第八十話 本当の自分
大聖堂が一面銀世界へと変わった。
セイの放った魔法、ニブルヘイムは禁忌魔法である冥獄魔法の一種で全てを凍らせる死の冷気を放つ魔法。セイはそれを大聖堂内という範囲で限定的に発動させたのだ。
死の冷気は当然レネテロにも襲い掛かる。魔剣アーレスを破壊されたレネテロは何の抵抗もできずに凍り付いた。
「寒い」
吐いた息が白くなるほど大聖堂内の温度は低くなっており、ウエディングドレス姿のアイナは少し震えてしまう。
「ごめんね。アイナの格好に配慮しとけばよかったね」
そう言うとセイは魔法で自分たちの周りの温度だけ上げた。
「さて、皆に無事だと知らせないとね」
セイは凍り付いた扉を魔法で溶かし外へと出る。
「えっと、これは何の騒ぎかな?」
「すごい数ですね」
二人が外に出るとそこには大勢の衛兵たちが大聖堂を囲むようにして陣取っていた。その中心には近衛騎士も見える。全員武装しており臨戦態勢になっていた。
セイたちが困っていると奥からエルフの少女と水色髪の少女が近づいてくるのが見えた。
「終わったようね」
「ああ、無事にね」
「それは良かったわ。だけど、なんでアイナとそんなにくっついてるのよ」
ティファに鋭く睨まれる。
セイとアイナはお互いを見合わせた。するとセイはアイナのことを抱きかかえており、アイナはアイナでセイの首に手を回していた。二人は戦いが終わったことで頭がいっぱいで自分たちが今どのようにしているのか忘れていたのだ。
アイナは慌てて手をどかすとセイがゆっくりアイナを下ろした。
「アイナ」
アイナを呼んだのはとても心配そうにアイナを見つめるリーゼだった。
「ちゃんと二人で話し合うといいよ」
セイはそっとアイナの背中を押しリーゼへと近づけた。
「アイナ大丈夫?」
「ええ、セイさんに助けてもらったから何ともないわ」
「……」
「……」
二人の間に妙な静寂ができてしまう。
あの日アイナがリーゼとろくに会話もせず突き放して以降二人は一切話していない。
アイナはどんな顔をして話せばいいか分からない。
「あのさ」
そんな沈黙を破ったのはリーゼだった。
「私があの日の夜、言った言葉覚えてる?」
「覚えてるわ」
リーゼの言うあの日の言葉とは「本当のアイナの言葉を聞きたい」
二人ともあの日の事は鮮明に覚えている。
「本当の私の言葉を聞きたいだったわよね」
「聞かせてくれる?」
「いいわよ」
リーゼはいったいどんな言葉が出てくるのか緊張してしまう。
「リーゼは、からかうとすぐに表情をころころ変えてからかっててとても面白いわ」
「え?」
アイナはそう言うとニヤリと笑みを浮かべた。
リーゼの緊張はすぐに嫌な予感へと変わる。
「それにリーゼが自分の事を楽しく話してるのを見るのも好きだわ。特にセイさんの話をしている時なんて―———」
「ストップ!ストップ!」
リーゼは慌ててアイナの話を止めにかかる。そんなリーゼを見てアイナは楽しんでいる。
「リーゼが話してほしいって言ったんでしょ」
「それとこれは話が別!」
リーゼはセイの方を横目で見ると遠くでティファと話しているのが分かった。今の話を聞かれていなかったことに安堵の息を漏らす。
「ふぅ、もうやめてよね」
「分かってるわよ。だけど今言ったことは全部私の本心よ」
アイナはそう言うと真剣な表情になる。
「私はね、人が嫌いだったの。私を見てくる人たちは皆汚い視線を向けてくる。同年代の子たちも同じだった私を王女としてしか見てない」
そう言うアイナはとても寂しげだった。
「アイナ……」
「リーゼが気にすることはないわ。私が勝手にそう思ってただけかもしれないしね。それに私はあなたと出会ったから」
アイナの表情が少し明るくなった。
「私はね。最初あなたにも同じような事を思ってたのよ。だけどあなたは違った。あなたに向けてきた視線は純粋なものだった。そこからはもう楽しかったわ。今までの人生が嘘みたいにね」
本当に楽しそうに言う。
「これが私の本心、全部よ」
「そうだったんだ。教えてくれてありがとうね」
「いいのよ。そのくらい」
アイナは笑みを浮かべた。そこには仮面や王女といったものに縛られることのない純粋な少女の笑みだった。
そんな二人を眺めていた英雄たち
「よかったよ」
「そうね。私もあんな風に笑うアイナは初めて見たわ」
そんなことを話しているとセイの前にと黒髪の少女が転移してきた。
「師匠、全部終わりました」
「どうだったかい?」
「はい、師匠の言う通り王都の周りに魔王軍の魔物が沢山いたんで全部倒しておきました」
フェンティーネはセイの頼みで結婚式の最中に王都の周りの調査をしていたのだ。
そしてセイの予想通り王都の周りにはファントムアサシンなどの魔物が複数体潜伏しており、今までその魔物たちの討伐にあたっていたのだ。
「ありがとうね」
「えへへ」
セイはフェンティーネの頭を優しくなでるとフェンティーネの表情はふにゃぁと崩れとても気持ちよさそうだ。
「もういいでしょ」
「だめです。私は師匠の役に立ちましたから当然の報酬です」
ティファが抗議の視線を送ってくる。しかしそう簡単にこんなご褒美を邪魔されるわけにはいかないフェンティーネはこれが正当なものであると主張する。これにはさすがのティファも何も言い返すことができない。
「私だってゼインたちを避難させたわ」
「それって誰でもできる仕事でしょ」
「そんなこと言ったらティーネの方だって私がやればもっと早く終わらせられたわ」
「……」
二人の間に火花が散り始める。
「ここらで一戦やっとく?」
「いいじゃない。その喧嘩のったわ」
ティファが『深弓』を構え、フェンティーネは魔力を高め始める。
そんないつも通りの光景にセイが少し呆れていると話し終えたリーゼとアイナが近づいてきた。
「またやってるんですか」
「まあ、いつもの事だしね仕方ないよ。それより話は終わったのかな」
「はい」
リーゼは満面の笑みを向けてくる。アイナの気持ちを知れてとても嬉しそうだ。
「セイさん」
「どうしたのかな」
「ありがとうございました」
アイナは頭を下げた。
「あなたのおかげで、私は希望を見失わずに済みました」
「いいんだよ。別にあれは僕のエゴでもあるしね」
「いえ、それでも私は救われましたから、だから……」
そこまで言うとアイナは言葉を止める。
(ごめんなさいリーゼ)
アイナは親友であるリーゼへと心の中で謝った。
「ん」
「⁉」
「な⁉」
なんとアイナは大衆の面前でセイの唇へキスをしたのだ。
これにはされる側のセイも面食らってしまっている。しかしこれ以上に驚いている者がいた。リーゼだ。
まさか友人、いや親友といっても過言でない友人が自分の想い人へとキスするなど誰が想像できたか
大聖堂を取り囲んでいた騎士や兵たちも驚いている。
数秒するとアイナは唇を離し、少し頬を赤くさせながらセイのことを上目遣いで見ていた。
セイは目をぱちくり
「ちょっと何やってるの!」
「うそでしょ!」
そこへ喧嘩をしていたはずの二人が来てますます状況は混乱する。
「アイナがしたなら私も!うぐ⁉」
フェンティーネは今ならいけると思いセイの唇を奪いに行くがティファに首根っこを掴まれ動けなくなる。
「なんであんたまでキスしようとしてるのよ!」
「いいじゃん、ティファと違って私まだ師匠とキスしたことないんだから」
「え⁉ティファさん」
リーゼにとって聞き捨てならない言葉が
リーゼがティファの方を見るとそっと目をそらされた。
確定だ。
その後、この光景を見ていた一部の貴族や騎士たちが嘆き、リーゼまでこの争いに参戦し状況はますますカオスになるのだった。
そんな風景を見ながらアイナは楽しそうに笑うのだった。




