第五十三話 女神の罪悪感
エンネシアの言葉に二人は衝撃を受けていた。
「それ本当なの、国民全員に呪いをかけたあげくあのブラド王に呪いをかけるなんてそんなことティーネがいたら不可能よ」
大規模な呪いにはその分時間がかかってしまう。そうなれば事前に魔力を察知し防ぐことも可能だ。そのためフェンティーネが国にいたのならこんな大規模な呪いの発動は不可能だ。
「たぶんティーネちゃんがいない間に発動したんだと思う。このクラスの呪いとなると考えられる可能性は」
「『魔王軍』」
セイがエンネシアの言葉を引き継いだ。
「ええ、『魔王』が蘇ったのなら、幹部も当然蘇ってる可能性がある」
「っ、ソラティスね」
『魔王軍』幹部ソラティス、彼は300年前もセイたちの前に立ちふさがった。彼は呪いを最も得意としている。そのせいでかなり苦戦させられたがあの時は、最終的にライルが<神剣>を使い倒した。
「国民を人質にとるなんて相変わらず性格が悪いわね」
ティファは、心底軽蔑した表情をした。ティファもソラティスとは戦ったがあの陰気臭い戦い方がティファは嫌いなのだ。
「ティーネちゃんがどうしようもできないってことはソラティスがいつでも呪いを発動できる状態にあるって考えた方がいいね」
「厄介ね」
むやみに解除しようとすればソラティスに気づかれ全員が一斉に殺されてしまう。かといって放っておけばフェンティーネはずっとソラティスの言いなりだ。
「それなら一度向こうの現状を見に行った方がいいかもしれないね」
「だけど私たちが入国したらティーネにばれるわよ」
もしセイたちがナフト王国へと入国すれば魔力感知能力が優れているフェンティーネに気づかれてしまう。
「そこはちゃんと対策はしているさ。ようは僕たちの魔力がばれなきゃいいわけでしょ」
「そうだけど私そこまで魔力制御うまくないわよ」
「確かにティファちゃんの雑な魔力の隠し方だとすぐにティーネちゃんに気づかれちゃうね」
「雑で悪かったわね」
ティファは拗ねてそっぽを向いてしまった。
「大丈夫だよ。そこはちゃんと考えてるから」
そう言って異次元の扉を発動させると中からとある物取り出した。
「これだね」
「これって腕輪?」
セイが取り出したのは何の変哲もない金色の腕輪だった。
「これはね、装着者の魔力を遮断する力があるんだ」
「またセイのとんでも魔道具ね」
「そんなすごい物じゃないよ」
「セイが思ってるより、この魔道具はすごい性能よ」
ティファの言う通りこの腕輪は使いようによってはとても強力な魔道具となる。
ここまでの説明だけなら戦争の隠密活動や通常時での諜報活動で敵の魔法使いに気づかれずに近づけるなど大きなメリットしかない。
「いやだけど、デメリットもあるんだよ」
「デメリット?……まさか爆発するとかやめてよね」
「あれは君が作りかけの魔道具を使ったからでしょ」
「……あんな所に置いてるのが悪いわ」
ティファが一度興味本位でセイの部屋に入りそこに置いてあった魔道具を使ってしまった時の話だ。まだ完成していなかった魔道具は能力が暴走し魔力爆発してしまい大きな物的被害を受けた。その後セイが時魔法で戻したから事なきを得たが本来ならティファは裁判を受けていても何ら不思議はなかった。
それを思い出したティファはすぐに責任転嫁する。
「それでデメリットって何」
「自分の魔力を全て遮断しちゃうんだよ」
「そういう魔道具でしょ」
ティファたちは首を傾げた。確かにそういう魔道具だがそれこそがデメリットとなっていた。
「例えば魔法を使うとするでしょ。だけど自分の魔力を全て外部と遮断しちゃうから自分にかける以外の魔法は使うことができないんだよ」
「つまりこれを付けてる間は魔法が使えなくなるってことね」
エンネシアは興味深く腕輪を見ている。
「そう、許容量を超えなければね」
「普通の魔道具じゃない」
デメリットのある魔道具にティファは拍子抜けしてしまう。
「だから、すごい物じゃないって言ったでしょ」
「まぁ、これがあればティーネちゃんに気づかれずに入れるからいいじゃん」
これでナフト王国へ行く準備はできた。
「それじゃ、行きましょう」
「まだ無理だよ」
今すぐナフト王国へ行こうとするが、まだ問題は残っていた。ティファたちは、セイが指さした方向を向いた。
「あ」
そこにはエンネシアを見て硬直していたリーゼの姿があった。
「セイ君どうしよう」
「どうしようって言われても、お~いリーゼ」
セイはリーゼの前で手を振るが全く反応する気配が無い。
「仕方ない」
最終手段としてリーゼに魔法をかけるとやっと気が付いた。
「……あれ?セイ、私おかしな夢を見ていました。エンネシア様が半裸の状態で酔っ払ってセイに抱き着いた姿を、ん?だけどここって」
リーゼは現実を受け止めきれず起きたことを全て夢だと思っている。ティファがジト目をリーゼをおかしくした張本神へと向ける。
「私のせいじゃないと思うな~」
「いや、あんたのせいよ」
エンネシアはすぐにそっぽを向いた。
「はぁ、エンネ、ちゃんと挨拶して」
「こんにちは、リーゼちゃん」
「……ちゃんとしてる。あ、ごめんなさい。私夢でエンネシア様の変な姿を見てしまってそれでつい口から出ちゃったんです」
「あ、あははは」
リーゼがここまで純粋な少女だとは思っていなかったエンネシアは罪悪感を覚えるがぎこちなく笑うだけで本当のことは言わない。ティファとセイからよりいっそう強いジト目を向けられる。
「い、いいのよリーゼちゃん、そのくらい気にしないから」
「エンネシア様は優しいんですね」
「うぐ……」
リーゼの純粋な眼差しを向けられるたび罪悪感がどんどん膨れ上がる。
「セイとティファさんの言ってることは違いましたよ。エンネシア様はやっぱりとても優しく聡明な神様でした。いくら親しい仲だからといって悪く言ったらだめだと思います」
「がは」
エンネシアが膝を崩して倒れた。リーゼのあまりのいい子ぷりにエンネシアの良心に途方もないダメージが与えられる。
「エンネ、こんないい子を騙して心が痛まないわけ」
「僕もこれはどうかと思うよ」
「ぐすん、ごめんなさい」
女神さまは涙目になっていた。エンネシアの良心はもうボロボロだ。
「ど、どうしたんですか」
未だ勘違いし続けるリーゼは急に謝ったエンネシアに動揺してしまう。
「リーゼちゃん、あなたが夢だと思ってることは全部本当の事なの」
「え?」
「本当はあんな感じなの。だけどリーゼちゃんに少しでもいい神様だと思われたくて嘘ついちゃったの。騙してごめんね」
リーゼは呆然とするしかなかった。まさかあの夢が現実だったとはすぐに受け入れることができない。
「つまりはエンネはリーゼの良心につけこんで自分の印象を良く見せようとしてたのよ」
「うぐ……弁解のしようもありません」
ティファの追い打ちにエンネシアの心がさらに傷つく。
「えっとそれじゃあ、エンネシア様がやったことは全部現実で自分をよく見せるために私のことを騙してたってことですか」
「そういうことだね」
「……本当に女神さまですか」
「本当に申し訳ありませんでした」
リーゼは目の前で頭を下げるエンネシアが偽物ではないか疑ってしまう。
「許してやってくれないかな。エンネも悪気があったわけじゃないんだと思うんだ」
「……セイがそういうなら、分かりました」
リーゼはセイの説得で渋々納得した。
「セイ君~、やっぱり結婚しよう」
自分を庇ってくれるセイに感極まったエンネシアが抱き着き求婚した。これにはリーゼはぎょっと目を見開いた。
「だから断るって言ってるだろ」
「え~いいじゃない。私の事庇ってくれたでしょ」
「離れろ」
エンネシアは自分の頬をセイの頬に摺り寄せて嬉しそうにする。セイは離そうとするがエンネシアにがっちりつかまれていて離れることができない。
リーゼの目からハイライトが失われた。
「やっぱり許しません」
「え⁉さっきは許してくれたんじゃないの」
「気が変わりました」
「許してよ。ね~リーゼちゃん」
エンネシアはセイから離れリーゼの下へと縋りついた。
その日、女神が『勇者』に許しを請うという何とも奇妙な光景が繰り広げられるのだった。




