第四十七話 静かな夜
セイは大量の食器を洗っていた。
フェンティーネが来たことで少し張り切ってしまったセイは夕食を多めに作ってしまいその分洗い物も多くなってしまったのだ。
「いい顔して寝るわね」
「確かに」
リーゼはというと疲れてしまったのかソファで眠ってしまった。そんなリーゼの寝顔をティファとフェンティーネは温かく見ながら平和な時代になったことを実感する。
「君らもそろそろ寝なよ」
「まだ眠くないわよ」
「師匠」
フェンティーネがソファから立ち上がり洗い物をしているセイの横へと立った。
「どうしたんだい」
「一緒にお酒飲みませんか」
「構わないけど、今家にお酒はないよ」
セイはお酒をあまり飲まないため家に置いていないのだ。しかし、そんなことこの家にいたことのあるフェンティーネは百も承知だ。
「それなら心配ありません。我異次元の支配者なり・我黒き扉の主なり・いざ開かん・異次元の扉」
フェンティーネが詠唱すると彼女の横に黒い何かが現れた。それをセイは興味深く見つめる。フェンティーネが黒い何かに手を入れると何かを探し始める。
「確か、これだったはず」
フェンティーネが取り出したのはかなり上物のワインだった。
「異次元の扉、使えるようになったんだね」
彼女が使った魔法はセイがよく使う空間魔法異次元の扉だ。
「はい。私は師匠お手製のマジックバックを貰えなかったので自分で覚えました」
「あはは、それはごめんね」
さらっと文句を言った。セイはフェンティーネの分も作ろうと考えていたのだがライルに止められたため作らなかったのだ。
「ちょっとそれ100年物のナフト産ワインじゃない!」
ワインに真っ先に食いついたのはティファだった。ティファはフェンティーネの持つワインを取ろうとするがあっさりとかわされてしまう。
「これは私と師匠の分、ティファの分はないんだよね」
「ちょっとくらい分けてくれてもいいじゃないのよ!」
「そうだね。ティーネ、独り占めはよくないよ」
セイからも言われたらフェンティーネも断れない。
「むぅ、分かりました。師匠に感謝しなよ」
「ふふ、久しぶりのワイン☆」
少し不貞腐れながら言うが上機嫌なティファには聞こえていなかった。
「やっぱり、私たちだけで飲みません」
「だめだよ。こんな嬉しそうなティファを怒らせたら大変なことになるよ。経験したことあるだろ」
「……」
フェンティーネは答えない。思い出しただけで体が震えだす。少女にとってもう二度と経験したくないトラウマとなっていた。
「ほら、早く飲みましょう」
ティファはルンルンで棚からワイングラスを三つ取り出した。
「それじゃあ飲もうか」
「そうですね」
セイたちはソファに座りそれぞれのグラスにワインを注いでいく。
「う~ん、美味しいわ」
「はぁ、あんまり飲みすぎないようにね」
セイの忠告を無視してティファは一気にワインを飲みほした。
「大丈夫よ。早くお代わり」
「ちょっとティファ、一人で飲み干さないでよ」
「ふ~んふふ~ん、聞こえないわ~」
セイがもう一度ティファのグラスにワインを注ぐと上機嫌にまた飲み干した。頬が薄く染まっている。
「もう酔っぱらってません」
「ティファはお酒が好きなんだけどあんまり強くないんだよ」
「一番たちが悪いじゃないですか」
300年前もセイはティファと飲んだことがあったのだがその時もこうしてティファがお酒を一気飲みして最初から酔っ払ってしまったのだ。
「こうなったティファはほっとくのが一番だよ」
「そうですね」
「ほらほら、ティーネも飲みなさい」
ティファはワイングラスを置きティーネへと抱き着いた。
「ちょっと離れてよ」
「ほらそんなこと言ってないで飲みなさい」
典型的なダル絡みだった。ティファはワインの入った瓶を取ろうとするが何故か自分のワイングラスを取りフェンティーネのワイングラスへと傾けた。
ティファのワイングラスは空なので何も起こらないのだが本人は満足そうにするがすぐに不機嫌になった。
「私が注いだお酒は飲めないっていうの」
「こんなティファ見たくなかった……」
さすがのフェンティーネも少し幻滅してしまう。
「ほらセイも、飲み、なさい……」
そう言うと急にティファが糸が切れたマリオネットのように動かなくなった。
「眠ったみたいだね」
「ティファにお酒は絶対見せないようにします」
ティファは気持ちよさそうに寝息をたてている。今までのエルフの少女の醜態を見てフェンティーネは心にそう誓ったのだった。
セイは眠ってしまったティファを抱え対面のソファへと寝かせた。
「ずいぶん静かになりましたね」
「さっきまではティファが酔っ払ってたからね」
部屋の中はとっても静かで時計の音とたまに吹く風の音しか聞こえない。
「ナフト王国はどんな感じだい」
「特に問題はないです。ただお父様がそろそろ退位しようか考えてるみたいです」
「そっか、もうブラドさんもそんな年なのかな」
ナフト王国国王ブラド・ナフトは即位してから800年近く経つ。吸血鬼の寿命は約千年と言われているためもうかなりのお爺ちゃんなのだ。
「だけど、公務を放って毎日のように騎士団と一緒になって訓練してるから本当に年なのか怪しいです」
「はは、ブラドさんも相変わらずだね」
セイは苦笑いをこぼした。300年前もセイたちがナフト王国に滞在している最中毎日のように騎士団と訓練をしているブラドを見ていた。そのたびに家臣たちに公務に戻るよう言われ暴れていたのが記憶に新しい。
「元気ならそれでいいよ」
「……そうですね」
フェンティーネの表情に少し影が見えたのをセイは見逃さなかった。
「何かあったのかい」
「何もありませんよ。それより聞いてください」
フェンティーネは露骨に話をそらした。セイは言及せずにそのまま話を聞くことにした。
「なんだい」
「この前、お父様が久しぶりにまじめに公務をしてるって聞いて手伝ってあげようかなって思って執務室に行ったんですよ。そしたらお父様、公務を放って部屋の中で槍を振り回してたんですよ!ありえなくないですか」
フェンティーネは愚痴をこぼしながらワインを飲んだ。
そこからひたすらフェンティーネの父親に対する愚痴を聞き続けた。しばらくして愚痴が終わったかと思ったら今度はセイへと近づいた。
「師匠も師匠です。私たちに何も言わずどこかに行ってしまうなんて薄情者です」
「それには訳があって」
「それに私以外に弟子をとるなんて何事ですか!」
フェンティーネはセイの胸ぐらを掴むと頭が大きく揺れるほどゆする。少し頬が赤くなっている。
「私はたった一人の可愛い弟子なんですよ。そんな弟子を放って新しい弟子を作るなんて師匠としてあるまじき行為です!」
「リーゼは弟子っていうわけじゃないんだよ」
「何を言ってるんですか。リーゼからここに来るまでに話は聞きました」
フェンティーネはグイッと顔を近づけた。
「剣術を教えたこと、スキルの使い方を教えたこと、さらには颯爽と現れてリーゼの事を助けたこと全部、師匠としてやることじゃないですか!」
「最後のは違うと思うんだけど」
「おんなじです!」
フェンティーネは少し興奮していた。セイは瓶の中身を確認すると案の定空っぽだった。
(全部飲んじゃったかぁ)
まだセイは一杯して飲んでいなく、ティファも二杯しか飲んでいない、なのでほとんどフェンティーネが一人で飲んでいることになる。
セイは片手で額を抑える。
「だいたい、師匠はそうやって女の子を…たぶら……か……」
酔っぱらったフェンティーネはセイの胸へと倒れた。
「おっと」
「す~」
「寝ちゃったか」
セイは眠ってしまったフェンティーネをそっとソファに寝かせるとワイングラスを片付ける。
「おやすみ」
ソファですやすやと眠っている少女たちに優しく布団をかけるとセイは自室へと戻るのだった。




