第八十二話 公爵からの誘い
「レオンの家庭教師になっていただきたいのです」
レイデンス公爵が言ったのはレオンの家庭教師になってほしいという願いだった。
しかし、その裏に隠されている魂胆は横から睨んでいるティファには筒抜けだった。
レイデンス公爵は次期公爵であるレオンの家庭教師になってもらうことによりレイデンス家とセイの関係を強めようという考えだ。
現状アレンとセイは師弟という関係で親しいのだが、アレンはレイデンス家内でも問題児とされておりはっきり言ってしまうと邪魔なのだ。そんな人物が英雄であるセイと関係が強いとなると次期頭首にレオンではなくアレンをという声が出てしまう。そうなるとレオンとガンバートとしては都合が悪い。
そのための願いだった。
「あんたたちね」
「ティファ、僕が答えるからいいよ」
そんな見え透いたことにセイを利用されるわけにはいかないティファは、レイデンス公爵に文句を言おうとするがセイに止められる。
「そのお願いだけどね。答えは無理だ」
「そう言わずに謝礼金はもちろんはずみます。それにうちの領地から一頭地をあなた様に差し上げます」
破格の申し出だがそんなことでセイの答えが変わるわけがない。
「はっきり言うけど、僕はお金にも地位にも興味ないんだ。それに僕は今住んでいる家が気に入ってるからね移動する気はないよ」
レイデンス公爵は顔を顰めた。このままではセイと良好な関係は築けない。そんなときレオンが前へ出た。
「なら、私に魔法を教えてください。私の称号は魔法使いです。きっとあなた様の期待に応えますのでなにとぞ」
「無理だね」
即答だった。
「な⁉どうしてですか。私の魔力量は常人を上回っています」
「うんとね。僕は基本的に弟子を取るつもりはないんだよ。それに君は確かに魔法使いとしての才能を持っている。だけど僕にはそれをもう伸ばすことができないんだよ」
それがセイが断った理由、セイはレオンがこれ以上魔法使いとして成長することはないと判断した。そのため教えられることが何一つなかった。
「それじゃあ、僕は食事をしてくるからじゃあね」
それだけ言うとセイはティファを連れ料理の並ぶテーブルへと向かった。
「あんたがあいつらの狙いに気付いてたなんて珍しいわね」
「流石にあそこまで露骨に言われれば何が狙いかくらいは分かるよ。それにレオンって子に言ったことは本当の事だしね」
「はぁ、まあいいわ。そんなことよりここにあるお酒、飲みましょうよ」
そう言ってティファがとったのは氷の入ったバケツで冷やされた一本のワインだった。ティファはとてもるんるんだ。しかし、そんなこと許されるはずもなくセイに横から取られてしまう。
「だめだ」
「一杯くらいいいじゃない」
「あのね、一杯であんなベロンベロンになるのにここで飲んだら皆に醜態をさらすことになるだろ」
「師匠の言う通りだね。ティファにお酒を飲ませるとろくなことが無い」
「そんなにティファさんってひどいんですか?」
「もう面倒って言葉が具現化したかってくらいにはだるい」
そう言ってやってきたのはリーゼとフェンティーネだった。
二人はティファ同様にドレス姿だった。
リーゼは白を基調として薄青色の糸で刺繍が施され綺麗なドレスだった。着慣れていないせいか少しだけ足取りがおぼつかない。
フェンティーネのドレスは黒を基調として体のラインがはっきり見えるタイトドレスだった。しかし小さな体にもかかわらず吸血鬼が持つ独特の雰囲気からか妖艶に見えてしまう。
「師匠、どうですか」
フェンティーネはその場で一回転して見せる。
「うん。とても可愛らしいよ」
「ありがとうございます」
フェンティーネはとても嬉しそうにはにかんだ。
「あのセイ、どう、ですか」
フェンティーネとは対極的にリーゼはとても恥ずかしそうだ。初めてこんな高級なドレスを着て似合っているか不安なのだ。
「お姫様みたいでよく似合ってるよ」
「そうですか」
リーゼは似合っていた安堵よりも褒められた喜びの方が大きいのか頬を緩めた。
「師匠に褒めてもらったからもう満足だよ」
嬉しそうにしていた二人は一転、ティファへと詰め寄る。
「ティファ抜け駆けしたでしょ」
「そうですよ。私たちがドレス選んでる間に抜け出しましたよね」
二人から非難の視線を向けられる。
ティファはリーゼとフェンティーネと一緒にドレスを選びに行ってたのだがティファだけ早々にドレスを選んだあげく、メイドに連れの準備ができたと言いに行ってもらったのだ。そうしてセイのことを一人待っていたという訳だ。
「私は、終わったから先に行ってただけよ」
「それでも一人で行くのはずるいです」
「それにさ、さっきあそこの人から聞いたんだけどティファ、師匠にエスコートしてもらったみたいだね」
ティファはさっと視線をそらした。
二人から向けられる視線はさらに厳しくなっていく。
「ね、どういうことなの」
「それはあれよ。たまたま会っただけで、ね、セイ」
ティファはセイへと助けを求めるが
「そうだっけ?廊下で僕の事待ってたよね」
「師匠はそう言ってるけど」
まさかのセイの裏切りでもう逃げ場を失ってしまう。
「ちょっとセイ、あんた私に対する態度が昔のままじゃない!」
「さぁ、何のことか分からないな」
「後で覚えときなさいよ」
ティファはセイのことを恨めしそうに睨むが軽く受け流されてしまう。
「それじゃあ、三人はごゆっくり」
「待ちなさい」
セイはその場から逃げるようにして別な場所へと向かった。ティファはすぐに追いかけようとするが目の前の二人によって阻まれてしまう。
「どこに行くつもり」
「そうですよ。どこにも行かせません」
ティファはじりじりと二人から詰め寄られるのだった。
ティファから逃げてきたセイは別な場所で適当に料理を食べていた。
セイが一人でもあるにかかわらず貴族たちは誰一人としてセイに近づこうとしない。皆セイと良好な関係を作ろうとしていたのだが今は公爵家であるレンティス家の誘いを断ったセイをどうやって自分たちの派閥に引き込もうか考えているのだ。
そんなセイに一人近づく者がいた。
「セイさん、こんばんは」
「こんばんはアイナ、そのドレスとても似合ってるよ」
近づいてきたのはアイナだった。
アイナは結婚式とはまた違った白を基調とした露出が少し多めのドレスを着ていた。
「ありがとうございます。何を食べてるんですか」
アイナがセイへと近づいた。
「ちょっと近くないかい?」
「そうですか、普通だと思いますよ」
アイナは肌と肌が触れ合うほどの距離、というかがっつり触れていた。
あの時アイナがキスをしてからこうしてセイに好意的な態度を堂々と取るようになったのだ。セイも何となく察しているがその気持ちに対する答えは出していない。
「はぁ、君はすごく変わったね」
「はい、セイさんに救ってもらいましたから」
「僕が希望になるわけじゃないんだけどね」
セイは頬を掻きながら少し困った笑みを浮かべた。
「ああ!アイナ何やってるの!」
突然リーゼの叫び声が聞こえてきた。
「もう来ちゃったの、ふふ、また後で来ますね」
それだけ笑って言うとリーゼの方へ行ってしまった。リーゼは怒ってはいるものの少し楽しげだ。アイナも本心からの笑みだろう。それを見ていると少し懐かしく思えてしまう。
(君もここにいたらこうして笑っていたのかもしれないね)
「何たそがれてんのよ」
そう言ってセイの方へやってきたのはティファだった。その後ろにはフェンティーネもいる。
「それより、あんたよくもばらしてくれたわね」
ティファから睨まれる。セイは何とかしてこの場から逃げ出そうとした時
「あ、そろそろ挨拶しないと」
「逃げるな!」
ちょうどいいところでゼインの魔力を感じ取り、逃げるようにゼインの方へと向かうのだった。




