第四十一話 アグナムート
『魔王軍』の襲撃から三日経過した。
あの後セイたちが森の外へと出るとそこには負傷している生徒が多数おり、セイが全て神の奇跡と称して生徒たちの傷を全て治した。その後実習は中止となり、『魔王軍』が現れたことは国王へとすぐに報告されることとなった。
この襲撃により生徒や教員に複数名の死者が出てしまうこととなった。事の顛末は全てサイラが行ったとされ重罪人として国中で指名手配された。
一方セイたちは特に変わったこともなくいつも通り家にいる。
いや、変わったことはあるだろう
「セイ、お茶おかわり」
「はぁ、君はいつまで僕をこき使うのかな」
セイはティファからティーカップをもらい紅茶を淹れる。
あの日以来セイはこうしてティファの世話をしている。いつもと変わらないように見えるがティファの要求が多くなったのだ。事あるごとにセイを呼びいろいろな要求をする。
「え~、私の気が済むまで」
ソファに座りながらそんなことを口にした。そのしぐさはあの自堕落女神をほうふつさせる。
「ティファさんそろそろやめたらどうですか」
リーゼが剣を携え部屋から出てきた。学院は『魔王軍』の襲撃以降、殺された教員や生徒の遺族のケアや新しい教師の補充に時間を割いているため臨時休校となっている。
「嫌よ。セイがこんなに言うこと聞いてくれることなんて滅多にないもの」
「だからってそこまでだらけていいことにはなりません。早く外へ行きましょう」
リーゼは、やる気満々に外へと出ていった。
「最近、妙にやる気ね」
「リーゼもリーゼなりに頑張ってるんだよ」
「『勇者』ってみんなこうなのかしらね」
「かもね」
自然と笑みがこぼれる。
二人はリーゼとライルを重ねていた。ライルもこうして強い力を見てもめげずにそれに追いつこうと頑張っていた。
「仕方ないわね。戻ってきたらお菓子を食べるから用意しときなさい」
「分かったよ」
ティファはドアから顔を出した。
「着替えてくるからちょっと待ってなさい」
「早くしてください」
ティファは自分の部屋へと戻る前
「セイ、あなたがその感情を抑えられないときは私たちに言いなさい。いつでも戻してあげるから」
一瞬何を言われたのか分からなかったがすぐに理解する。
「ありがとうティファ。頼りにしてるよ」
「ふふ」
セイの瞳に映るのは信頼
ティファはふんわりと微笑むと部屋へと戻っていった。
セイはソファに座り自分で入れた紅茶を飲む。
(仲間っていいものだね。ライル)
セイは、改めて仲間の大切さを思うのだった。
~~~~~
一切の光が入らないとても暗い洞窟。中はひどく不気味で誰も入りたがらない。蝙蝠が飛び、壁では虫が這いずり回っている。そこへ何者かが息を切らせながら入っていく
「はぁはぁ、何だあの化け物は」
サイラだ。サイラはあの後、恐怖に支配され逃がすと言われたのにもかかわらず信じることができなかった。そのため命からがらここまで逃げてきたのだ。
「早く、早く魔王様へ報告しなくては」
『魔道王』セイが生きていたこと、リーゼが<神剣>なしでファントムアサシンを退けたこと。この二つだけは何としても魔王へと報告しなければならない。
サイラは壁をつたりながら洞窟の奥へと足を進めていく。
やがてこの洞窟には相応しくない重厚な鉄の扉の前で止まった。
「『魔王』様サイラです」
「入れ」
中から聞こえた声はどこか不機嫌だった。サイラは恐る恐る部屋へと入る。中は広く小さなろうそくの光が壁際を照らしている。目の前には玉座、そこに座っているのは強力な魔力を秘めた一人の男だった。肌は黒く頭には二本の角がついている。
男が重い口を開いた。
「それで何か申し開きはあるか」
明らかに不機嫌だ。玉座に肘をつき指をカタカタと動かしている。『勇者』の殺害に失敗したことを知られている。
サイラはすぐに跪く。
「は、私の力不足です」
「最後の言葉はそれでいいのか」
魔王の周りに魔力が集まりだす。その魔力はサイラが対峙したセイと同等の魔力量だった。
死を覚悟したその時魔王の魔力が霧散した。
「まあいい。『妖精姫』がいたのなら失敗しても仕方ないだろう。もっと強くなるよう励め」
物わかりのいい『魔王』だ。本人も今の戦力では英雄に勝てないことは分かっている。
「は!恩情ありがたく」
「よい、それで今代の『勇者』はどうだった」
「<神剣>はまだ操りきれていないようですが、剣術のレベルは目を見張るほどの実力でした」
「そうか、早々に殺しておきたかったが仕方あるまい」
『魔王』の予定では力をつける前に『勇者』を殺そうとしていたのだがそう簡単に殺すことができなくなったのなら計画を変えなくてはいけない。
「……一つ申し上げたいことが」
「なんだ」
「『魔道王』セイが生きていました」
「そうか」
『魔王』は特に驚いた様子も見せず、どうやって『勇者』を殺すか考え始める。
「あ、あの魔王様」
「む、何だ。我は策を練るのに忙しい」
「あの驚かれないんですか」
「驚くも何もあやつは自分の目的を果たすまでは殺しても死なんような奴だ。お前に死んだと聞かされた時の方が驚いたわ」
300年前『魔王』は、倒される直前にライルではなくセイを殺そうとしたのだ。それだけ脅威だと判断していた人物が簡単に死ぬなど到底想像できなかった。
「それで話は終わりか」
「あ、いえ、『魔道王』から伝言を預かっています」
「伝言?」
『魔王』には想像ができなかった。お互い知ってはいるが会話はほとんどしたことが無い。
「はい。余生を楽しんでね。これは『魔道王』としての言葉じゃないから。この言葉の意味が分からなければ神にでも聞けばいいさ。と俺には意味が分からないのですがどういう意味ですか」
サイラが訪ねるが『魔王』は何も答えない。これはおかしいと思ったサイラはもう一度訪ねる。
「あのどうされましたか」
「……あやつは本当にそう言ったのか」
「?はい」
『魔王』の顔がこの暗がりでも分かるほど、どんどん白くなっていく。
「……あ…ああ……」
『魔王』がどんどん絶望していく。サイラはいったい何が起きているのか分からず混乱する。そんな中、目の前の空間がゆがみ始めた。
「ベルゼブ、現実を受け止めなよ」
サイラは空間から出てきた声の主を数舜みるとすぐに目をそらした。
現れたのは魔力が放たれていないはずなのにサイラは、見ただけでこの世の存在でないことを理解することができた。
四翼の不気味な翼をもち人の形ではあるが顔は異形その者、六つの赤い目に大きな口を持っている。体は3mくらいはあるだろう。
『魔王』がこの存在に気が付くとすぐにその場で跪いた。
「アグナムート様」
(アグナムートだと⁉大罪神の一柱が何故ここに)
サイラは次々と変わっていく状況に混乱していた
「お前は僕たちと同じようにあいつの敵になったんだよ」
「ど、どうすればよいでしょうか」
「僕らのように隠れるかあいつを倒すかのどっちかしかないね」
「そんな……」
それは魔王にとって無慈悲な宣告だった。
「もうそれはどうしようもないよ。それよりも彼が君の新しい配下だね」
「っ⁉」
アグナムートがサイラの目の前まで近づいた。サイラは顔を上げることができない。
「そんなに怯えなくてもいいよ。『大罪神』なんて呼ばれてるけど僕たちは今目立った行動はできないからね」
「……」
声を出すことができない。
「はぁ、やっぱりだめか。もういいや。僕は帰るよ。死なないように頑張ってね」
それだけ言うとアグナムートはゆがんだ空間へと帰っていった。
「はぁはぁ」
(神とはここまでのものなのか)
サイラは息を整える。
「魔王様」
「ど、どうすればいいんだ。我は、もうここまでなのか」
魔王は狂乱状態に陥っている。
サイラはこの時理解できていなかった。自分の主がどれほどの存在を敵に回したのかを…
第二章はこれにて終了です。次回より第三章を始めたいと思います。
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