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第四十話 歓喜と憎悪

 森の奥から現れたのはサイラだった。

 

「まさか、ばれてるとは思わなかったな」

「魔力でバレバレだったよ」


 セイはサイラのいた場所に不自然に魔力が集まっていることに気が付いていたのだ。

 サイラは幻術を使い自分の姿を隠してずっとリーゼたちの戦闘を観察していた。いざとなったら自分の手でリーゼを殺すつもりだったがセイたちにばれ失敗に終わる。

 

「流石は『十英雄』の一人『魔道王』セイ様だ」

「へぇ、僕の事知ってたんだ」

「え『魔道王』?魔道王ってあの魔道王様か⁉」


 アレンはセイが『魔道王』だと知り衝撃を受ける。

 

(アレン君にはばれてしまったけど彼なら大丈夫かな)


 セイは後でアレンにはちゃんと説明しようと思い目の前のサイラへと向き合う。

 

「予想くらいたてられる。あんたの魔法にティファ様に対する態度そっちこそバレバレだぞ」

「おっと、それはうかつだったね」


 セイは一切の動揺を見せることなく自然に答える

 

「全くそう思ってないな。まあいい、知られてしまった以上ここで殺す」


 サイラは腰につけている刀を握ると一気に間合いを詰めた。

 

(殺った)


 セイは魔法使い、ティファは弓使い、二人とも後衛のため間合いを詰めさえすれば勝てると判断したのだ。このまま抜刀すればセイを殺せるはずだった。

 だが、忘れてはいけない目の前の存在が"英雄"であることを

 

「アイスバインド」

「⁉」


 一瞬にして頭から下を凍らされた。

 

「詠唱なしだと⁉」

「詠唱?ああ、僕に詠唱は必要ないんだよ」


 魔法を発動するためには通常詠唱と呼ばれる言葉を言わなければならない。そのため魔法使いは詠唱の時間を必要とするため隙ができてしまう。それをサイラは考えたのだが予想が外れた。

 

「あんた勘違いしてるんじゃない。私たちが『十英雄』なんて呼ばれるのは魔王を倒したからじゃないわ。純粋に強いからよ」


 強くなければ英雄などと呼ばれない。

 サイラは勝ち目がないと判断し情報を取られる前に舌をかみ切った。

 

「死なせないよ。パーフェクトヒール」


 セイの魔法により舌が元に戻り死ねなくなってしまう。

 

「く…俺を、どうするつもりだ」

「どうもしないさ。少し聞きたいことがあってね。僕の質問に答えてくれれば逃がしてあげるよ」

「は?」


 サイラは訳が分からなくなり口をポカンと開けた。

 

「何考えてるの⁉」


 これにはティファですら驚く。『魔王軍』を率いていた者を逃がすなど正気ではない。

 

「落ち着いて、僕にも考えがあるんだ」

「だからってここまでしたやつを逃がすなんて正気じゃないわ!」

「責任は僕がとるよ」

「……勝手にしなさい」

「ありがとう」


 ティファは渋々納得する。セイはサイラへと向き直る。

 

「さてサイラ君、君は『魔王』の指示でこんなことをしたのかい」

「……ああ」


 サイラは答えた。この世に再び『魔王』が現れた。またあの悲惨な戦争が始まるかもしれない。

 

「そうかい。それで君はどうして『魔王』の指示に従ったんだ」

「簡単さ、俺は戦争で全てを失った。だから暢気に暮らしている奴らを見ると無性に壊したくなって仕方ないんだ。だから壊した。どうだ?満足か?」


 そう醜悪な笑みを浮かべて答えた。サイラの内に秘められていたのは狂気

 

「…狂ってる」


 リーゼが思ったことを口にするとサイラの表情が一瞬無くなるがすぐにまた笑みを浮かべた。

 

「狂ってる?狂ってるだって……ははははは」


 サイラの不気味な笑い声が森の中で響き渡った。

 

「リーゼ、冗談を言うな。俺が狂ってるならこいつはどうなるんだ」


 サイラは目を見開きセイのことを見た。

 

「俺は初めてあなたを見た時、どうしようもない恐怖を覚えた。なんだそれは?そんな憎悪を抑えながら何故そんな風に笑っていられる」


 リーゼたちには何を言っているのか理解できなかった。

 

(セイが憎悪を抑え込んでる?何…言ってるの?)


 サイラが<心眼>で視たセイの感情は、黒々とした不気味な物を鎖でがんじがらめにされている状態だった。

 

「何を言ってるのか分からないよ」

「しらを切るか、まあいい。それで答えたぞ。早く逃がせ」

「ああ、待って次が最後の質問だから」

「なんだ」

「君が付き従ってる『魔王』は300年前僕たちに倒された『魔王』かい」


 セイが一番聞きたかった質問だ。その質問にどのような意図があるか分からなかったが考える間も無くサイラは答える。


「ふふ、そうだ。『魔王』様は復活したのだ!あの方ならば再びこの世に混沌をもたらしてくれるはずだ!英雄である『勇者』はもういない!魔王様の勝利は確実だ!」


 サイラは高らかにそう言った。

 魔神大戦を引き起こした張本人である『魔王』の復活。あの伝説が再び起こるかもしれないと思うとリーゼたちは不安を覚える。

 

「……そうか、『魔王』は生きてるんだね」


 セイは真実を噛みしめるように言った。

 

「ああ、そうだ!あの方は復活したのだ!お前らもふる、え…」


 その先の言葉が続かなかった。サイラは目の前のセイをずっと視ていた。鎖が緩み黒々とした物が解き放たれかけているのを

 分かるのは強い歓喜と憎悪、相反するはずの二つの感情が伝わってきた。

 セイから感じる憎悪は自分が抱いていた狂気などちっぽけに思えるほど大きかった。

 

「それで『魔王』はどこにいるんだい」

「う……あ…」


 サイラはうまく答えられない。セイはいつも通り優しく笑っているが不思議とその笑みには優しさを全く感じられずとても怖い。

 リーゼはセイのこういった表情を見るのは王城でランドを追い詰めた時以来、いやその時以上にセイの雰囲気がとても不気味に見えた。

 

「答えろ」


 セイから解き放たれた尋常な量の魔力の嵐がこの場を支配した。リーゼたちは動くことが許されずただただその場で震えることしかできない。

 サイラは恐怖に捕らわれる中、魔王から聞いた伝説を思い出していた。


 魔神大戦終盤、勇者たちと戦った魔王が死ぬ前に魔道王を道連れにしようととある力を使ったそうだ。しかし、それに気づいた勇者が魔道王を庇い自らその力を受け、魂を消された。

 魂の消滅とは真実の死を意味する。蘇生魔法を使おうが禁忌魔法である時魔法で時間を戻そうとも魂は戻ることがない。つまり勇者はこの世から完全に消え去ったことを意味する。

 

「早く答えろ」


 セイから表情が失われた。

 

 その冷徹な瞳から伝わってくるのは深い深い憎悪

 サイラはその時悟った



 セイが持つ憎悪は勇者を失った恨みによる"憎悪"なのだと



 一歩また一歩とサイラへとゆっくり近づいていく。そのたびにセイの中の黒い憎悪が嵐のように荒れ狂いサイラの恐怖を煽ってく。

 

「答えないなら、燃やすよ」

 

 手に浮かぶのは超高熱の黒い炎。まるでセイの憎悪を具現化したようだった。

 こんなものをくらったら一瞬で灰になってしまう。


「……はぁ…はぁっ……」

 

 サイラは声を出そうとするがセイの憎悪をその身に受け呼吸すらままならない。

 

「はぁ、燃えろ」


 何も答えないサイラに価値を感じなくなったセイは手に持った炎をサイラへと放とうとする

 

「やめて」

「……どうして止めるんだい」


 ティファがセイに後ろから抱き着き強制的に動きを止めた。 

 

「それ以上は、セイがセイじゃなくなっちゃう」


 ティファがどこか寂しそうにそう呟いた。

 それを聞いたセイの憎悪が再び鎖に巻き付けられていく。

 

「……」


 しばらくの沈黙の後、ティファの気持ちが伝わったのか放たれていた魔力がセイの下へと戻り炎が消えた。

 

「ごめん。少し取り乱した」

「後でお菓子ね」

「うん、ありがとうね」


 セイはいつもの優しい微笑みに戻っていた。

 

「さて、僕の質問は終わりだ。『魔王』の下に戻るといい」


 サイラの拘束は解け自由に動くことができるようになったがセイの中を視た衝撃でうまく動くことができない。

 

「それじゃあ僕たちは戻るよ。あ、そうだ。一つ『魔王』に伝えてほしいことがあるんだ」


 セイは帰ろうとするが何か思い出したかのように後ろを振り向いた。

 

「余生を楽しんでね。これは『魔道王』としての言葉じゃないから。この言葉の意味が分からなければ神にでも聞けばいいさ。とね」


 それだけ伝えるとセイはリーゼたちへと近づいた。

 

「自分たちで立てるかい」

「は、はい立てま、す」


 リーゼは立ち上がることができたが歩こうとすると足がふらつき倒れそうになる。

 

「おっと、無理はよくないよ」

「すいません」

「いいさ、よく頑張ったね」


 セイはリーゼを抱き留め優しく頭を撫でる。セイの手はいつも通り温かく、その姿からは先ほどまでの憎悪は一切感じられない。

 

「さて森を出ようか」


 リーゼは、セイが見せたあの憎悪が何だったのかと疑問を抱きながら森の外へと出るのだった。

 


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