第六十話 祝福されし勇者
・ソラティス視点
私も舐められたものですね。
私の目の前には今代の『勇者』が剣を構えていた。そんなもので私を倒せるわけが無いのに、何を考えてるんです『魔道王』
『魔道王』の方を見てもただ微笑んで『勇者』の事を見守っているだけ。
気持ち悪い。私は『魔道王』を初めて見た時からあの表情が不気味で仕方なかった。まるで仮面でも被っているかのようにずっと同じ優しい表情。
ああ、本当に気持ち悪い。
だが、私は一度だけ『魔道王』の別な表情を見たことがあった。私が300年前発動した呪いをあいつが神光魔法で解呪した時の表情、私に向けられたあの眼差し
その時なぜあんなにも不気味だったのか疑問が晴れた。しかしそれと同時に私はあいつに恐怖を覚えた。あんな状態で普通にしているなど正気の沙汰ではない。狂っている。
「は!」
今代の『勇者』も野蛮ですね。こっちが考えている時にいきなり攻撃とは
私は勇者の剣を魔力を纏わせた右手で軽く受け流した。
やはりまだまだ成長途中、その後も勇者の連撃が繰り出される。
「……速さだけはあるようですね」
だんだんと勇者の剣速が速くなる。くらっても大丈夫そうですけど流石に痛いのは嫌ですからね。
私は仕方なく少し動くことにした。
「少しはやるようですね。少しだけ力を見せてあげましょう」
「⁉」
ほう、反射神経もだいぶいいみたいですね。勇者は私の魔力に気づいて距離を取った。
まあ、無駄ですがね
「大地よ・我の呼びかけに答え敵を貫け・ガイアランス」
高速詠唱が終わり大地が揺れ始める。
「リーゼ、高く飛んで」
「分かりました!」
ちっ、魔道王の指示で勇者がすぐにその場で跳躍した。信頼関係とはなんとも厄介なものでしょう。
勇者が跳躍したのと同時に私の魔法が牙をむいた。
大地から無数の棘が現れ今代の勇者へと襲い掛かる。しかし、高く飛び上がったせいで全ての棘を躱される。
躱されるのは予想外だったが仕方ない。なら
「我呪怨の主なり・汝を呪縛へと閉じ込めたらん・カースバインド」
私から黒い魔力が勇者へと放たれる。
空中にいる状態でこの呪いを躱すことは不可能。だが勇者の表情は苦しいものではなかった。むしろ口元が少しにやけていた。
私は嫌な予感がしてすぐに距離を取った。
「顕現せよ!神剣ブレスノア!」
————リーン リーン リーン
どこからともなく鐘の音が響き始める。
勇者は持っていた剣を鞘へと納めると右手に新たな剣が握られていた。聖なる魔力を纏った細身の刀身、穢れを知らぬ純白の剣
何故その剣を持っている⁉
まだあの勇者は成長途中だったはず、あの神剣はこのレベルの勇者が使う剣ではない。私は勇者をすぐに<鑑定>を使い視た。
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リーゼ・エンフィス
種族 人間
体力 B
魔力 B
筋力 B
俊敏 A
称号 『勇者』
スキル <剣術lv5><神剣lv1+1><鑑定lv2>
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なんですかあの表記は⁉lvの横にプラスなど見たことが無い。もっと詳しく見なければ
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<神剣lv1+1>
創造神エンネシアが『勇者』の機嫌を取るために行われた特別措置。神剣ブレスノアが使用可能
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ふざけてるのか?なんだこれは、いや今はそんなことどうでもいい。早くあの剣の対策を考えなくては
神剣ブレスノア、私を倒した忌々しい勇者ライルが使った神剣、あの神剣とは相性が悪すぎる。
勇者がブレスノアを振るうと私が放った呪いをいとも簡単に消し去る。
神剣ブレスノアはその纏った聖なる魔力によりすべての呪いを無に帰すという私にとって最も危険視すべきものだ。
「この剣ならいける!」
大地にできた棘の隙間へと着地した勇者が凄まじい速さで私へ迫る。やはりもう一つの力か、私はすぐに魔法で迎撃しようとするがその必要はなかった。
「ちょ⁉」
勇者は驚きの声をあげていた。
何してるんです?
勇者は私を切ることなく速度を維持したまま私の横を通り過ぎた。
もしや、ブレスノアを使うのは初めてなのか?それならばまだ勝ち目はある。『魔道王』も手を出してくる様子はない。『妖精姫』は『黒魔』を連れてこの場から離れた。勝てる。
「リーゼ、エンネに説明されたことを思い出してみて」
「……」
余計なことを
思い出す前に始末してしまわなければ
「大地よ・我の呼びかけに答え敵を貫け・ガイアランス」
大地から現れた棘が勇者へと迫る。
「うわ⁉」
勇者はかなりの高さを飛んだ。やはり力に振り回されていますね。
神剣ブレスノアのもう一つの力は祝福、その名の通り装備者へと祝福を与える。祝福を与えられた者は能力値が全て上昇する。シンプルだがとても強力、祝福が強ければ強いほど上昇値はその分多くなる。
今の勇者の祝福はそれほどではありませんが振り回されているなら好都合です。もう一度魔法を使い勇者を—
そんな考えが頭をよぎった時、凄まじい風と共に私の右頬が少し熱くなった。
「少し慣れてきました」
「⁉」
勇者は私の右横に剣を振り下ろしていた。
何故そこにお前がいる⁉空中でそう簡単に動けるわけが、
は!まさか
私はある可能性にたどり着き魔道王を見ると少しだけ魔力が放たれていた。
やはり魔法でしたか。忌々しい
勇者が神剣を渡し目掛けて振るいあげた。さっきよりもとても速く鋭い、これをくらうのは流石にまずいです
私は咄嗟に身を翻し躱そうとするが勇者が振るった神剣が私の右腕へとかすめ凄まじい激痛が体中にほとばしる
く⁉忌々しい祝福ですね、私の体は呪いで出来ているため少しかすめるだけでもかなり大きなダメージがはいってしまいます。
ここはもう逃げるしか—
「それはできないよ」
あぁ、本当に忌々しい、ここであなたが出てきますか魔道王
私は魔法を使うため魔力を発しようとするが……やはり、できませんでしたか。魔力の完全支配、強いにもほどがありますね
これは私の負けですね
「まさか、あなたが手を出してくるとは思いませんでしたよ」
「ここまでしたんだ。簡単に逃がすわけないだろ」
……あぁ、その眼差しやはりあなたは、気味が悪い。
「これで終わりです!」
私の体は真二つに切り裂かれた。
まさか、こんな最後になるとは、未熟な勇者に殺されるなんて、魔王様私はもう一度あなたの栄華を見たかった。私はそっと目を閉じた。
………まだ死にませんか。なら最後に私らしく嫌がらせでもしますか
「勇者、魔道王はここ—」
私が口にする前に私の体は陽火に包まれた。
やはり口止めですか……
そこで私の意識は闇の中へと沈みました
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・リーゼ視点
セイの魔法で私は飛びながら動くことができるようになっていた。
そして私はソラティスのことを切り裂いた。剣はすんなりとソラティスの脇腹へ入り込み切った感触が無くそのまま切り裂いてしまった。
自分が強くなったわけじゃなくてこの神剣のおかげだと思う。
ソラティスが死ぬ間際に口を開いた。
「勇者、魔道王はここ—」
その時だった。横から炎がソラティスの体目掛け飛んできた。これは、セイの魔法?
そのままこの後の言葉を聞くことなくソラティスは消えてしまった。
何を言おうとしてたんだろう。セイの事だよね?まさかセイが口止めを?
「リーゼ、どうしたんだい」
「⁉」
私は驚きのあまりその場で飛び上がってしまった。
「大丈夫かい」
「は、はい大丈夫です」
後ろを振り返るといつも通り優しそうなセイがいた。
私ってばなんてことを考えてたの。セイが口止めなんてするはずがないよね。私はすぐに疑問を無くそうとする。
だけど、完全になくすことができなくて心のどこかで引っ掛かり続けた。




