第四十八話 朝から大騒ぎ
セイがいつも通りの時間帯に起きるといいにおいが漂ってきていた。
こんな朝早くから誰だろうと思いながら部屋を出るとより強い香りがセイの食欲を刺激する。
「おはよう」
「おはようございます」
セイがリビングに行くとフェンティーネがキッチンで料理をしていた。
「僕も手伝うよ」
「いえ、昨日は醜態をさらしたのでここで挽回させてください」
酔っぱらってしまったとはいえあんな姿をセイにさらしてしまうとはフェンティーネにとって失態だった。
「そんなことないさ。昨日のティファの方がひどかったよ」
そんな醜態をさらしたティファはというとリーゼと一緒にまだソファですやすやと眠っている。
「そうかもしれませんけど朝食くらいは私に任せてください」
「それじゃあお願いしようかな」
あまりにもやる気だったためセイはソファに座り読書をしながら待っていることにした。
フェンティーネは手際よく調理を進めていく。だんだんといい匂いが強くなってきた。それに誘われるように一人がむくりと起き上がった。
「ふぁぁ、ご飯」
「おはようリーゼ」
「ご飯ですか?」
少女は可愛らしい寝癖がつき目も半開きだ。寝ぼけていることもあり首をかしげるそのしぐさはとても可愛らしい。
「まだご飯は出来てないよ。ほらちゃんと座って」
セイはリーゼの後ろへと回ると櫛を使い髪を整える。
「ほら動かないで」
「は~い……」
髪を整えている間もリーゼはこくりこくりと頭を下げてしまう。そのたびにセイが優しく戻すがちゃんと起きる気配が無い。
「クロッサス村にいた頃はちゃんと起きてたんだけどな」
リーゼはこの家に来てからというもののこうして寝ぼけることが多々あるのだ。そのたびにセイが優しく起こそうとするのだが起きないため最終的には魔法をかけて起こすのだ。
「よしできた。ほら起きて」
リーゼの髪を整え終えるとセイは少女に魔法をかけた。
「……あれ?私なんでソファに座って」
起きたリーゼは周りを見渡すと不思議そうに首を傾げた。
「おはようリーゼ」
「あ、おはようございます」
「さて、後はティファだけなんだけど」
「す~す~」
セイはティファの方を見るととても気持ちよさそうに眠っていた。
(絶対起こしたら怒るよな)
ティファを無理やり起こしたら何をされるやら、セイはひやひやする。
「できました」
セイが悩んでいるとフェンティーネが作り終えた料理を持ってやってきた。
「美味しそうだね」
「ミネストローネとさっき焼いたばかりのパンです」
「パンまで手作りなんてティーネはすごいね」
「えへへ」
フェンティーネは嬉しそうに照れた。
「この状況でもまだ起きないのか」
ティファはこんなにもいい匂いがしているというのにいっこうに起きる気配が無い。それどころかさらに深い眠りに入ったのか寝息がかなりゆっくりになっている。
「それなら私に任せてください」
フェンティーネは自信満々にティファの耳元へと口を近づけ何かささやいた。するとティファがバッと起き上がる。やっと起きたかと思ったのだがよく見るとティファは頬を赤くしておりすぐにセイのことをキッと睨んだ。
「あんたがそんなことしてたなんて信じらんない!」
「……ティーネ、ティファをからかうのは構わないけどその矛先を僕に向けるのはやめてくれないかな」
「でも起きました」
「はぁ、今度からは自分で起こすよ」
弟子のいたずらにセイは疲れた表情をした。状況を理解できていないティファはいまだにセイのことを睨んでいた。
「さっきのはティーネのいたずらだよ。それより君はいったい何を言われたんだい」
「~~~~⁉」
ティファは声にならない悲鳴を上げると一気に耳まで真っ赤にさせた。元凶であるフェンティーネはにやにやしていた。
「師匠がそんなことするわけないじゃん。それとも師匠がそうしてる姿を想像したのかな」
「っ⁉あんたね~」
ティファはやり場のなくなった羞恥心を怒りに変えフェンティーネへと向けた。
「朝から元気なのはいいけどまずご飯を食べようか」
「……ちっ、命拾いしたわね」
セイの一言でティファは怒りを収めソファへと座った。
四人はそれぞれご飯を食べ始める。リーゼがミネストローネを一口
「ん⁉美味しい」
「そうでしょ。なんたって私が作ったからね」
リーゼが今まで食べた料理の中でも一二を争うほどのおいしさだった。ティファも一口
「…まあまあね」
そうは言ったがティファは手を止めずに食べ進めていく。素直に褒めるのが恥ずかしいのだ。
「やっぱりティーネの料理はおいしいよ」
「ありがとうございます」
セイが素直に褒めるとフェンティーネが嬉しそうに微笑んだ。
「それでなんですけど師匠、今日の午前中、私と王都を見て回りませんか」
「構わないよ」
「やった」
唐突に決まったことにミネストローネを美味しそうにほおばっていた少女たちの手が止まった。二人は今起きたことを急いで脳内で処理していた。
(王都を見て回る?セイと二人で……それって)
結論にいきつく前に隣に座っていたエルフの少女が立ち上がった。
「だめよ!二人きりなんて私が許さないわ!」
「別にティファに許してもらう必要ないと思うんだけど」
「とにかくダメったらダメなの」
「デート、デート」
頑として譲ろうとしないティファを無視し一人浮かれるフェンティーネ
「私もついていきます」
このままではフェンティーネがセイとデートしてしまうためリーゼが立候補した。だがそんなことお見通しとフェンティーネが
「リーゼは今日から学院でしょ」
「う…」
ゼノフ学院は『魔王軍』の襲撃以降休校になっていたのだが今日から再開されることになっていた。そのため今日からリーゼは通常通り午前中は学院に行かなくてはならないのだ。
このままでは本当にデートに行ってしまうと思った時
「安心しなさいリーゼ、ティーネの好きにはさせないわ」
「ティファさん」
リーゼはこの時のティファに憧れの眼差しを向けた。
「私もついていくわ。私は暇だしね」
「ティファさん⁉」
リーゼは止めてくれるかと思ったがその期待はすぐに消えていった。これには先ほどまでの憧憬は無くなり一気に失望へと変わっていく。
「それも無理だよ」
「どうしてよ!」
「だってティファ午前中は学院で仕事があるでしょ」
こちらも調査済みだ。フェンティーネは狙って今日の午前中を指定したのだ。しかしそれで諦めるティファではない。
「関係ないわ」
「へぇ、何か考えでもあるの」
平然とするティファに少し焦りを覚えた。
「そんなもの休んでしまえばいいのよ」
とんだ暴論だった。これには呆れ果ててしまいフェンティーネは言葉も出なかった。
「だめだよ。今日の仕事は学院での挨拶でしょ。君が欠席なんてしたら大変なことになるよ」
「う…」
セイの言う通り大公が欠席となると関係各所に迷惑がかかるだけでなく国の権威にもかかわる問題だ。もしティファが休めば他の国がベイルダル王国は英雄であるティファを無下に扱われているためティファ本人が学院での仕事をしないなどの無いことをいろいろと吹聴しまわるだろう。
そうなればベイルダル王国は、英雄ティファ・アロンテッドをぞんざいに扱った国として他国から非難されるだろう。特にエルフの里とは友好関係が崩れる可能性すらある。
そうなってしまうのはティファも望んでいない。
ティファは渋々引き下がることにした。フェンティーネは勝ち誇り、鼻歌を歌いながら食べ終えた食器をキッチンへと持っていく。
「決まりだね。師匠食器片づけたらすぐに行きましょう」
「そんなに急がなくても大丈夫だよ」
セイも自分の食器をキッチンへと持っていく。
朝食を食べ終えていない二人は虚しくスープをすするのだった。




