第四十三話 久しぶりの勝負
セイはベッドの上で目を覚ました。
「……夢…か」
セイは起き上がると懐かしむように首筋についている二つの小さな傷跡に触れた。
(久しぶりに見たな)
セイは夢の中で起きたことを思い出す。すべてが懐かしく温かいそれでいて夢であったことに切なさも覚える。どうしてこの夢を見たのだろうと自然とセイは考えてしまう。
(サイラの指摘か)
あの時セイは昔のことを数舜だが脳裏に思い出していた。その時思い出せなかったことが夢となったのだろうと勝手に予想する。
「セイ、いますか?」
懐かしさに浸っていると扉の奥からリーゼの声が聞こえた。
リーゼがセイの部屋へと来ることなど今まで一度もなかったためセイは少し疑問に思ったが返事をする。
「いるよ」
「入りますよ。セイもうお昼ですよ…大丈夫ですか?」
リーゼが心配そうにセイのことを見る。
「泣いてますよ」
「え?」
セイは自分の目元に触れた。すると少し濡れていた。いつの間にかセイは涙を流していたのだ。
「…大丈夫だよ。それで何か用事かな」
セイは服の袖で涙をぬぐい何事もなかったかのようにリーゼに尋ねた。
「セイが全然起きてこないので呼びに来たんです」
「あ、もうこんな時間だったんだ。ごめんね、すぐにお昼の用意するね」
セイが時計を見るともう十二時を過ぎていた。どうやらセイはかなり寝坊してしまったらしい。
セイは急いでベッドを整えるとキッチンへと向かおうとする。
「いえ、私たちでお昼を作ったんで呼びに来たんです」
「そうだったんだね。ありがとう」
「いつもセイに頼りきりだったのでたまには私たちもやらないと」
セイとリーゼが部屋から出るとティファがソファに座り自分で淹れた紅茶を飲んでいた。
「ごめんね。遅くなって」
「いいわよ。それよりあんたが寝坊なんて珍しいわね」
「ちょっと夢を見ててね」
そう言うとセイは儚げに笑った。
「…ふ~ん、そう」
ティファは何となく察し触れないようにする。
リビングにはいい匂いが漂っている。
「いい匂いだね」
セイたちは昼食を食べる。
「お皿は僕が洗っとくよ。ん?」
セイが食器を洗おうとした時、結界の外に誰か来たことに気が付いた。
「この魔力は、アイナかな?」
何故かアイナが結界の外にいる。
(アイナだけ?護衛はどうしたんだろう)
アイナの周りには他の人の魔力は感じられない。王族が護衛もつけずにここまで来るのはおかしい。何かあったのではと思ってしまうがどうやら違うらしい。
「もうアイナ来たんですか」
「どこか行くのかい」
「はい、アイナと王都を見て回ります」
リーゼは先日学院でアイナと王都を見て回る約束をしていたのだ。護衛が見つからないのはアイナがリーゼと二人で出かけるためにこっそり王城から抜け出したか何かだろう。
「そうかい、楽しんでおいで」
「いってきます」
リーゼは元気よく外へと出かけて行った。
セイは食器を洗い終えると壁に掛けてあるローブを羽織った。
「さてと、僕もちょっと出かけてくるよ」
「どこに行くの?」
「魔の森までね」
「む、私もついていくわ」
ティファはソファから立ち上がると自分の部屋へと戻っていった。
「準備できたわ」
魔の森に行くだけなのに何故かティファはマジックバックを持っていた。
「魔の森に行って帰ってくるだけだよ」
「あのね。あんたがこのタイミングで魔の森に行くのなんてどうせ魔法を試したいからでしょ」
「よくわかったね」
「それくらい分かるわよ。それに」
ティファはグイッと顔を近づけた。ジトッとした視線が送られる。
「あんたが魔法を試すとろくなことにならないじゃない」
「……」
思い当たることがありすぎてセイは自然と視線をずらす。
セイが魔法を試したことで湖が出来たり、山を崩したりなど大規模な地形変化が何度も起きた。そのたびに地図を作り直さなければならないほど規模が大きかったのだ。
そのことに少なからずセイは負い目を感じている。
「というわけで私もついていくわ」
「今回は新しい魔法じゃないから」
「何でもいいわ。私もついていくだけだから」
セイは渋々ティファを連れていくことにした。
「分かったよ。それじゃあ掴まって」
ティファはセイの腕をつかんだ。
「それじゃあ、テレポート」
景色が変わり森の中へとやってきた。
あの夢とは違い今の魔の森はやはり魔力をかなり感じることができる。
「それで何を試すの」
「冥獄魔法」
冥獄魔法とは禁忌魔法の一種でどれもとても強力で凶悪な魔法だ。
「危険な禁忌魔法じゃない」
「禁忌魔法なんてどれも一緒だと思うけど」
冥獄魔法は禁忌魔法の中で最も危険とされる魔法だ。その力に魅入られ身を滅ぼす者が多々いた魔法ということもあり禁忌魔法に分類されている。
だが使い方さえ間違えなければとても使い勝手のいい魔法なのだ。
「試すだけだしね」
「はぁ、地形を変えないでよ」
「分かってるよ」
セイはティファから少し離れる。
(あの時、確かに僕は冥獄魔法を使ってた)
サイラと対峙した時のことを思い出す。自分が暴走し発動したあの黒い炎は炎魔法の炎ではなかった。より凶悪で強力な魔法だった。
(力が徐々に戻ってきたのか。もしくは、ただ単にもう一つの力に<全魔>が引っ張られたのか……考えても仕方ないね。早速やろうか)
セイは魔力を操り始める。
(少し戻ってるね)
一回で操ることのできる魔力量が多くなっていることに気が付いた。
膨大な魔力がセイの下へと集まりだす。
「ヘルフレイム」
黒い炎がセイの目の前に現れた。超高熱の炎がさらに圧縮されていく。まさしく地獄の炎。こんなものをくらえば灰すら残さず燃やし尽くされてしまう。禁忌魔法と呼ばれるにふさわしい威力だ。
セイはヘルフレイムを継続する。地獄の炎は魔力を糧に燃え続けている。
近くに寄ってきていた動物たちが本能で察したのかセイの魔法から逃げていった。
「そろそろやめなさい」
「そうだね」
セイは魔力を操り黒い炎を消した。
「やっぱりとんでもないわね。簡単に禁忌魔法を発動させてそれを消すなんて」
「結構簡単だよ」
「そう思うのはあんただけよ」
本気でそう思っているセイにティファは呆れる。
「はぁ、それで他の禁忌魔法は使えないの」
「う~ん、どうだろう」
今度は時魔法を使ってみる。
(やっぱり魔力が途中でうまく操れなくなるな)
魔力を集めている最中一定の量に達するとうまく操ることができなくなってしまう。
「無理だね」
同様に他の禁忌魔法も試してみるが発動できなかった。
「今のところ使えるのは冥獄魔法だけだね」
「それだけ使えれば十分でしょ。それよりあれだけ魔法を使ったのに魔力は大丈夫なの」
禁忌魔法は強力な分、魔力を大量に消費する。それに魔法は失敗したとしても魔力は消費してしまうのだ。
セイは自分の魔力を確認する。
「特に問題ないよ」
「底なしね」
「これでも結構減ってるんだよ」
「そしたら魔力お化けじゃない」
セイの魔力は制限されている状態でも測定不能なのだ。本当に底なしかもしれない。
「お化けとはひどいな」
「結構あってると思うけど」
「なら君は、弓お化けだね」
珍しくセイがからかうように言い返した。
「な⁉…言ったわね」
予想外の言葉にティファがセイを静かに睨む
「君も言ったんだからお相子じゃないか」
「ふふ、いいわ。セイ、久々に勝負しましょう」
ティファは不敵に笑う。
「そうかい、なら久しぶりに勝負しようか『弓エルフ』」
「…言うわね」
「昔の呼び方をしただけだけど」
セイはにこやかに答えた。セイはティファと出会った頃、訳あってティファのことを弓エルフと呼んでいた。
ティファはセイと出会った当初の頃を思い出し妙な苛立ちを覚える。
「もういいわ。そんなに勝負したいんだったら相手をしてあげるわ」
ティファはマジックバックから『深弓』を取り出すと構えた。
「君から言ってきたんだろ」
セイは文句を言うがティファは集中しているのか耳を貸そうとしない。
「今のあんたになら勝てるわ」
「かかってきなよ」
セイの周りに炎が浮かび始める。
後日、魔の森で天変地異が起きたのではと言われるようになるのだが二人は揃って黙秘するのだった。




