第六十二話 吸血鬼たちとの絆
セイたちは今、謁見の間へと来ていた。玉座にはまだ頬が少し赤いブラドがきらびやかな衣装を身に着け座っている。
その横にはいつもと少し雰囲気が違うフェンティーネが立っていた。黒いドレスを身に纏い、唇には薄く紅が塗られている。いつもの可愛らしい印象とは違い今はとても綺麗で美しい。
下段にはブラド王の側近である吸血鬼たちが立ち並んでいた。
「さて、良くぞこの国を救ってくれた。国を代表して感謝する」
「ありがたきお言葉」
セイは頭を下げるだけであり跪くことはない。普通ならここで「不敬だ!」などと言う人が出てくるはずだがブラドの側近は全員セイと会ったことがありセイのスタンスは知っているので何も言わない。
「して褒美をやりたいのだが、お主はいらんな」
「はい、特に欲しい物はないので」
「おぬしらはどうだ」
ブラドはセイの後ろにいる二人へと視線を向けた。
「私もいらないわ」
「私もいりません」
二人も断る。ここまでは予想通りだったため特に驚くこともなかったのだがブラドは少し困った表情をする。
「はぁ、国としては何かしら褒美をあげなければメンツが保てんのだがな」
「お父様、師匠たちに褒美を渡すのは不可能だと思います」
「だろうな。仕方あるまい。なら、む?」
ブラドが謁見の間へと近づく者に気が付いた。セイたちも次々にその気配に気が付いていくとセイだけが表情を歪ませた。
「ブラド王、褒美の代わりに今すぐいいたいことがあります」
「ダメだ」
「どうしてです」
「さっき我のことを見捨てただろ。お互い様だ」
ブラドの口元はとてもにやけている。
(く、大人げない)
セイはブラドのことを恨みがましく睨むが軽く受け流されてしまう。ブラドの側近たちもにやけておりフェンティーネは笑いをこらえていた。
リーゼだけはこの状況が理解できていなかった。
その時、大扉が勢いよく開かれた。
「父上!ご無事ですか!」
扉の前には騎士服に身を包んだ短い黒髪に黒い瞳を持つ高身長の男性が立っていた。顔立ちはとてもよく少し荒々しさを感じる見た目だった。
「戻ったかガレン」
男の名はガレン。ナフト王国皇太子ガレン・ナフトだ。
「創造神エンネシアより報告を受け急いでやってきたのですが、どうやらもう終わったみたいですね」
「ああ、その者たちのおかげでな」
ブラドはにやけながらセイのことを指さした。
「ご無沙汰しています。ガレン・ナフト皇太子殿下」
セイは振り返ると軽く頭を下げた。
ガレンは呆然とし謁見の間を少しの間静寂が包み込んだ。
その静寂の中ガレンは徐々に速度を上げセイへと近づく。そして何を思ったのかセイの頬へとフェンティーネのようにきれいに右ストレートを繰り出し胸ぐらをつかんだ。
突然のことにリーゼは唖然としてしまう。
「どうして消えたんだ!何故相談しなかった!」
ガレンはつばが飛ぶほどの勢いでセイに向けて怒鳴りちらす。
「……ごめん」
セイは俯き、ただ謝るだけだった。そんなセイを見てガレンはいら立ちを隠せず奥歯を噛みしめる。
「きっ!そんな言葉を聞きたいんじゃない!そんなに俺のことを信用できないのか」
ガレンとセイは古くからの知り合いだった。ティファと知り合う以前からの仲でよくライルと三人でよく行動を共にしていた。
「いや、そうじゃない」
「なら、どうして俺のことを頼らなかった。そこにいるティファだって、お前には仲間ができたんじゃなかったのかよ」
「……ごめん、あの時はあれしか思いつかなかったんだ」
ガレンがさらに怒鳴ろうとした時
「ガレン、それ以上責めるのはやめよ」
「ですが父上、俺はまだセイに言ってやりたいことが山ほどあるんです!」
「それはおいおい言ってやれ。だがそれよりもまずは再会を喜ぶのが先だろ」
「⁉」
ブラドの言う通りだった。300年ぶりに再開した友を怒鳴りあげるのは筋違いだ。
ガレンは怒りをおさめセイの胸ぐらをそっと離した。
「……すまなかった」
「僕の方こそごめん。何も相談しなくて」
互いの非を認めあうとガレンはフッと笑みを浮かべ、手を差し出す。
「お前とまた会えてよかったぜ」
「ああ」
セイとガレンは互いに固い握手を結んだ。
今度こそ友との再会だ。しかしそんな喜ぶべき状況のはずなのにガレンは苦笑いだった。
「後な、皇太子殿下って呼び方はやめてくれ。昔のままでいい」
友に敬称を付けて呼ばれるのは嫌なのだ。
そう聞いたセイはニヤリと口角を上げた。
「おや、そうだったのかい。なら、のう—」
「おい、戻りすぎだ」
「冗談だよ。ガレン」
「はぁ、お前だけだぞ。俺をあんな風に呼んでたのは」
セイは愉快そうに微笑む。セイが言おうとしていたのはガレンと出会った時の呼び方だ。その呼び方は王族に言えば不敬ととられるようなものだったのだが当時のセイは勇者であるライルにもため口だったため誰にも咎められることが無かった。
「あの二人って仲いいんですか」
「まぁ、それなりにはいいんじゃない」
リーゼがティファに聞くと曖昧な答えが返ってくる。ティファもセイとガレンがどのように出会って仲良くなったのかあまり詳しくないのだ。
「それじゃあ、僕たちはそろそろ帰らせてもらいますね」
「もう帰るのか。まだここにおっても構わんだろ」
「そうだぞ。久々にあったんだから酒でも飲まないか」
「僕は構いませんけど、リーゼは明日学院です」
セイはリーゼの肩に手を置いた。
「む、それは仕方あるまいな」
「そう言っていただけると助かります」
一国の王とはいえ無断で勇者を自国に置くことはできないのでブラドも渋々納得する。
「時間が出来たらレインティーラに来い」
「レインティーラ?どうしてだい」
「知らなかったのか。俺は今大使として仕事をしてるんだ」
セイはガレンの言葉がうさん臭く思えてしまう。
「君が大使?冗談はやめてくれよ」
「冗談じゃねえよ!」
「え⁉だって君ごりごりの武闘派でしょ」
セイは本気で驚いてしまう。ガレンが大使など全く想像つかなかったのだ。
「いつの話してんだよ!もう300超えてんだ政治のことくらい学んだわ!」
セイはあまりの衝撃で呆然としてしまう。
「おい、そこまで衝撃的か」
「うん。僕が初めてこの国に来た時以上の衝撃だよ」
「どんだけだよ!」
そんな軽いやり取りが行われる。その様子を大臣やブラド王たちは温かく見守っていた。
「まぁいいや。俺はそこにいるから暇なとき遊びに来い」
「分かったよ」
二人は約束をする。
「さて、そろそろ帰りたいんだけど、ティーネはその格好のままでいいのかい?」
セイは帰る前フェンティーネへと視線を向けた。
「私ですか」
「そうだよ。あれ?家に住む気だったんじゃないのかい」
ナチュラルにそんなことを言うセイに場が静まり返った。
「セイは相変わらずだな」
「これで狙ってないというんだからな。誰の教育なんだか、いやあの勇者と聖女か」
ブラドとガレンはセイの変わらない様子に呆れていた。当然セイの後ろにいる少女たちも同じ反応だ。
「今すぐ準備してきます!」
状況を理解したフェンティーネは笑顔で自分の部屋へと転移した。
「はぁ、セイ家の娘を頼むぞ」
「分かってますよ。あの子は僕の弟子ですから」
「そうではないのだがな……」
聞きたかった返事とは違かったがそこはセイだ。予想はしていた。
しばらくすると、フェンティーネがいつものローブ姿でセイの隣へと転移してきた。
「準備はできたかい」
「はい、大丈夫です。それじゃあお父様、お兄様行ってきます」
「ああ」
「セイに迷惑かけんじゃねえぞ」
「お兄様じゃないんですからそんなことしません」
兄妹は軽口をたたくと一瞬にらみ合う。がすぐに表情を戻しフェンティーネはセイの腕をつかんだ。
「それじゃあ僕たちは行きます」
リーゼとティファもセイへと掴まった。
「師匠、これからもよろしくお願いします」
「うん、よろしく」
師弟の軽いやり取り、フェンティーネにとってはやっと純粋な気持ちでセイと一緒にいられるため、ついセイを掴む手に力が入ってしまう。
そんなフェンティーネをセイは優しく撫でる。
300年前と同じ温かな師弟関係、ナフト王国側の吸血鬼たちはまたこの光景を見ることができ和やかになる。
セイの転移が発動し四人はナフト王国を後にするのだった。
これにて第三章は終了になります。次回は一旦、人物紹介を挟みたいと思います。
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