第五話 円環魔法のデメリット
セイとの反射神経を鍛える練習は夜遅くまで続いていた。いまだ躱すことはできていないがだんだんとその速さに慣れてきてあと少しで躱せるところまできていた。
「今日はもう終わりにする?」
「まだ、できます」
もうリーゼの精神的疲労はピークまで来ていた。剣を目で追い続けその後すぐに剣を突き付けられる感覚はかなりきつい。
「じゃあいくよ」
「はい」
セイが練習用の剣を真横から振るう。
(左から、違う斜めから!)
リーゼの目の前で剣の軌道が突如変わった。真横に振るわれたかと思ったが斜めになった。それを予測できたリーゼは剣を躱すために身を翻した。
すると剣はリーゼの体すれすれに通過していく。
この動きにセイはおおと声を漏らし驚く。まさか一日で出来るようになるとは思ってもいなかった。しかし最後の最後でリーゼは見事成功させて見せた。
「……やった…やった。できた!」
「うん、よく頑張ったね」
リーゼは、夜中にもかかわらず大声を上げて喜んだ。
「できました。ちゃんと躱せました…あれ?」
「おっと」
リーゼは突然足元がふらつき倒れてしまった。セイはそっと正面で抱き留める。
「大丈夫」
「す、すいません。安心したら力が抜けちゃって」
リーゼは今自分が置かれている状況を理解しすぐに顔を伏せ頬を染める。
精神的疲労が一気に出て力が入らなくなってしまったのだ。
「今日はもう終わりにしよっか。明日はちょっと休もうね」
「…はい」
「歩ける?」
「すいません、歩けないです」
「そっか、じゃあ部屋まで運ぶね」
「ふぇ⁉」
セイが、少女の足と背中に手を回し抱き上げた。いわいるお姫様抱っこの状態だ。
「あ、あの」
「ちゃんと運ぶから安心して」
笑顔で言われるがリーゼは別な意味で安心できない。
(そういうことじゃないです)
リーゼは心の中で叫んだ。この青年に会ってから心を惑わされっぱなしだ。
そのまま部屋まで運んでもらいその日の夜は疲れているのにもかかわらず全く寝付けなかったのだ。
次の日、目の下にクマを作ったリーゼが起きてきた。朝までずっとお姫様抱っこされたことを考えていた。
「おはよう」
「おはよう。昨日はお姫様抱っこされて眠れなかったのかしら」
「う…」
母はピンポイントで思っていることをついてくる。
そのまま椅子に座ろうと通過するとふと会話の違和感に気づき足を止めた。
「ん?ちょっと待って、なんで知ってるの」
「当然じゃない、娘の成長はちゃんと見てないと」
とたんに顔が熱くなる。あの光景を見られていたのかと
「剣ばかり振ってたあなたがあんな顔するなんてね」
「⁉お母さん!」
羞恥心でさらに顔が赤くなっていく。
娘をからかって楽しむサリナは手際よく調理を進めていく。
「ふふ、いいわね~。朝ご飯作るから手伝って」
「む~、分かったよ。そういえば」
「セイなら外で魔法を使ってると思うわよ」
「そうなんだ」
リーゼはまだ、ほとんどあの青年のことを知らない。好きな食べ物は?誕生日は?嫌いなものは?知らない事ばかりだ。
(もっと仲良くなりたい。好きな食べ物とか作ったら喜んでくれるかな)
リーゼがそんなこと考えているとは知らないセイはというと外で魔法をいろいろと試していた。
(やっぱり、力が制限されてる)
魔法をいろいろと発動させようとするも使えない魔法がいくつかあった。
(全部、理から外れる魔法かな)
使えなくなっている魔法は全て理から外れる魔法だ。それは禁忌魔法と言われる部類の魔法、例えば時魔法や神光魔法そしてセイが使用した円環魔法が禁忌魔法に分類される。
円環魔法はデメリットとして復活してから一年たたないと元の力に戻らないというデメリットがある。そのため今自分の能力が制限されていると予測できた。
練習用の剣を取り出しその場で空中へ向け全力で振るう。すると風を切り裂きながら斬撃が空へと飛ぶ。
(魔法だけじゃなく剣術のスキルも制限されている)
もし本調子のセイが剣を振るえば、もっと早く剣を振るい斬撃ももっと大きくなる。
(まあ、仕方ないね)
自分で決めて使った魔法をいまさら後悔することはない。
「……すごい」
そんな風にしていろいろなことを試していると家の方から少女の声が聞こえた。
「おはようリーゼ」
「おはようございます。今のどうやったんですか」
「さっきの斬撃の事?」
「そうです。今斬撃が飛びましたよね」
剣の事になると目を輝かせる。
「教えてもいいけど今日はダメだよ」
「どうしてですか」
頬を膨らませて不満をあらわにしている。その表情もまた可愛らしい。
「目の下にクマができてるじゃないか。昨日の疲れがまだ取れてないのかい」
「これはその…」
セイのことを考えていたら眠れなかったなど言えない。リーゼは自分の頬を掻きながら何か良い逃げ道はないかと考える。
「あ、そうだ。朝ご飯ができたんで呼びに来たんです」
「そうだったんだ。教えてくれてありがとう」
いつものように優しく微笑む。
少女はその笑みを見て自分の頬が熱くなるのを感じすぐに視線をそらした。
そのまま家に戻ろうとするがふとリーゼはこれは色々と聞くチャンスなのではと思うも、急に質問するのは変だと謎の葛藤を始める。
「セ、セイは、好きな食べ物とかあるんですか」
勇気を振り絞って出てきた質問はとても普通だった。リーゼはそんな自分が恥ずかしくなってしまう。
「僕かい、僕が好きなのはね…う~ん……ドラゴンの肉かな」
「食べたことあるんですか⁉」
リーゼの羞恥心が一気に吹き飛んだ。
ドラゴンの肉は通常超高級食材として取引されている食べ物だ。ドラゴンは相当な実力を持つ冒険者がパーティーを組んでやっと倒せるかどうかなのだ。そのため、食べられるとしたら金持ちな貴族もしくは王族くらいしかいないだろう。
「あるよ。何度か討伐したことがあったからね」
これでは知ったとしても自分ではどうすることもできない。ドラゴンの肉を買うこともできないしドラゴンを討伐するなんてもっと不可能だ。
「他には何かありますか」
「他か~」
(他に好きな食べ物と言われてもな~。なんだろう。あ!)
セイは自分の好んでいた食べ物を思い出した。
「狼肉のステーキかな」
「あ、私も好きです」
「そうだったんだ。美味しいよね」
「はい、油が多すぎなくてちょうどいいですよね」
狼肉のステーキは基本的にはレッサーウルフを使う。そのためリーゼでも再現可能だ。
(あの子が作った狼肉のステーキ美味しかったな)
セイが思い出していたのは、弟子の子が作ってくれたステーキだ。魔王の動きが活発ではなかった時セイは一人だけ弟子を取っていたのだ。セイの弟子はとても頭がよく魔法使いとしても一流だ。
そんなことを思い出していると魔力になっている間意識が無かったがとても昔のような気がして懐かしく思ってしまう。
セイはリーゼに昨日から考えていたとある提案をする
「今日って何か用事とかってある?」
「特にないですけど」
「じゃあ、この村を案内してくれないかな」
ぱぁっと顔を輝かせセイの方を見た。セイはそんなリーゼの表情の変化が面白くてつい笑ってしまう。
「いいですよ。いますぐ行きますか」
「だめだろう。朝食をまだ食べてないんだから」
「あ、すいません。つい、はしゃいじゃって」
リーゼは恥ずかしくなり顔をそむけた。
「いいんだよ。さ、速く家の中に戻ろう」
二人は、家の中に戻るとゲイルも起きていた。
「おはようございます」
「おう、やっぱお前早いな」
「ただの習慣ですよ」
席へ着き朝食を食べる。
「スープ美味しいです」
セイの生きていた時代ではこんな辺境の村でちゃんと調味料を使った料理を食べることができなかった。そのためセイは一口一口をありがたく味わう。
「あら、ありがとう」
「そういえばリーゼ、今日は何するんだ」
「セイにこの村を案内しようと思うの」
先ほどまで上機嫌だったゲイルの表情がゆがんだ。
「それは二人でか」
「そうなりますね」
「なら俺も―」
「そう、楽しんでね」
ゲイルの言葉はサリナによって途切れさせられた。
「おい、サリナ俺はだな―」
「邪魔しちゃだめよ」
「う…はい」
ゲイルが顔を伏せた。セイも段々とこの家の上下関係が分かってしまった。
(どこの家族も母が強いんだね)
世の理ともいうべきことを理解していると
「セイは、植物魔法って使えるかしら」
「植物魔法ですか?使えますけど何かあるんですか」
「ちょっと庭に植えたお花の元気がないのよ」
サリナが趣味で育てている花の元気がないのだ。
「分かりました。リーゼにこの村を案内してもらう前に少し見ますね」
「ありがとう」
「お前一体いくつの魔法が使えんだよ」
「大体の魔法は使えますよ」
「やばいな。本当の称号は『賢者』なんじゃないか」
「違いますよ。ただの『魔法使い』です」
魔法使いと言えど使える魔法の種類は限られる。すべての魔法を使うことができるセイが異常なのだ。
ご飯を食べ終えると早速庭にある花壇に案内してもらう。
「ほらこんな風にしおれちゃってるのよ」
花壇には花が植わっているが、半分ほどの花がしおれてしまっている。
「これくらいなら何とかなりますよ。パーフェクトヒール」
しおれている花たちに回復魔法をかけていく。すると元気を取り戻し瑞々しい葉っぱに戻るが成長はちゃんとしていない。
「グロウアップ」
さらにそこへ魔法をかけるとみるみるうちに花たちが成長しつぼみができ花が咲く。
花を元に戻すだけで魔道王の力を借りるとは何とも贅沢なことだ。そんなこと知らないサリナはセイの魔法に関心する。
「すごいわ」
「いえ、このくらいどうってことないですよ」
「すごいです」
一緒に見ていたリーゼも目を輝かせている。
セイはその後も花たちを同じように回復させていく。その手際の良さから数分で全ての花が元気を取り戻した。
「じゃあ行こうか」
「私についてきてください」
「いってらっしゃい」
セイとリーゼは村を見て回りに行くのだった。