第八十四話 悪魔の影
第五章の始まりです。この章は少し長いですがお付き合いください。
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ベイルダル王国北西に位置する森、その奥には妖精が住んでいるという言い伝えがある。それは誰かが確かめたわけではなく何千年もの間語り継がれているだけの噂、そう言う人だっている。
ある者は噂を聞き妖精を探しに、またある者は妖精はいないと嬉々として語る、この真逆と思われる者たちはどちらも同じ末路を歩んでいる。そう唐突に姿を消すのだ。まるで妖精のいたずらかのように
そんな森で怒りに燃えながら特殊な形状の階段を使い木の上へ早歩きで昇っていく者がいた。その手に抱えられているのは一冊の書物
木の上にある一軒の家の扉を荒々しく開けた。
「親父!」
「はぁ……またか」
そう言ってため息をついたのは尖った耳に長い白髪の男性、その顔立ちは整っているが今はその自慢の顔がゆがんでいる。
男の名前はサノバ・フーリン、このエルフの里をまとめる族長だ。
サノバは椅子に座りながらゆっくり緑茶と菓子を楽しんでいた。しかしとんだ来客、息子が来てし
まい楽しい時間が奪われる。
息子は怒気をはらんだ瞳でサノバのことを睨んだ。
「どうしてまた俺の邪魔をした!」
「レノバ何度も言っているがそれは許可できない」
そう言われるとレノバは持っていた一冊の本を机にたたきつけた。
「それは」
「外の世界に残っていた書物だ」
その本の表紙に書かれているのは『悪夢』これが何を指しているのかサノバには分からなかった。
だが息子がこの本に興味を持ったということはこの本の内容は必然的に決まる。
「すぐに燃やしなさい」
「なんでこの本の有用性が分からないんだ!」
レノバは強く非難する。
しかし、そんな息子の非難など気にもせず逆に強く睨み返す。サノバの迫力は増しレノバは少し後ずさりしてしまう。
「レノバ、その本は約束に違反している。今すぐ燃やせ」
サノバは父としての言葉ではなく族長としてレノバに言った。それくらいこの本は存在してはいけない書物なのだ。
「約束って、そんなこと言ってる場合かよ!早く何か手を打たねえとこの里は終わりだぞ!」
レノバが訴えているのは里の滅亡、実際現在エルフの里が危機的状況であるのには間違いない。
「だから姫に戻ってくるよう毎年手紙を送っているのだ」
「っ、百年も里に戻ってこないやつを頼ってどうすんだよ!」
「それでもだ。もし戻ってこなかったとしてもこの森が滅ぶわけではない」
「俺が言ってるのはそう言うんじゃねえよ。エルフの里の話をしてるんだよ!」
二人の意見は決して交わることはない。
「それならそれで構わない。我々は精霊様たちに頼りすぎた。そのしわ寄せが来ただけだ」
「くっ、畜生!」
レノバは荒々しく机に拳をたたきつけると本を持ちこの居心地の悪い空間から去ろうとする。しかしサノバは本を持っていくのを許さない。
「その本を置いていけ」
「あ?これは俺が見つけた本だ。どうしようが勝手だろ」
「それは許されない。最後通告だその本を置いていけ」
それはレノバへの最後の警告だ。サノバは今までレノバの行動を黙認してきた。そこには息子に対する情といつか考えを変えてくれるのではという甘い考えがあった。しかしもはやこれ以上の好き勝手を許すわけにはいかない。
サノバは魔力をレノバに向けて放つ
その量は膨大、流石エルフの族長なだけはある。
レノバはその膨大な魔力に当てられ身動きが取れなくなってしまう。
「お前が悪魔の力にこだわって10年、私はお前の行動を黙認してきた。だがもうこれ以上は見過ごすことはできない。レノバ・フーリンお前を……この里から追放する。悪魔の研究をしたければこの村から出ていけ」
「っ⁉」
それが族長としての、いや違うだろう。親としての決断だ。
まだレノバは親としての甘さを捨てきれなかった。本来ここまで悪魔の力を研究したものは死刑であってもおかしくない。それだけ悪魔とは危険な存在だ。
これがレノバが親として、してあげられる最後の事になるだろう。
「……ああ、出てってやるよ。こんな里、だが覚えとけ。俺は諦めない。いつかこの里に戻ったときお前らお堅い連中に引導を渡してやる」
そう吐き捨てレノバはこの家を、この里を後にした。
残されたサノバは冷めた緑茶をすすると大きく息を吐いた。
「どうしてこうなってしまったのか……」
サノバは頭を抱える。レノバが悪魔の力にのめり込んだのは約10年前の事、当時エルフの里では作物の不作が続き、環境も少しずつ悪い方へと傾いていった。
その原因は明白だ。精霊の数が減ってしまったからだ。エルフの里では精霊から自然の力を借り発展してきた。しかしその精霊たちが少なくなってしまい受けられる恩恵も少なくなってしまったのだ。
そんな中レノバが目を付けたのは悪魔の力だった。
「またあのような悲劇が起きなければいいのだが」
サノバは一抹の不安を抱きながら冷めた緑茶をすするのだった。
追放されたレノバはというと家とは別に用意してある自身の研究室へと向かった。
研究室は家と同じように木の上に作られている。研究室の中にはレノバが書いた様々な資料や悪魔に関する文献が数冊、精霊に関する文献が本棚にところせましと並べられている。
「くそ、くそくそ!」
レノバは研究室に着いたと思いきや机に置いてあった資料を乱雑に荒らし始める。目は血走っており怒りが窺える。
「どうして悪魔の有用性を理解できない」
レノバは悪魔について調べていくうちにその力の強大さに魅了されていった。しかし、その文献の量があまりにも少ないため得られる情報は少なかった。どうすれば悪魔を呼び出せるのか、その方法だけはどんな文献にも書き記されていなかった。それだけ徹底的に悪魔に関する情報を抹消したということだろう。
しかし、レノバは見つけてしまった。
悪魔を呼び出す方法を
レノバは荒れながらも持っていた一冊の本『悪夢』を開いた。
「これさえあれば」
血走った目で『悪夢』に目を通していく。
『悪夢』に記されているのは悪魔について、悪魔は冥界と呼ばれるこことは別な世界に存在しその力は圧倒的、今から500年前に召喚された悪魔が一国を滅ぼしたなどと記されている。
そんなことはレノバにとってはどうでもいい、探す場所はもう決まっている。
「あった」
手を止めたページは悪魔召喚の儀式
レノバはページに書かれた通りの手順で準備を進めていく。研究室の床に召喚陣を描いていくそして自分の指をナイフで切り血を召喚陣へと垂らす。
「我欲に満ちしものなり・汝は悪夢・我の声にこたえ世界を超え顕現せよ・サモンデビル」
詠唱をすると召喚陣へと魔力が集められていく。
レノバは期待しながら召喚陣を見守る。やがて魔力が吸収し終わり黒く発光し始める。
「こい!こい!こい!」
レノバは凶暴な笑みを浮かべ叫ぶ。目に映るのは狂気、もはや本来の目的を見失って悪魔事態にこだわり始めている。
発光が強まるにつれてレノバの期待も大きく膨らんでいく。しかしその期待は一瞬で崩れ去るのだった。
「は?」
突如、何も起こらないまま光が消えたのだ。こんなこと本には書いていない。
「おい!どうしたんだよ。早く出て来いよ悪魔!必要ならなんでもくれてやる!だから早く俺の前に姿を現せ!」
体をくの字に曲げ叫ぶ。
その叫びはまさに狂気を感じさせる叫びだった。しかしそんな叫びも虚しく悪魔を姿は現そうとしない。
このまま諦めるわけにはいかないレノバはもう一度試そうとするがその必要はなかった。
「————」
目の前に現れたのは人では無い何か、黒い肌、二翼の禍々しい翼に顔と思われる部分には赤い球体。レノバが求めていた存在悪魔だ。
しかし、レノバはここで予想外なことに気づく。それは目の前に現れた悪魔の強さが尋常ではないということ。本来ならレノバにとって嬉しい誤算なのだがここまで強大だと一切の悪魔に対する優位性を示すことができない。そうなれば待っているのは破滅のみ
レノバが固唾を飲みこみ悪魔が発言するのを待つ
「————」
しかし悪魔は言葉を発しようとしない。いや話せないのだ。
その代わり赤い球体が淡く光りだす。
「あ………」
その光を見たレノバの瞳が段々と虚ろになっていく。意志が失われていく。
まるで人形のようになってしまったレノバを前に悪魔はゆっくりと近づく。
「————」
「分かりました」
レノバは抑揚のない声で返事をすると研究室を後にした。
残された悪魔は赤い不気味な光を放ちながらこの場から消えるのだった。




