第四話 セイの教え
朝から剣での勝負をしたセイは、現在手際よく包丁を使い野菜の皮を剥いていた。
「上手ね」
「いえ、そんなことないですよ」
「リーゼにも見習ってほしいわ」
サリナに指摘されたリーゼはというと唸りながらニンジンの皮を剥くのに苦戦していた。力を入れすぎて包丁が今にも滑ってしまいそうになり危なっかしい。
やっと剥けたかと思うと隣のセイはもうとっくに終わって一口サイズに切っていた。
「セイは、どうしてそんなに上手なんですか」
「僕は一人暮らしだったからね。自分で料理してくうちにうまくなったんだよ」
「そうだったんですね」
リーゼは納得する。実際セイの手際の良さときたら料理人と言われても遜色ないほどだ。
セイは、切っていた野菜をサリナが用意した鍋の中に入れる。それに続き急いでリーゼも少し不格好なニンジンを入れた。サリナはそれを炒めていく。その後そこに水と塩を入れ煮込んでいく。
その間に作り置きしていたパンを机の上に置いていく。
数分すると煮込み終えた。これで野菜スープの完成だ。三つのお皿を用意しそれぞれによそっていく。ゲイルの分はなしだ。
「さぁ、食べましょう」
「………やっぱり俺の分は無しか」
それぞれが席に着きご飯を頂く。ゲイルは、そんな三人をうらやましそうに見るだけだった。
「そういえば、そろそろ選定の儀ね」
「そうだな。三日後になったら教会に行くから準備しとけよ」
選定の儀。それは教会にて神が人々に称号を与える儀式だ。その年に十五歳になる子供たちが教会へと行き儀式を受けるのだ。
リーゼは十五歳のためちょうど選定の儀を受ける年齢なのだ。
「選定の儀ですか」
「そういえばセイは何の称号を持ってるんですか」
「そりゃ『魔法使い』だろ」
「いえ、意外と『料理人』かもしれないわね」
ゲイルたちは、セイの称号を思い思いに口にしていく。
「僕は『魔法使い』ですね」
「ほらな」
ゲイルは自分の予想が当たり満足げだ。
セイは、その様子を苦笑いして見る。本当は『魔法使い』ではない別な称号なのだが、その全ては神から授かった称号ではない特殊なもののため本当のことを話せない。
「それよりこの村に教会があるんですか」
「そうだぞ。一つの村に一つの教会、それがこの国のルールだ」
「へぇ、そうだったんですね」
300年前では、常に魔王と戦っていたためこんな辺境まで教会を置いている暇がなかったのだ。しかし、魔王がいなくなった今ならそれが可能になった。
セイは、世界が平和になったのを素直に喜ぶ。
「お前教会に興味があんのか?もしかしてエンネシア教の信者か」
エンネシア教とは、創造神エンネシアを崇拝する宗教である。
創造神エンネシアはこの世界を創成した神とされ人々から敬われている。
「違いますよ」
「なんか勝手に神様の事敬ってそうな雰囲気だと思ったからさ」
「なんですか、それ」
セイは、勝手なイメージに苦笑する。
(僕は神を敬っているわけじゃなくて…これ以上先はあいつに怒られるか)
心の中で自嘲し途中で思考を止める。
「それでリーゼはどんな称号がいいの」
「私は、やっぱりお父さんと同じ『剣士』かな。それで冒険者になるの」
冒険者とは、主に魔物の討伐を行い生計をたてている人たちのことを言う。そのほとんどの者が戦闘系の称号を持ちその力を振るっている。
リーゼにとって冒険者とはあこがれの存在であり自分の目指す目標だ。そのためには戦闘系の称号が不可欠なのだ。
その後、ご飯が食べ終わるまで談笑した後セイとリーゼは外へと出た。
「じゃあ始めようか」
「よろしくお願いします」
「先に言っておくけどあんまり期待しないでね」
「大丈夫です。自分より強い人に教えてもらえるだけで充分です」
そう言われてしまうとセイもちゃんと教えてあげなくてはいけなくなってしまう。
「じゃあまずリーゼの事を視るね」
「みる?」
「僕のスキル<鑑定>で能力を視るだけだから」
そう言ってセイはスキルを使った。
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リーゼ・エンフィス 15歳
種族 人間
体力 D
魔力 C
筋力 C
俊敏 B
称号 なし
スキル <剣術lv2>
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リーゼの能力は、称号が無いにしてはとても良かった。一般人の平均的な能力はオールDでスキル無しが多いのにもかかわらず<剣術>のスキルを持っておりしかも敏捷に置いてはBである。
父親とは違い速さを生かした戦い方の方がリーゼにはあっている。
「うん。いい能力だね」
「何が分かるんですか」
「その人の名前、年齢、種族、能力値あとは称号とスキルかな」
<鑑定>ではほとんどの個人情報を見ることができるのだ。
「私にスキルってありましたか」
「うんあったよ。<剣術lv2>」
スキルは使い続けるとレベルが上がり強力になっていく。最大レベルは10であり、その域に至った人物はごく少数しかいない。
「セイは、剣術のレベルはいくつですか」
「たしか、8だったかな」
「すごい!」
「そんなことないよ」
セイにとってはたいしたことないがこの時代の一般人から見たら十分レベルが高い。
「じゃあ教えてくね。まずリーゼは俊敏の能力値が高い。つまり速さを活かした戦い方をするのが君にとって一番だと思う」
「なら私はそのための練習を今からすればいいんですね」
「そうなるね。じゃあまずその速さを活かすために反射神経を鍛えよう」
そういうとセイは、練習用の剣を取り出した。
「じゃあ躱してね」
「え?」
笑顔でそう言った直後リーゼの首元に練習用の剣が突き付けられた。リーゼには剣の軌道どころか動かしたことすら気づかなかった。
「…なんですか今の⁉速すぎます!」
「速かったかな?ごめんね。次はもう少し遅くするよ」
流石に今のは速すぎたためもう少し遅くする。
セイは、剣を斜めに振るう。今度はリーゼの眼にも見えた。それでもまだ速い。リーゼが飛び退く前に肩に練習用の剣が当たった。
「見えたのに~」
「最初は誰だってそんなもんだよ」
リーゼは可愛らしく頬を膨らませ悔しがる。
「何かコツとかってないんですか」
「コツと言われても、う~ん……あ、相手の剣の軌道を予測すると躱しやすいよ」
「予測?」
「そう、相手が次どこにどんなふうに剣を切りつけてくるのか予想する。そうすれば躱しやすくなるよ」
「それってスキルですか?」
「ううん、これは努力してできるようになるスキルとは違ったものだよ」
この予測は何度も他人の剣を受けることで身に着けることのできる力だ。セイもまた何度も対人戦を行い身に着けた力だ。
「さぁ、どんどんやってくよ。躱すことができるまで続けるからね」
「お願いします」
その後、何度も剣を躱そうとするが一度も躱すことができずお昼になってしまった。
「う~」
「そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。誰だって最初はそんなものだから」
「セイもそうだったんですか」
「そうだよ。僕の時はもっとひどかったから」
セイは、昔のことを思い出す。
自分もリーゼのように身に着けようとしていたがセイの場合はもっとひどかった。真剣で切りかかってこられそれを躱すという無茶苦茶なことを7歳のころからやっていたのだ。
(あの時は、辛かったな~、だけど……)
大変ではあったが昔に戻れるのなら戻りたいと思ってしまう。
「そうだったんですね。なら私もできるまで頑張ります」
「リーゼは素直だね」
セイは、リーゼが素直で可愛いためつい頭を優しくなでてしまう。
「…あのセイ、急に撫でるのは…」
リーゼは恥ずかしがりながら声をどんどん小さくさせていく。
「うん?ごめんね。嫌だったかな」
「嫌じゃないです!あ…」
リーゼは急に顔を上げ訴える。すると自分で言ったことだが恥ずかしくなりすぐに顔を下げてしまう。
「おうおう、朝も言ったのにもう手を出したのか」
「あら、娘にも春が訪れたのかしら」
家の中からゲイルとサリナが出てきた。ゲイルは、不服そうにしておりサリナは、娘の成長に喜んでいた。
その言葉が耳に入ったリーゼはすぐにセイから離れた。
「やっぱり嫌だったかな」
「いえ、そういうことではなくて」
セイは、少ししょんぼりした。無理して少女が頭をなでさせてくれていたと思ってしまった。リーゼはそんなセイの様子に戸惑ってしまう。
「ふふ」
「もうお母さん」
「ごめんなさいね。つい楽しくなっちゃって」
娘をからかって楽しむ何とも小悪魔的な母である。
「お昼ができたわ。速く中に入ってきなさい。あ、別にもう少し二人で練習しててもいいわよ」
二人で、というところを強調していった。それに気づいたゲイルは眉がぴくっと動いた。
「サリナ、別に二人じゃなくてもよくないか。俺が見とくっていうのも―」
「だめよ」
逆らうことも許されず速攻で拒否された。
「食べるよ。セイも食べますよね」
「そうだね。きりもいいし頂こうか」
セイたちは昼食を食べるために家の中へと戻っていった。