第五十七話 温かな魔力
今回は少し短めです。
・フェンティーネ視点
全てを飲み込む黒き悪夢がティファたちへとゆっくりと近づいていく。
この魔法は発動させたら最後、私にはもう止めるすべがない。これしか選択肢が無かったから……
「あそこね」
しかし、この魔法に恐れることなくティファは静かに呟き『深弓』を構えた。
「無駄だよ。もう私にもそれは止められない。いくら『妖精姫』様だろうとこの禁忌魔法は防げないよ」
「……」
皮肉を込めて言ったのだがティファは一向に反応を見せず何かを見極めていた。刻一刻と黒無が徐々に近づいていく。
黒無は、この世のものを全て吸い尽くすために作られた魔法。それが魔力であろうが武器であろうが関係なく近づく物を全て吸い尽くす。
「ティファさん⁉」
「……」
リーゼが慌てて呼びかけるがティファは反応しない。
「見つけた」
ティファが『深弓』を引くとものすごい魔力が深弓へと集まり始める。
なんて魔力量なの、だけどどれだけ魔力を集めても黒無の前では無意味
「豪光」
ティファがとてつもない魔力量の矢を放った。
ものすごい光を放ちながら魔力の塊がお城の一角へと向かって真っすぐ突き進む。次の瞬間、轟音と共に魔力がぶつけられたお城の一部が崩れていった。
くず、れてく?
「ふぅ、久々にちゃんと打てたわ」
ティファは満足そうに『深弓』を下した。
「ティファさん⁉」
「な、何してるの⁉」
私は思わず叫んでしまった。
仕方ないでしょ。こればっかりは流石に私でも我慢がならない。
何考えてるの、あの屑から私たちを解放しようとしてるのは分かるけど、別にお城を破壊することないでしょ。
「これが一番手っ取り早いのよ」
「手っ取り早いじゃないでしょ!なんでお城を打ったの!それに黒無を消さないと死ぬよ」
意味が分からない。何が手っ取り早いだ。
黒無は今もなおティファたちへと近づいている。リーゼもすぐに離れようとするけどティファに肩を掴まれ止められた。
「早く逃げないと、あんなのくらったらひとたまりもありません」
「大丈夫よ。もう射抜いてるから」
「へ?」
「え?」
私とリーゼから変な声が出てしまう。
その直後、黒い魔球が中心から魔力が激しく暴発した。拡散した魔力は空間を揺らし近くの建物をきしませる。
「……うそ」
ティファの宣言通り黒無が消えた。
どうして?どうやって黒無を消したの?というよりも魔力の矢が見えなかった。
「どうやってって顔してるわね。簡単なことよ、豪光をちょっと小さく分裂させてその黒い球体を貫けばいいだけよ」
でたらめだ。
私が気付くことができないほどの精密な魔力操作で矢を分離させてその小さな矢で黒無を貫いた。あげくには黒無に飲み込まれることなく魔力の矢を貫通させるなんて、いったいどれだけ緻密な魔力操作をすればいいの
やっぱりティファには敵わないな
「それに私が城を壊したのは」
そう言った時、城から出てくる嫌な魔力を感じ取った。
そういうこと
「く、黒魔様、ちゃんと迎撃していただかないと困りますよ」
「ほら、狙い通りだったでしょ」
ソラティスがお城から急いで出てきた。
何が狙い通りだったでしょ、だ。ソラティスをおびき出すためとはいえ、お城を壊す必要あった?ああ、今すぐ文句を言ってやりたい。
「出てきたわね。あら?屑、あなただいぶ弱ってるんじゃない」
「『妖精姫』……何をおっしゃってるのか分かりませんね」
弱ってる?ティファとこの屑は顔見知りなの?
そういえば師匠が昔話してくれたとある話があった。
それは師匠が私と出会う前のお話
師匠が勇者ライルたちと旅をしていた時、とある町で呪いを得意とした魔王軍の部隊と戦闘を行ったらしい、その時も今のナフト王国のように町全体が呪われていた。師匠は神光魔法と呼ばれる禁忌魔法で呪いを解き、魔王軍は勇者ライルが多対一で圧倒したらしい。
その時の魔王軍を率いていたもの、それがソラティスなのかもしれない。
ティファは、屑を挑発している。
「別にハッタリなんて意味ないわよ。あんた、300年前よりずいぶん魔力量が低くなってるじゃない」
「……」
ソラティスは沈黙する。それを見たティファはニヤリと笑みを浮かべるとさらに口を動かす。
「実際ティーネにビビってる時点であんたが本調子じゃないことくらい分かるわよ。昔ならこんな回りくどいやり方しなくても今のナフト王国くらいあなたと部下たちだけで簡単に潰せたでしょ」
「⁉」
私は驚きソラティスへと視線を向けた。しかしソラティスは何も話そうとしない。
どういうこと?こいつが私たちの国を簡単に潰せるって、だってあんなに弱かったのよ、人質を取るような陰気臭いやつがそんな実力を?だけど師匠の話だとそれなりに手ごわかったらしいからありえるのかも
私はどれが正確な情報かつかめずますます混乱してしまう。
「あなたは状況を分かっているのですか。今のあなたには頼りになる『勇者』と『魔道王』それに『聖女』はいません。それに加えあなたが余計な事すればブラド王たちを一瞬で殺せるのですよ」
そうだ。いくらティファとはいえ私たちが人質になったこの状況ではソラティスを攻撃することはできない。
「ふふ、その様子だと弱ってるあげくに頼りになる部下たちもいないみたいね」
「……黙れ」
ティファがおちょくるように言うと初めてソラティスが心の内に秘めていたその表情を見せた。
私の体が少しだけ震えた。私は魔神大戦に参加してないから『魔王軍』のことを詳しくは知らない。だけど今ので、やっと何故300年前『魔王軍』が恐れられていたのかやっと理解することができた。ソラティスは本物だ。あの伝説に出てくる恐怖の魔王軍の幹部だ。
ティファの後ろにいるリーゼも私と同じように少し震えていた。
そんな中ティファだけは特に身構えることなく平然としてる。
「図星みたいね」
「300年前と同じような力を取り戻せれば、お前などすぐに呪い殺してくれるわ」
「怖い怖い、だけどそれは無理ね」
ティファがわざとらしく震えた。演技だけはうまいんだよね。
ばっさりと否定されたソラティスの表情に疑問が浮かぶ。
「何?」
「だって、あなたはもうここで倒されるんだから」
そう言った途端、国中から優しい魔力を感じ取ることができた。
この魔力を私は知っている。忘れるはずもないこの暖かい魔力、私が待ち望んでいた人。
「ティーネ、もう大丈夫だよ」
何度も聞いた安心する声。
思い出の中で優しく声を発するその黒髪の青年は、私の目の前へと現れてくれた。
「…師匠」




