第九十一話 小さな墓
混沌とした夕食の後リーゼ、アイナ、フェンティーネは用意された部屋にいた。その部屋はとても広く数人は寝られる部屋となっている。
そんな部屋で三人はそれぞれ寝間着姿で並べられたベッドの上に座っている。
「なんかすごかったね」
リーゼのつぶやきに他の二人も納得するようにうなずいた。
元々はセイとティファの二人きりでの里帰りを防ぐためについてきたのだが何故かティファのとんでもない母がセイの恥ずかしい話を暴露したり、ティファの守り人だと言っていたランティがセイに瞬殺されるなどとても濃い一日を過ごした。
「あんなに疲れたセイさんの顔初めて見たわ」
夕食を終えた後セイはフェンティーネの脅迫から逃れるとすぐに部屋へと向かった。その時に言った一言が
「もう寝る」
たったそれだけ
これだけでもうセイがどれだけ疲れているか把握した。
「それにセイさんが昔鬼畜ショタなんて呼ばれてたなんて信じられないわ」
「そうそう、その話私もびっくりした」
リーゼがうんうんと同調した。
それはモナから聞いた暴露話の一つでライルと出会ってまだ数か月の頃、悪目立ちしていたセイは理不尽な理由で喧嘩を吹っかけられる事が多かった。まあそんな馬鹿な貴族に負けるわけが無く簡単に返り討ちにしたのだが、当時のセイはそれだけでは終わらせなかった。
気絶させた相手を縄でくくり学院の廊下に吊るし上げ、『これは修行の一環です。邪魔しないでください』と書いた紙を張り付けたのだ。
その所業を見た一部の貴族がセイを鬼畜ショタと呼び、それが広まったのだ。
「二人とも、そんなことよりもっと警戒しなきゃならないことがあるでしょ」
二人の話を遮るようにしてフェンティーネは言う。
それは過去にセイが自らティファにキスしようとしていたということだ。最初はモナの悪い冗談かとも考えられたのだがセイとティファの反応を見て確信へと変わった。
まさかあのセイがという気持ちと状況的に確実に欲情していることから複雑な気持ちになる。
「まさか師匠があんなことしてたなんて」
「だけどこれでセイさんに色仕掛けが通じるってことが分かったじゃない」
アイナはポジティブにとらえる。
セイもれっきとした男だ。異性に興味を持つし、意識だってする。ただそれがちゃんと感情に現れない(理性がとても強い)だけなのだ。
「そうだといいんだけど」
フェンティーネは自分の体を見る。どう見ても色仕掛けには向かない貧相な体
「ああ~」
フェンティーネは枕に向かって倒れ込むと自分の成長期があまりにも早く終わったことを悔やみその場でじたばたしだす。
リーゼはふと窓から外を覗く。
外は暗く、無数の星々が輝き月の淡い光が木々の隙間から地上を照らしている。何とも幻想的な風景だ。
「あ、ちょっとアイナ、ティーネ、こっち来て」
二人はリーゼに呼ばれ自分たちのベッドの上を移動しながら窓際にあるリーゼのベッドへと移った。
「どうしたの」
「ほら、あれ」
リーゼの指したところにはどこかに向かって歩くティファの姿があった。
「ティファ様?こんな時間にどこに行くのかしら」
「さぁ、こっちが聞きたいよ」
時刻は九時過ぎ、外に出歩く人影はもう無く他の家から明かりは失われている。そのため二人にはティファがどこにいくのか分からなかった。
「まさか!」
突然叫んだフェンティーネに二人は驚き後ろを振り向いた。
「ど、どうしたの」
「……やっぱり」
フェンティーネが顔を顰めると二人がそろって首をかしげる。
「師匠がいない」
フェンティーネは何となく嫌な予感がしてこの家の魔力を探った。するとモナとレイスと思われる静かな魔力が二つ、それと近くにいるリーゼとアイナの魔力、その四つだけだった。セイの魔力は一切感じられない。
「絶対二人でエッチなことしにいったんだよ!」
フェンティーネはそう力説すると二人がはっとした表情になる。しかし、リーゼはすぐにそんなことありえないと考えを消す。
「だけど、あのセイだよ?さすがにそれは」
「本当にそう思うの?」
すごい迫力でフェンティーネはリーゼへと顔を近づけた。
「今日モナさんの話で分かったでしょ。師匠も男なんだよ」
「う、うん」
「あの話を思い出した二人がその時の続きをしようと月夜の中、人気のない静かな場所で顔を見合わせ胸の高鳴りのまま一つに……」
「あぁぁ!うぅ」
フェンティーネの囁きにその光景を想像してしまったリーゼが夜中にもかかわらず叫びをあげた。その声があまりにも大きかったためアイナが急いで口をふさいだ。
「面白い反応だけど皆寝てるのよ。それを忘れないで」
「ご、ごめん」
「これで分かったでしょ。だから早く追いかけないと」
満場一致でティファを追いかけることに
しかしリーゼが大きな声を上げたことによりモナたちが起きているかもしれない。そうなれば玄関から出ていくのは難しすぎる。そうやってアイナとフェンティーネが悩んでいるとガラガラと窓を開ける音が聞こえた。
「何してるの?」
「何ってティファさんを追いかけるんでしょ。なら早く行かないと」
リーゼは窓を開けもう外に出ようと窓の淵に座っていた。
「ねえアイナ、リーゼって私たちの事いろいろ言うけどリーゼもリーゼだよね」
「そうね。というより時々リーゼはすごい行動力を見せるから」
「何話してるの?もう先に行くよ」
そう言うとリーゼは地面まで7mもあるのにもかかわらず窓から特に抵抗を見せることなく飛び降りた。
「はぁ、私たちも行こう」
二人もリーゼに続いて地面へと飛び降りた。
そしてそのまま三人は木に隠れながらティファの後ろを付けて行った。
ティファが向かう先はどんどんと里の住居を離れていく。
「こんな人気のないところに来てどうするんだろう。まさか本当にセイと」
「近くにセイさんの気配は」
「まだ感じられない」
三人はティファに聞こえない程度の声の大きさでこそこそと話し合う。
その後も数十分ほど追跡を続けた頃、あまりにも何も起こらないためリーゼとアイナは半ば帰りたくなっていた。
「止まって」
最後尾にいたフェンティーネが二人の足を物理的に止めすぐに木の陰へと引きずり込んだ。
「う、もう少し優しく止めてよ」
「し」
リーゼが文句を言うがフェンティーネは人差し指を鼻の前へと立てた。リーゼは反論することなく押し黙る。
フェンティーネは黙りながら向こうの方を指さすとそこには何かの前で立ち止まるティファの姿が
「お兄ちゃん……」
ティファの前にあったのは小さくみすぼらし石に地面に突き刺さり苔の生えた一振りの剣だった。
ティファはその石の前でとても悲しそうに瞳を揺らしていた。
「お兄ちゃん?どういうこと」
「私にも分からない。ティファに兄がいた話なんて聞いたことないし、そもそも家族ならあんな小さな石をお墓にするわけが無い」
フェンティーネもティファの言葉に少し驚いていた。
しかし目を凝らしてみるとその石にはうっすらと『ディンファー・アロンテッド』と刻まれていた。
アロンテッド姓、それはまさしくティファの家族である証拠
「ご—————」
ティファが口を動かしているが風が強いせいで何を言っているのか聞き取ることができない。
段々と風が弱まっていきそろそろ聞こえてくるかと思ったその時三人の思考が一斉に停止した。
ティファが涙を流して苦しそうにしていたのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
その声はとてもか細くて、どこまでも悲しみに満ち溢れていた。いつもの気丈な少女の影はそこにはどこにもなかった。
「のぞき見とは、僕はそんなことを教えた覚えはないよ」
「⁉」
三人が後ろを振り向くとそこには少し哀愁に満ちた表情をするセイがいた。
「さぁ、三人とも戻るよ。ここは君たちのいていい場所じゃない」
それはセイから聞いたこともないようなリーゼたちの行動を全否定する言葉
「一つ聞いてもいいですか」
「それは戻りながらでもいいかい」
セイにしては珍しく譲らない姿勢を貫き通す。その態度に怒っているのかとリーゼとアイナは委縮してしまう。
「別に怒ってるわけじゃないからね」
セイはそう言って二人の頭を優しく撫でた。温かさが伝わり二人の表情が柔らかくなっていく。
頭から手を離すと、二人は少し名残惜しそうにセイの手を見る。そんな二人の様子にセイは苦笑を隠せず、表情に出てしまう。
「戻ろうか」
四人はティファの実家へと戻る。
「それでなんだい?」
「ティファに兄がいたんですか」
「いたよ。だけどその話はティファの前では絶対しないでね」
「そういうことですか」
フェンティーネは話しの全容を掴めたが他の二人には全く理解できなかった。
「本当はティファの里帰りには反対だったんだよ。今の彼女だと心を壊しかねない」
「それは……師匠と同じくらい堕ちてしまうということですか」
フェンティーネは言葉を選びながら尋ねる。
「さぁ、どうだろうね」
セイは適当にはぐらかす。
これ以上は踏み入ってはならない。そういうことだ。
「だけど一つ言えるとしたら絶対に僕と同じ苦しみは感じさせないよ」
その誓いにフェンティーネは何も答えることはなくただ静かに家へと戻るのだった。




