第四十五話 セイの弟子
リーゼが前へと出ると黒魔はリーゼのことを睨んだ。
(…なんて圧)
睨まれただけでリーゼは自然と体が硬直してしまう。本能が警告を鳴らす。目の前の少女が圧倒的強者であることを
少女はリーゼを見たまま口を動かさない。少女から放たれる気配がリーゼの肌をピリピリさせる。
しばらくすると少女が重い口を開いた。いったい何を言われるのかリーゼだけでなく周りで見ている人たちも冷や汗が流れてしまう。
「あなた……今代の『勇者』だね」
少女から放たれていた魔力が収まり、威圧から解放されたゲネロは泡を吹きながら倒れてしまう。
しかし少女はそんなこと気にも留めずに笑顔でリーゼへと近づいた。
「へぇ、最近『勇者』になったばかりなのによくここまでのレベルになったね」
少女は、リーゼのことを視ている。
あまりの態度の変わりように皆、拍子抜けしてしまう。
「えっと……」
「ああ、ごめんね。まだ名乗ってなかったね。私はフェンティーネ。親しい人からはティーネって呼ばれてるんだ。一応ダイヤランク冒険者『黒魔』でもあるんだよ。よろしくねリーゼ」
「どうして私の名前を」
「あなたと同じスキルだよ」
フェンティーネは自分の目に触れた。
フェンティーネは<鑑定>を使いリーゼのことを視たのだ。今度はリーゼの後ろにいるアイナのことを視た。
「それにそっちの子は……ふふ、王女様がこんなところに護衛もつけないでいていいのかな」
「それはお互いさまではないですか」
アイナは反撃するかのようにそんなことを言うとフェンティーネは少し驚いたような表情を浮かべる。
「おっと、そういう話になるなら場所を変えようか。確か近くにカフェがあったからそこに行こう」
リーゼたちは言われるがままフェンティーネの後についていき近くのカフェへと入る。
「いらっしゃいませ、三名様ですか」
「うん、そうだよ。席は座れればどこでもいいよ」
「こちらへどうぞ」
三人はテラス席へと案内された。席に着くとフェンティーネはさっそくメニューを見る。
「君たちは何頼む」
「私は紅茶で」
アイナは自然な口調で答える。
リーゼと同じように圧倒的な力を感じていたはずなのにアイナは何故かフェンティーネと馴染んでいた。
「リーゼは」
「あ、じゃあ私も紅茶で」
「すいません。紅茶二つとコーヒー一杯ください」
フェンティーネは店員に注文すると二人と向き直った。
「それでアイナは私の事どこまで知ってるの?」
「セイさんの弟子でナフト王国第一王女フェンティーネ・ナフト。まさかあのダイヤランク冒険者『黒魔』とは思いませんでしたけど」
「『黒魔』の時は身分を隠してるからね」
ナフト王国とはベイルダル王国の北にある吸血鬼たちが多く暮らす国だ。300年前の魔神大戦では、多くの功績を掲げた大国の一つである。フェンティーネはその国の王族だ。
そしてセイが300年前唯一弟子にした人物こそフェンティーネなのだ。
「え!王女様」
「そうだよ。私こう見えても王女なんだよ」
フェンティーネは茶目っ気たっぷりな笑顔を見せた。
リーゼの中での王女様のイメージが自由人ということで固まってきてしまう。
「それでリーゼは誰に剣を教わってるの。やっぱり師匠」
「前はそうでしたけど今はティファさんに教わってます」
「なんでそこでティファの名前が出てくるの?」
「お待またせしました」
「あ、ありがとうね~」
フェンティーネが目を細めると店員が紅茶とコーヒーを持ってやってきた。フェンティーネは頼んだコーヒーを一口飲む。
「ふ~、それでティファがそんな面倒なことしないと思うけど」
「最初はセイのお願いだったんですけど最近は気が向いたからとか言ってました。たぶん気まぐれじゃないですか」
ティファは最近になってリーゼがどこまで強くなれるのか気になり積極的にリーゼに剣を教えるようになったのだ。その真意にリーゼは気づいていない。
「ああ、師匠のお願いならティファも動くか。そしたらティファの家にも行ってるってことだね、どうだった?やっぱりティファの部屋は散らかってたでしょ」
「行ったことないです」
「え?そしたらどこで剣術教えてもらってるの?」
フェンティーネにはティファの今の性格からして自分の家から動くとは思えなかった。
「家で教えてもらってます」
「ん?ちょっと待ってね……ティファって今どこに住んでる」
リーゼの言葉で何となく嫌な予感がしてしまう。
「ティファ様はセイさんと再会された日からセイさんの家に住んでますよ」
「な⁉抜け駆け⁉」
フェンティーネは、コーヒーカップを持ったまま勢いよくテーブルを叩いた。
「あのエルフ、やってくれたね」
フェンティーネの持っているカップが震え、濃密な魔力が漏れ始める。しばらく思考を巡らせるとある可能性にたどり着いた。
「ティファが師匠の家に住んでるってことはまさかエンネも⁉」
「エンネシア様は住んでませんよ」
「ということは、ティファだけが抜け駆けをしたってわけだね。そしたら三対一で私たちが有利」
フェンティーネは人差し指を頬にあてふふっと悪い笑みを浮かべる。
リーゼはその笑みを自国の王女様と重ねた。
(あ、やっぱ王女様ってこっちが正しいんだ)
「フェンティーネ様は」
「ティーネでいいよ。同じ師を持つんだから」
「それじゃあティーネは、セイを探してるんだよね」
「そうそう、ここの冒険者ギルドでセイっていう強い魔法使いが現れたって聞いてもしかしたらと思って来たんだよ」
フェンティーネは、ナフト王国で活動している時にうわさを聞きつけすぐに王国へとやってきたそうだ。
「自由だね」
「私は王族の中でも異質だからね」
フェンティーネのナフト王国での立場は『魔道王』セイの弟子で王族でありながら宮廷魔法使いとして仕事をしている。
「さてと、コーヒーも飲み終わったし師匠のところに行こうか。あ、会計は私がしとくよ」
「悪いよ。私たちも払う」
「だいじょぶだいじょぶ、これでもダイヤランクだしね。お金は有り余るほど持ってるんだよ」
リーゼはセイも同じようなことを言っていたのを思い出した。冒険者としてそれなりに活動していればお金が必要ないほど貯めってしまう。
結局会計はフェンティーネが行った。
アイナはセイの家に用はないためお城へと戻っていった。
二人は、セイの家へと向かった。リーゼが結界に触れると扉が現れ、フェンティーネは興味深そうに眺める。
「へぇ、リーゼは師匠にずいぶん気に入られてるみたいだね」
「そうかな?」
リーゼにはそうは思えなかった。自分がどれだけさりげなくアピールしても気づいてもらえないのだ。
「うん、いくら一緒に住んでるとはいえ結界に登録させるなんて今まで一人しかいなかったからさ」
「そうだったんだ」
リーゼは少し嬉しくなり顔がにやけてしまう。
「……君に彼と同じ可能性を見たのかな」
フェンティーネはとある勇者を思い浮かべながら誰にも聞こえない声でそう呟いた。
「ほらリーゼ早く入ろう」
「そうだね」
フェンティーネに押されながらリーゼは結界に触れると扉が現れる。二人はその扉をくぐり結界内へと入った。
「変わらないな」
フェンティーネは森を見まわし懐かしむ。実に三百年ぶりのセイの家だ。
「戻りました。あれ?いない」
二人が家の中へと入るとそこにはセイもティファもいなかった。机の上にティファが読んでいたであろう本が置かれている。
「出かけてる?」
「そうだと思うセイのローブが無いし」
「じゃ、私は部屋に行ってるね」
フェンティーネは袋から鍵を取り出し扉を開けた。あまりにも自然な流れだったためリーゼは何も言えずそのまま彼女は部屋の中へと入ってしまった。
「え、ちょっとティーネ」
「ん?どうしたの」
フェンティーネが扉の隙間から顔を出した。
「まさかティーネもここに住むの」
「そうだよ。ティファだけにいい思いはさせたくないしね。そういうことだから」
それだけ言うと扉を閉めてしまう。
「あ、ちょっと……どうしよう。ティファさんだけでも強敵なのにティーネまで加わるなんて」
まずいと新たな恋敵に危機感を覚える。
しばらくすると外で大きな音が響いた。
「な、何⁉」
リーゼが急いで外に出るそこには
「当たりなさい!」
「もう戻ってきたんだからやめてよ」
セイが無数の魔法を展開しティファが放つ高速の矢を受け止めていた。




