第七話 リーゼの思い
教会を後にしたセイとリーゼはこの村で唯一店を出しているところへやってきた。
店にはいろいろな雑貨や食べ物などが売られている。
「あらリーゼちゃん、ごめんね今日は特に面白い物はないのよ」
「いえ、今日は買い物に来たんじゃないです」
「そうなの……そちらの方はもしかして」
店主の女性がセイのことを二度見した。それだけリーゼが家族以外の男性と一緒にいることが無いからだろう。
「一昨日私たちのことを助けてくれたセイ」
「初めまして、リーゼの家でやっかいになってるセイです」
「あら、てっきりリーゼちゃんにも春が訪れたのかと」
店主の女性がリーゼのことをからかう。
「違うよ!」
「ふふ、冗談よ。初めまして、私はアンナよ。この村で商人をやってるわ」
「よろしくお願いします。早速で悪いんですけど魔物の素材って買取できますか?」
「できるわよ」
セイにとっては嬉しい話だ。円環魔法を発動する際に異次元の扉にはお金を一切入れてなかったため一文無しなのだ。
セイは、異次元の扉を発動し中から一昨日狩ったレッサーウルフの素材を取り出した。
「空間魔法⁉あなたすごいわね」
「そうなんですか」
「そうよ。王都でもめったにいないわ」
アンナは商品を仕入れる際何度か王都に立ち寄ったことがあるがセイのように空間魔法を自在に操る人物を見たことが無い。
(空間魔法は人目のつかないところで使おう)
空間魔法を使える人は珍しいためもしかするとセイの正体に感付く人物が出てくるかも知れない。
「まあ、詮索はしないわ。それでこの数のレッサーウルフになると銀貨5枚ってところかしらね」
「それでお願いします」
「分かったわ。はい」
セイは、銀貨五枚を受け取る。
(変わってないな)
銀貨の形は、300年前から一切変わっていない。それを異次元の扉へとしまう。
「ちょっとおかしなこと聞くんですけど、この国の硬貨は300年前と変わってませんか」
「う~ん。分からないわね」
そう言いながら手をお金の形にする。
(この人も商人か)
商人という生き物は情報もただでは渡さない。
「僕は今一文無しなので大した額は出せませんよ。それでいくらですか」
「そうね~リーゼちゃんの恩人ってことで銀貨二枚でいいわ」
「はぁ、分かりました」
情報を得られないと困るため仕方なくアンナへ銀貨二枚を渡す。
「どうも、形も価値も変わってないと思うわ」
300年間硬貨と何ら変わっていないのはセイにとって幸運だ。
硬貨は銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、白金貨の順で高くなっていく。同じ硬貨100枚でその上の硬貨一枚になる。白金貨は貴族や大きな商会の取引にのみ使われるほど高い。
硬貨の価値が変わらないなら少し引っかかるところがあった。
(ん?三百年前と変わらないならレッサーウルフの素材ってもう少ししてなかったっけ)
「レッサーウルフの素材ってもう少し高くなかったですか」
「そのくらいだと思うわよ」
にやにやしながら言う。完全に足元を見られた。
「また何かあれば教えるわ。もちろん有料だけどね」
「商人は苦手です」
それはセイの本心からの言葉だった。
それからセイとリーゼはアンナの店から立ち去った。
「すいません。アンナさんが」
「大丈夫だよ。僕がちゃんと価値が分かってなかったのがいけないんだから」
セイは、商人を相手するのが苦手だった。いつも買い物をするときは仲間の誰かに価値を教えてもらっていたのだ。
「それで次はどこに行くのかな」
「次は、私のとっておきの場所です」
「それは楽しみだ」
リーゼは楽しそうに前を歩く。
「今日は、男連れかい」
「あらかっこいいわね」
村の畑近くを歩いていると村人たちが集まってくる。
「初めましてセイです」
セイが優しく微笑むと女性たちが顔を少し染める。
「村の男どもとは違うわね」
「私の旦那よりかっこいいかも」
「いい男捕まえたわね」
「やばいぞ」
「なんだ、こいつは」
女性陣から絶賛の嵐。その代わり男たちからは戦慄するように見られる。
その後は、村人たちからの質問攻め。どこから来たのか、何をしに来たのか、リーゼとはどんな関係とかは、リーゼのことどんな風に思っているのか、など。最後の質問は答える前にリーゼが村人とセイの間に入り阻止する。
「セイ、早く行きましょう」
「ああ、うん。それじゃあ失礼します」
リーゼとセイは村人たちから離れていく。そんなリーゼの恥ずかしがる態度を村人たちは温かく見守る。
「愛されてるね」
「皆、心配性なんです。私は大丈夫って言ってるんですけど」
リーゼは頬を膨らませ文句を言っているがその言葉とは裏腹に嬉しさがはらんでいる。
「ふふ」
「なんで笑うんですか」
「リーゼが面白くてね。そう言ってくれる人たちは大切にしなよ」
セイはポンッとリーゼの頭をなでる。いつもなら恥ずかしがるのだがこの時ばかりはセイの顔を見る。
その顔は微笑んではいるがどこか寂しげだった。
「…あの」
「どうしたんだい」
「いえ、何でもないです。早く行きましょう」
聞こうと思ったが踏み込んではいけない話のような気がして聞くのをやめる。
二人は、そのまま村の近くにある湖へと来た。
「ここです」
「すごいね。村にこんな大きな湖があるなんて」
大きな湖が出来上がっていた。だが自然の中にある湖にしては形がおかしい。かなり綺麗な円形になっている。
「この湖は、魔神大戦のときに魔道王様が作り出した湖なんですよ」
「ん?」
セイには、こんな湖を作り出した覚えがなかった。昔の記憶をさかのぼっていく。
(あ、まさかあの時の)
思い出した。
「魔法によって魔王軍を退けこの湖を作り上げたんです」
リーゼが目を輝かせながら語る。本当のことを知ってしまったら少女の夢が壊れてしまう。
(言えない。あの時新しい魔法を試して失敗したなんて)
この湖ができた本当の理由は、セイが新しい炎魔法を試そうとしたら失敗してしまい魔力暴発が起きてしまったのだ。その時ちょうど魔王軍が来ていてまぐれで当たったのだ。その後ティファやライルにこっぴどく叱られた。
湖になったのは、炎が消えなくて消火するために咄嗟に発動させた水魔法の加減を間違えてしまったのだ。
そんなことを思っていると少女が落ち着いた様子で湖を眺め始める。
「この広い湖を見ていると心が落ち着くんです。たまに思うんです。私はこのまま剣を振り続けていいのかなって、もっと違う道もあるんじゃないか。例えばあの貴族の求婚を受けるっていうのもありだったんじゃないかなって、そうすれば家族に裕福な暮らしをさせてあげられるな、なんて思うこともあるんです。どれが正しい道だったのか分からないんです」
それは純粋な少女の思い
「だけどこの湖を見ているとそんな私のちっぽけな悩みをなくしてくれるんです」
そんな少女の姿を眺めどこか昔の自分と重なった。
「そうか。なら僕から一つアドバイスをあげるよ」
少女はセイの方を振り向く。
「正しい道なんて誰にも分らない。たとえそれが神であってもね。だから僕たちは自分の選んだ道を少しでも不幸にならないように努力するんだよ。そうすればいつかああ、この道を選んでよかったなって思う日が来るからさ」
(僕は、それを失敗したけどね)
黒髪の青年は自嘲した笑みを浮かべる。その努力を怠ったせいで大切な親友を失った。悔やんでも悔やみきれない。
「そう、ですね。ありがとうございます」
「さぁ、そろそろ戻ろうか。もう時間的にお昼だしね」
もう日が一番上まで昇っている。サリナが昼食を作って家で待っている。
二人は、家に帰るのだった。