第七十一話 魔王軍の根城
セイとティファは早朝からまだ誰もいない大通りを歩いていた。昼間とは違いとても静かだった。そんな静かな道を心穏やかに歩いているかと思えばティファだけは違った。
「はぁはぁ、ティーネ、本気すぎでしょ」
「君が身長のことを言うからだろ」
「私が悪いのは分かってるけどだけどあそこまでやる必要なくない」
ティファはフェンティーネに連行され、やってきたのは何もない広い高原だった。着いた瞬間フェンティーネからものすごい量の魔力が溢れだしたかと思ったら無言で一方的な魔法の暴力、ティファは寝間着姿だったためマジックバックを持ってきていない。得物である『深弓』はおろか何も武器を持っていない状態だった。
ティファは逃げながら説得を続けたがフェンティーネは一切耳を貸そうとしない。それどころか、段々と魔法の威力が強くなっていき、最終的には冥獄魔法である黒無まで使う始末だった。ティファは何とか全ての魔法を躱せたが疲れは尋常ではなかった。
そして今である。
「それに、何で止めてくれなかったのよ」
「弟子にはのびのび育ってほしいからね」
「のびのびさせすぎよ!」
そこから、ティファがつらつらと文句を並べていく。しかしセイは話し半分に聞きながら魔王軍の手掛かりになりそうなことがなかったか考え始める。
しかし全く思い当たる節が無い。
「ちょっと聞いてるの!」
「うん?聞いてるよ」
嘘はついていない。しかしティファのジト目がセイへと向けられる。
「絶対聞いてなかったでしょ」
「ほら着いたよ」
そうこうしていると二人の目的地である大聖堂へと辿り着いていた。
「逃げるつもり?」
「逃げるも何もちゃんと話聞いてたんだから。ほら早く会いに行くよ」
セイは、少し逃げるようにして大聖堂へと入っていった。
「あ、ちょっと待ちなさい!」
ティファはセイをすぐに追いかける。
二人がこの大聖堂にやってきた理由は一つだ。世界を見守っている(かなりの頻度でさぼる)エンネシアに会いに来たのだ。
ナフト王国でのソラティス戦の後セイはエンネシアに会いに行き、魔王軍を監視するようにお願いしていたのだ。そのため手掛かりとなるような情報を持っているかもしれないエンネシアの下へとやってきたというわけだ。
二人が大聖堂内に入るとティファが魔法を発動させた。
景色が変わり、一面真っ白な空間へとやってきた。
「はぁ、無駄にこの空間広いのよね。これじゃあエンネを探すのも一苦労だわ」
「仕方ないよ。ほら、探そう」
「うぅぅ……」
二人がエンネシアを探そうとした時、奥の方から来たことがあるうめき声が聞こえてきた。二人は顔を見合わせるとうめき声のする方へとゆっくりと歩いた。
するとそこには……
「ちょっとどうしたの⁉」
「あ……おはよう、早いね二人とも」
そこには今まで見たこともないほど疲れきった表情をして倒れているエンネシアの姿があった。これにはティファも心配してしまう。
「パーフェクトヒール」
「ふわぁ、暖かい」
セイはエンネシアへと回復魔法をかけると段々と表情の疲れが取れていく。
「セイ君、ありがとう」
「このくらい構わないけど、そんなに疲れて何かあったのかい」
「そうよ。エンネがここまで疲れてるなんてただ事じゃないわ」
エンネシアはティファに支えられながら上体を起こした。
「実は……」
「実は?」
とても深刻そうに呟くエンネシアに二人は息をのみ真剣に聞こうとする。
「久しぶりに真面目に世界を見てたら疲れちゃったの。てへ☆」
茶目っ気たっぷりの笑顔を見せる女神様、信徒ならこれを見た瞬間涙を流して拝み始めただろう。しかしここに居るのはエンネシアの本性を知る二人のみ
つまり
ティファが無表情で手をどかすと支えを失ったエンネシアがそのまま床へと倒れた。
「いた⁉」
「こんな女神頼らないで二人で探しましょう」
「そうだね」
二人は、何事もなかったかのようにこの空間から世界へと戻ろうとする。
「あ、待って、二人が帰っちゃったら私の頑張りはどうなるの」
「久しぶりに仕事ができてよかったわね」
エンネシアが少し涙目になりながら訴えかけるがティファからは冷ややかな言葉しか返ってこない。
「ごめんなさい!私が悪かったから、帰らないでよ~!」
この世界の創造神様の必至の懇願、それだけ自分の頑張りを無に帰すのが相当辛いのだろう。
ここまで言われたら二人も戻るわけにはいかず女神さまの下へと戻る。
「分かったわよ」
「ありがどう~ティファちゃん~」
エンネシアがティファへと泣きながら抱き着いた。
「ちょ⁉どれだけ嫌だったのよ」
しばらくの間、エンネシアがティファから離れようとせず話を聞くまで手間取ってしまう。
「ぐすん、二人は、魔王軍について聞きに来たんだよね。ありがとう」
ティファが涙で濡れているエンネシアの目を持っていたハンカチで優しくふき取ってあげる。なんだかんだでティファは優しいのだ。
「何かわかった?」
「ちょっと待ってね」
エンネシアはとある一枚の地図を目の前に作り出した。
そこには、ベイルダル王国が中心に描かれておりその周りにナフト王国、プロスティア帝国などの国々が描かれていた。
「魔王軍なんだけど、私が監視し始めてから現れたのはここらへんだったかな」
エンネシアがそう言うと地図に青い光が点灯し始める。その数は、ナフト王国の領地に二つ、ベイルダル王国に三つ、そしてプロスティア帝国に五つ
「それで被害が出たのがここ」
青い光が赤い光へと変わった箇所が五か所
ナフト王国、ベイルダル王国、それぞれすべての箇所の色が変わった。
「へぇ、これは随分、分かりやすく出たね」
「流石にあからさますぎじゃないかしら」
色が変わっていない国が一つだけある。プロスティア帝国だ。しかも魔王軍が現れたのは現在帝都がある位置だった。もはや語るまでもない。
しかしここまで露骨だと逆に怪しく思ってしまう。
「たぶん、心配する必要ないと思うよ。私が、見てることたぶん気づいてないから」
「?魔王はあんたが見てることくらい知ってるはずでしょ」
魔王は創造神エンネシアがこの世界のすべてを見ることができると知っている。そのため露骨な行動はしないというのが魔神大戦時からの常識だった。
「それがプロスティア帝国からは魔王の気配を感じ取れないんだよ」
「つまり、帝国には魔王がいないってこと?」
「うん、だからこれは魔王の行動じゃなくて幹部の独断行動だと思うの」
それなら納得だった。幹部は創造神エンネシア直々に手伝っていることは知らない。
これでやるべきことが決まった。
「なら、もう決まりだね」
「ええ、早速行きましょう。プロスティア帝国に」




