第八十六話 濃い家族
セイたちが転移したのはエルフたちがひそやかに暮らす森
エルフたちは木の上に家を作り自然を大切にする。そのためほとんど森の外観が変わらず大きな巨木が並び立っている。川を流れる水は太陽の日差しに照らされキラキラと輝き、空気はとても綺麗だ。
「ここがエルフの里、空気が美味しい」
「すごく綺麗なところですね」
フェンティーネとアイナが各々感想を言う。
「魔の森と全然違う」
「比べる対象間違ってるわよ」
リーゼの感想にアイナがすかさず突っ込みを入れる。リーゼにとって森とはなじみのある魔の森が一番最初に思い浮かぶのだが比較対象としては確実に適してないだろう。
「やっぱりやめない?」
ティファが今からでも帰らないかと提案してくる。
「君だけ逃げるのは許さない。僕だってモナさんと会うのは嫌なんだよ」
セイの嫌そうな表情
そんな風に話していると近くにある家から軽い足取りで誰かでてきた。
「あ、やっと来たわね」
木の上からとても楽しそうな声が聞こえた。
その途端セイとティファの表情が一瞬で歪む。心底嫌そうで面倒くさそうな表情
「とう!」
五人が上を向いた。すると誰かがロングスカートをたなびかせ上から飛び降りた。セイはすぐに視線をそらし、ティファは呆れる。他の三人は突然の出来事に訳が分からずそのエルフを見てしまう。
エルフの女性はくるっと空中で一回転し両手を上げ綺麗に着地した。
「久しぶり、ティファちゃん、セイ君」
そう笑顔で言ったのはティファと同じ銀色の肩まで伸ばされた髪に童顔だがとても整った容姿、身長はリーゼほど
現れた女性こそティファの母モナ・アロンテッドだ。
「毎回言うけどその登場の仕方は止めてよママ」
「え~、いいじゃない楽しいんだし」
モナはティファに反論するように唇を尖らせた。その様子はまるで親に叱られる子供のように幼い。だが、その視線は決して娘の瞳からそらさない。
「それで?100年も帰ってこなかったのに何もないの?」
「う……ただいま」
「おかえり~」
モナはティファにぎゅぅと抱き着いた。その表情は慈愛に満ちており本当に母なのだと分からせる。そんな親子の再会なのだがモナはすぐに切り替えティファを抱いたまま後ろにいるセイへと視線を向けた。
「それでセイ君、誰と会うのが嫌なのかな?」
モナがニヤリとした笑みを向けるとティファから離れセイに近づく。
「誰に会うのが嫌なのかな?」
「こ、これをどうぞ」
セイは異次元の扉を開き数枚の資料をモナへと献上した。
モナはさっそくそれを受け取ると中身を読み始める。
セイが渡した資料はセイが300年前に開発した魔法の利用方法や発動方法、それに加えてこの魔法の開発までの持論が書かれている。
「魔力操作による魔法支配、それに加えて魔法無効化………面白いね」
モナはぶつぶつと言いながら資料を読みふける。一通り読み終えると満足そうにセイと向き合った。
「この資料に免じて今回の事は聞かなかったことにするけど弄るネタはいっぱいあることを忘れないでね」
「は、はい」
最後の方に不穏な言葉が聞こえたような気がしたが一安心だ。
「それであなたたちは誰なの?」
モナは標的を切り替えリーゼたちの方を振り向いた。
「リーゼ・エンフィスです。一応、今代の勇者です」
「へぇ、あなたが今代の勇者なのね……ライル君と違ってまだ弱いみたいだね」
モナは気にせず口にする。そんな素直な反応にリーゼは苦笑いを浮かべた。
「筋は良いわよ」
「ふ~ん、ティファちゃんがそんなこと言うなんてね」
「な、なによ」
「別に~」
モナはティファを見るとニヤリと笑ってみせた。その笑みに嫌な予感を禁じ得ないティファは少しだけ距離を取る。
「それで次は」
「アイナ・フォン・ベイルダルです」
アイナは恭しく頭を下げた。その礼儀正しさにモナが驚く。
「なんかすごい違和感ある」
「違和感ですか?」
二人は初対面のはずなのにモナはそんなことを言った。確かにいつものリーゼに対する態度に比べたら違和感があるだろうがそんなことをモナが知るわけもない。
「うん、なんていうかアリアちゃんに似てるのに礼儀正しくされるとねぇ、セイ君」
「僕に話を振らないでください」
アリア・フォン・ベイルダル、300年前の聖女にして勇者ライルの妻、伝説ではとても慈愛に満ちていて陰ながら勇者たちのサポートをしていたという人物
「だけど私、アリアちゃんがこんな風にしてるところ見たことが無いんだよ」
「一応アリア姉も晩餐会ではちゃんとしてましたよ」
「そうなんだ。変なこと言ってごめんね。それで最後は」
モナは話を切り上げると今度はフェンティーネの方を向いた。
「フェンティーネ・ナフトです」
「あなたがティーネちゃんね。会いたかったわ」
嬉しそうに両手を合わせた。
どうやらモナはフェンティーネのことを知っている様子だ。
「どうして私に?」
「だってティファちゃんから来てた手紙にあなたの事がたくさん書いてあったから」
「ママ⁉」
ティファは母の暴露に叫びをあげる。
モナの言っていることは事実だ。ティファは100年前までモナたちへの手紙を欠かさずに行っていた。その時に何度も本人の目の前では恥ずかしくて言えないほど手紙で褒めている。
「とっても可愛くて家事もできるいい子だって聞いてたわ」
「へぇ、そんな風に私のこと思ってたんだ」
「これだから帰ってきたくなかったのよ……」
フェンティーネはにやにやと顔を真っ赤にさせたティファに近づく。
「そう言えば自己紹介がまだだった。私はモナ・アロンテッド、ティファちゃんの母で魔法研究をしてるの」
モナはこのエルフの里で魔法研究をしている立派な魔法学者だ。そのため先ほどの取引の時のようにセイが作り出す魔法や魔道具に興味津々というわけだ。
「それであの魔法はどうだった?」
あの魔法とは手紙にかけられていた施錠魔法の事だ。あれはモナの中でもかなりの自信作だ。
「あれはやめてください。正直危ないです」
「そんなこと百も承知だよ」
「知ってたんなら送らないでくださいよ」
セイは呆れてしまう。
「そうじゃなくて解読の方、爆裂魔法はもののついでだったし」
「ついでで爆裂魔法を仕掛けないでください。はぁ、解読の方は僕やティファ、それにティーネなら難なく解除できると思います。ただそれ相応の魔法使いでも魔力制御が一流以上でなければ絶対に解けませんね」
「……そう、まだまだ改良の余地はあるってことだね」
セイの批評にモナは喜ぶわけでもがっかりするわけでもなく、ただ自分が作り出した魔法に改良の余地があることに胸を躍らす。
「そろそろ移動したいんだけど」
「無理そうですね」
モナは自分の魔法を改良しようと集中しセイたちのことを忘れてしまっている。後はティファなのだがティファは手紙のことをフェンティーネに弄られており今はそれどころではない。
「はぁ、ティーネ、ティファを弄るのは後にしてくれないかい」
セイはティファとフェンティーネの間に入りフェンティーネのいじりを止める。
「むぅ、楽しかったのに」
「……助かったわ」
片手で赤くなった顔を隠し恥ずかしさをごまかす。
「それでモナさんだけど」
「ええ、どうせまた魔法の事で没頭してるんでしょ。さ、早く行きましょ」
ティファは気を取り直して木の上まで続く階段を上っていく。
「へぇ、この階段、植物魔法で造ってるんだ」
フェンティーネが特徴的な階段に目を付けた。階段は大きな木の枝が地面へと垂れ下がっている感じで造られている。
「そうよ、ここじゃ、家も家具も全部植物魔法で木を変形させて作ってるの」
「すごいね」
「この里じゃ普通よ」
話しているうちに家の前までやってきた。
ティファは特に抵抗なく扉を開けた。
「ただいま」
100年間帰らなかったのにもかかわらずまるでいつもそうしているかのようにティファは家に入った。
「戻ったか」
家にいたのは同じく銀髪の男性、エルフなためかとても整った容姿をしている。そして何よりとても堅物そうに見える。
「……⁉」
男性は普通に帰ってきたティファにいつも通り返事を返したのだが今自分が誰に返事をしたのかを処理すると目を見開いて驚く。
「てぃ、ティファ」
「何?」
「ティファ~」
堅物そうなエルフの男性はその姿からは想像できないほど表情を崩しティファへと抱き着こうとする。
しかし、ティファはそんな男性をひらりと躱す。男性はそのまま顔面から床へと激突した。
「抱き着こうとしないで」
「な、ど、どうして」
「単純にキモイ」
「な⁉…………」
ティファからの辛辣な言葉にエルフの男性は心からショックを受けた。
「レイスさんも相変わらずですね」
「ん?…キサマァァ!」
レイスはセイを見るなり奇声を上げ襲い掛かろうとするが、その前に後ろから恐ろしい気配が
「パパ?」
「ひ⁉……ど、どうかしたのかい」
ティファのひどく冷たい声がレイスの背筋を凍らせる。
「何しようとしたの?」
「いや、この糞野郎にちょっとお灸をすえてやろうと」
「いつもいつも、そうやってセイにふっかけてこの馬鹿!」
「ゴホ⁉」
レイスはティファの鉄拳により床へと叩き伏せられた。
「えっと」
このノリについていけない三名ほど困り果てていた。
「ああ、あの人はレイスさん、ティファのお父さんだよ」
「それは分かったんですけどなんていうか…濃い、ですね」
リーゼの言葉に他の二人も頷いた。
寡黙な印象とは真逆の親ばかの父に魔法に没頭する母、何とも濃い家族だ。
「だから帰りたくなかったのよ」
「そう言わずに、モナさんもレイスさんも喜んでたじゃないか」
「それはまあ、そうだけど」
ティファは口では文句を言っているがその表情は少し緩んでおりとても嬉しそうだ。
「それよりほら、荷物とかさっさと置いてこの里を案内するわ」
照れ隠しなのかティファは話をそらすようにそう言ったのだった。




