第七十四話 不安の種
セイは家へと転移した。
すぐに抱きかかえていたティファをソファへと寝かせる。
「おかえりなさい、ってどうしたんですか⁉」
部屋の掃除をしていたフェンティーネがぐったりとするティファを見て驚く。
「悪魔が現れた」
「⁉……大体は把握できました。ティファは大丈夫なんですか」
フェンティーネはとても心配そうに気を失っている少女を見る。
「ああ、ティファは強いからね。だけど当分はそっとしといてあげて」
「分かりました。あ、それなら今日は心が落ち着く物を作りますね」
「ありがとう」
フェンティーネは掃除を切り上げ夕飯作りに取り掛かった。セイはというとティファが持っていた『深弓』へと目を向けた。すると所々にひびが見受けられた。あれだけの魔力を短時間で集めたのだ『深弓』への負荷は計り知れない。
セイは『深弓』のひびがはいった箇所を魔力で補強し始める。これは応急処置的なもので完全に治るわけではない。今度、腕のいい鍛冶師に頼んで直してもらうしかないだろう。
そんなことをセイは考えているとリーゼが部屋から出てこないことに気が付いた。いつもならすぐに部屋から出てくるのだが今日は一切出てくる気配が無い
「リーゼはどうしたんだい」
「分かりません。私が家に帰ってきた時からずっと部屋にいるんです」
フェンティーネが帰ってきた時からすでにリーゼは部屋におり、フェンティーネが呼び掛けても返事がなかった。昼寝でもしてるのかと思い見ていないがここまで出てこないと心配になってしまう。
「ちょっと見てみるよ」
セイはリーゼの部屋の扉をノックした。
「リーゼ、起きてるかい?」
返事が無い
「入るよ」
セイは扉を開け部屋の中へ入るとリーゼは制服姿のままベッドの上で寝転がっていた。目は空いており眠っているわけではなさそうだ。
「リーゼ、お~い」
セイはリーゼの目の前まで行き顔の前で手を振るが心ここにあらずといった様子だった。
「リーゼ、リーゼ、聞いてるのかい?」
セイはリーゼの柔らかい頬をぷにぷにとつつき始める。
「くすぐったいよ………」
「やっと気づいてくれたね」
リーゼの表情がふにゃぁと崩れたかと思うとセイと目が合い動きと表情が固まった。
リーゼは壊れたロボットのような動きで自分の頬を引っ張った。
「……現実ですか」
「寝ぼけてるのかい?」
リーゼの顔が真っ赤に燃え上がった。
リーゼはすぐにベッドから立ち上がりぼさぼさになった髪を整えた。
「そんなちゃんとしなくていいんだよ」
「ダメです!ちょっと一回出てってください」
「分かったよ。準備?が出来たら呼んでおくれ」
リーゼはセイの背中を部屋から追い出そうとする。乙女心を多少なりとも理解できるセイは自分でも足を進めた。
しばらく待っていると部屋の扉が開いた。
「もういいかい」
「はい、どうぞ」
部屋に入るとさっきまでぼさぼさだったリーゼの髪はちゃんと整えられておりベッドもさっきまで寝ていたとは思えないほどきれいに整えられていた。
「それでどうしたんですか」
「ティーネからリーゼが部屋から出てこないって聞いてね。心配で見に来たんだよ」
「あ」
リーゼは自分が帰ってきてから一切部屋から出ていなかったことに気づいた。考え事をしていてすっかり時間を忘れてしまっていたのだ
リーゼは俯いた。
「何かあったのかい」
「いえ、特にたいしたことじゃないんですけど」
「僕でよかったら話を聞くよ」
セイは優しく微笑みかける。
「……実は、今日アイナの様子がおかしかったんです。だから気になって聞いてみたら婚約するって言ったんです」
セイは特に驚くこともなくリーゼの話を聞く。
「アイナは王族だからね。今の歳で婚約が決まってもおかしくない」
「違うんです!そうじゃなくて……」
リーゼの語尾が弱くなる。
(相当、悩んだんだね)
リーゼの様子からどれだけ悩んでいたか想像できた。
「大丈夫だよ。話してごらん」
セイは優しくリーゼの頭を撫で諭すようにそう言った。
「……本当のアイナの気持ちじゃない気がするんです」
「?どういうことだい」
今の言葉だけだと何のことだかセイも察することができない。
「婚約を決めたアイナは王女としてのアイナで本当のアイナは嫌なんじゃないかなって」
「……そういうことかい」
「あ、私がそう思っただけでアイナが直接言ったわけじゃないんです」
リーゼは何を思ったのか自分の考えを慌てて訂正する。
(これも勇者の特徴なのかな)
セイとしてはリーゼの言っていることはあながち間違っていないと思ってしまう。
もうこの世にいない勇者もセイの心を見抜いていた。
目の前にいる小さな勇者もまた、人の心を救おうとしている。自分の友である少女を心配し本気で悩むその優しい心こそ勇者に必要なものだった。
「僕の見込んだ通りだった」
セイは小さく呟いた。
「君は正しいと思うよ」
「え?」
「僕と話しているアイナは、こう言ってはなんだけど作りものみたいな表情をしてたからさ」
セイはアイナの表情を思い出す。リーゼと話している時に比べ自分と話している時に社交辞令のような笑みを浮かべていたのが印象的だった。
「仮面をかぶって本当の自分を押し殺してるかもしれないね」
「どうしてそんなこと」
「さぁ、僕には分からないよ。だけど君はアイナとちゃんと話してみるといいさ。それが友人というものだろう」
それは亡き勇者から教えてもらったことだ。
友人は大切に困っていたり、悩んでいたりしたら解決するまで相談に乗るそれが友人というものだ。
この言葉をセイは忘れない。
「分かりました。明日ちゃんと話してみます」
「それがいいよ。それじゃあそろそろご飯お時間だから向こうに行こうか」
二人が部屋から出るとフェンティーネがティファに紅茶を淹れていた。
ティファはいつもと違い少し落ち込んでいた。
「起きたんだね」
「ごめんなさい」
セイの姿を見た途端謝罪した。
いつもの気丈なティファと違いリーゼは目を丸くして驚く。
「私また取り乱しちゃって、力を抑えとけばあいつをやれたかもしれないのに」
視線を合わせようとせず、その表情には悔しさと途方もない怒り、そして申し訳なさが織り交ざっていた。
「気にしないで、僕もあいつが現れることを考えてなかったんだしさ」
「でも……」
ティファはどこまでも自分を責めようとする。
「はぁ………はぁ……」
そして何かを思い出したのか段々とティファの瞳には影が差していく。呼吸も荒くなり顔も青ざめ始める。
それに気づいたセイは震えるティファを自分の下へと抱き寄せた。リーゼはセイの大胆な行動に驚く。
しかしそんなリーゼを気にせずセイはそっとティファの頭を優しく撫でる。
「大丈夫、大丈夫だよ。もう気負う必要はないんだ。君は何も悪くないんだから」
「だけど、私……」
「君の手はもう血で濡れてない綺麗な手だよ」
そう言うとセイはティファの手を自分の手で優しく包み込む。セイの温かさが伝わったのかティファの震えが徐々に治まっていく。
「もうあんな悲劇は起こさせないさ、ね?」
「……うん」
セイが幼い子供を安心させるように言うとティファはとても弱弱しい返事をした。
「あ………」
セイが離れるとティファは不安そうな声を漏らした。
相当心が弱っている。
「この話はもう終わりだ。ティーネ、僕も手伝うよ」
「ありがとうございます」
「……」
話をここで切り上げるがティファは俯いているだけで何も話そうとしない。
セイはキッチンへ向かう際リーゼへと耳打ちをする。
「そっとしておいてあげて、彼女は今不安定なんだ」
それだけ言うとフェンティーネと共に夕食を作り始める。
その日、ティファは何をしてもずっと落ち込んだままだった。




