ、目覚めたまえ』」
すると、目の前の神から水色の流線形の光が溢れだした。
「冷たっ」
一瞬ひんやりとした温度を感じたが、火の神の時と同じく直ぐに光は水の神の中に収縮され治まった。
「ん……」
今まですやすやと眠っていた水の神が動いた。そしてうっすらと目を開けた。
「ん~……?」
火の神と同じく状況確認に努めている様だったが、そこに人の神を見つけるとこれまた同じく人の神の所へとんで行った。
「あなたよくも無理やり私を眠らせたわね!一人で抱え込まないで、って何回言ったら解るの!」
「?」
梓紗達は水の神が言っている事がよく解らない様だった。『一人で抱え込む』?人の神が?何を?
頭に?マークを付けた梓紗達を置いておいて水の神は人の神に突っ掛かる。
「あなたは……!」
その時、ピシリと音が鳴った。
「スイ……ごめんなさい……ごめんなさい……」
そして、またパリンと音が鳴る。
「水の神、あなたにはまた人間の為に働いてもらいます」
「……制約ね……忌々しい……」
水の神は顔を歪めた。
「で、どういう状況?」
水の神は側にいた火の神に問いただした。
「ジンに制約で起こされた」
「この子達は何?」
「俺らを起こすのに必要なんだと」
「ふーん……」
水の神は梓紗達をまじまじと見た。
「な、何よ……」
梓紗にはそれが居心地が悪かった。
「なんでも」
水の神は視線をすいっと火の神に移した。
「とりあえず具体的に何をすれば良い訳?今までと同じようにすれば良い訳?」
水の神の問いに対し火の神は今の状況を説明した。
「なるほどね。じゃあホムラ、あなたはジン達を守って。私はこの子達を守るわ」
「私は一人でも大じょ……」
そう言いかけた人の神を水の神の言葉が遮った。
「いいえ!ホムラに守ってもらいます!あなたが勝手をするなら私達だって勝手をします!」
「う……」
そうしている水の神達の蚊帳の外では梓紗達がこそこそと話していた。
「なんか人の神キャラ違くない……?」
「俺もそう思ってた……」
「喋り方も最初は『我』とか偉そうだったのに」
「今は『私』だな」
「あなた達!」
いきなり水の神に呼ばれた梓紗達はびくりと体を震わせた。
「私が守ってあげる!感謝しなさい!」
「こ、こら、人様に向かってなんて口の聞き方だ……」
「良いのよ!」
水の神はドーンと仁王立ちでそう言った。
「へえ……100年でこんなに様変わりするもんなのね……」
帰り道、水の神は物珍しそうに街の景色を眺めていた。
「あなたはあれは何、って聞かないのね」
「ああ、ホム……火の神はうるさかったでしょう?男の子だからかしらね。何にでも興味津々」
梓紗達は内心ホッとしていた。またあの地獄の様なあれは何だ攻撃が来るのではないかとびくびくしていたのだ。
「さ、てどうしましょうかねー。その辺の怪異を倒して過ごすのも良いし、あなた達といろいろ話をするのも良いしー」
梓紗はその言葉を聞いて眼鏡の奥が光った。
「話をしましょう!」
「い、良いわよ……」
水の神は梓紗の気迫に少々圧された。
最寄り駅に着いた猛と梓紗はそれぞれの家に帰る事にした。
「じゃあまた学校でな」
「ええ。水の神、行きましょ」
「あなたの家ね。わかったわ」
猛と別れた後、梓紗は水の神に聞いた。
「ねえ、水の神」
「なあに?」
「スイとかジンとかホムラって何?神咲君が火の神に聞いたらえらい怒られたって聞いたけど」
「ああ……それね……。ま、ホントは私も人間なんかに話したく無いけど起こしてもらったしね、そのお礼に話してあげる」
「やった!」
「調子に乗らないでね」
「う……厳しいわね……」
「私だって人間は嫌いなのよ」
「嫌いなのに守るの……?」
「ジンに私達を殺させない様にね」
「殺させ……?」
「話がずれたわね。『スイ』って何か、って事でしょ?」
「え、ええ」
「まあ、言ってしまえば仲間内でのあだ名ね。私達には名前が無いの。火の神とか水の神って名前じゃないでしょう?だから皆で勝手につけたの。単純な名前だけどね。でも大切な名前。だからホムラは怒ったんじゃないかしら。あの子も人間が嫌いだから。ま、私達は皆人間が嫌いだけどね」
「どうして……嫌いなの?」
「当たり前よ。私達を制約で縛って無理やり怪異や災害と戦わせて。それで自分達はぬくぬくと過ごす。嫌わないとでも思うの?」
「……」
梓紗は一瞬黙りこくった。
「人の神に自分たちを殺させない様に私達を守ってるって言ったわよね?それってどういう事?」
「あんまり私達の事情も言いたく無いけどね……まあ、お礼って所ね」
「ありがとう」
「そうね……『制約』って解る?」
「え、えっと、人間に逆らえない様にするものだっけ?神咲君が言ってた」
「そうね。私達もそうだけど、ジン……人の神の制約はまた違うの。それは人格や意思を完全に奪ってしまう程強烈なの。私達が強情に人間を守らない、ってすると、人の神は制約で私達を殺す。そして生まれ変わった私達には記憶は無い。『神としての本能』と最低限の記憶しか持って無い。それでまた人間達を守らせるのよ……。ジンはそれを一人で抱え込んでた……。あの子は本当は臆病で優しい子なのよ……」
「……ねえ、そこから解放されたいって思う……?」
「当たり前よ。けどもう1000年、こうして神をやり続けてる。そこまで記憶は無いけれど。ほとんど諦めてるわ」
「そう……」
梓紗としては「諦めないで!」と言いたかった。だが、自分にはどうする事も出来ないし、1000年という途方もない年月を生きた神にたった18年生きただけの自分の言葉など届かないと思った。
それきり梓紗と水の神は黙りきって家路についた。
「と、いうわけらしいわ」
「なるほどな」
観月は言った。
梓紗は水の神から聞いた事を月曜日の放課後、部室で話した。そこには水の神もいた。
「あ、最蓮先輩、これ、頼まれてた本です」
猛は鞄の中から数冊の本を取り出した。
「ありがとう。わざわざすまないな」
「いいえ!これもオカルト部の役目ですから!」
「さて、新しい情報も出揃った所で次はどうする?」
「次の神様を誰が起こしに行くかじゃないですか?」
乃々花が意見する。
「ま、それが妥当だよなー」
道正もそれに賛成の様だ。
そこに、ぽそりと呟く者が一人……
「私……」
愛実が小さく手を上げていた。
「神様……起こすの……わくわく……」
「全く、私達の事をなんだと思ってるのかしら」
水の神は嘆いた。
「神様だろ」
「はあ……」
「じゃ、次の奴は居行に決まりだな」
「はーい、じゃあ解散解散~」
梓紗がそう言った所で本日の部活は終わりを迎えた。