第三話 セイの実力
セイがクロッサス村に来て初めての朝を迎えた。小鳥たちのさえずりが聞こえ目覚める。周りを見て知らない部屋にいることに気が付いた。昨日は、エンフィス家に快く迎えられた後夕飯を食べ今いる部屋を貸してもらったのだ。
セイは、魔法で水を出し顔を洗う。残った水は魔力となって消えていった。
部屋から出ようとするとふと、外から風が切れる音が聞こえた。
外へ出てみるとそこには美しい水色の長い髪を揺らし練習用の剣を振るう少女の姿があった。少女はその華奢な体を一生懸命使い剣を振るっている。その姿は様になっており関心する。
「ふぅ」
リーゼは、首にかけていたタオルで汗を拭きとるとセイに見られていることに気が付いた。
「セ、セイさん、おはようございます」
「おはよう」
リーゼは、少し焦ってしまう。
「すごいね。こんな時間から剣を振るってるなんて」
今はまだ日が昇り始めたばかりの時間だ。汗の量から考えるとそれよりも前からやっていたと考えられる。
「いえ、私は剣を振るうことが楽しいからやってるんです。あ、こんな女の子らしくないことが好きって変ですよね」
リーゼはそう言って少し自嘲した笑みを見せる。
「う~ん、僕は変だとは思わないけどな」
「え?」
「僕の友人には、剣に魔法、弓を使って楽しんでる女の子がいたからね。それに僕は、何もせずにいる女の子よりリーゼさんみたいに好きなことに一生懸命な女の子が好きかな」
「ふぇ⁉」
リーゼはそんな不意打ちのようなことを言われ変な声が出てしまう。みるみるうちに頬が赤く染まっていきセイから顔をそむけた。
「どうしたの?」
「な、何でもないです」
セイは、何故リーゼがそっぽを向いたのか分からなかった。
「剣が好きなんだよね。じゃあ、僕が相手をしてあげようか」
「え?セイさんって魔法使いじゃないんですか」
「剣も多少は使えるんだよ」
そういうとセイは、何もない空間から練習用の刃を潰した剣を取り出した。
「どう、勝負しない?」
「…分かりました」
この時のリーゼには自信があった。相手が魔法使いなら剣が多少使えると言っても自分と同じかそれ以下かと。しかし、そんな自信は脆くも崩れ去ることになる。
「先手は譲るよ」
「負けても知りませんから」
リーゼは、セイへと迫る。そしてそのまま斜めに切りかかる。セイはまだ動かない。寸止めをしようと思った時キンッと甲高い音が響いた。
「え?」
リーゼが握っていたはずの剣が庭に突き刺さっていた。
「僕の勝ちだね」
「……何を、したんですか」
「剣を振ったんだよ」
「それだけですか」
「そうだよ」
見えなかった。
セイは、リーゼが剣を振り下ろした時にタイミングを合わせ剣を振るい飛ばしたのだ。
「だけどいい太刀筋だったよ」
「慰めはいいです」
リーゼは、拗ねてそっぽを向いてしまう。セイはこういう光景を何度か見たことがあった。
(そういえば彼女も、たまにこんな風に拗ねてたなぁ)
自分の弟子のことを思い出す。彼女もまた自分の力が通用しなかったときにリーゼのようにそっぽを向くのだ。その時と同じような行動をする。
「本当のことを言っただけだよ。僕は、君の剣を綺麗だと思ったよ」
そう言って可愛らしい少女の頭をなでた。
リーゼは一瞬何をされたのか理解できなかったが次第に顔が赤くなっていく。今すぐやめてもらおうとも思ったがこのままでいたいという自分がいて顔を伏せてしまう。
「だけど、私よりは強いです」
「う~ん、それなら僕が剣を教えてあげようか?」
少女が目を輝かせながら顔を上げた。その顔はまだ赤みが残っており目が少し潤んでいた。
「いいんですか!」
「もちろんいいよ。リーゼさん」
リーゼはムスッとした。
(表情豊かだなぁ)
セイはころころ変わるリーゼの表情を面白そうに見る。
「さん付けはやめてください。私の事はリーゼと呼んでください」
「分かったよ、リーゼ。それなら僕の事もセイと呼んでね」
二人の距離が縮まったところで来客がやってきた。
「……おい、セイうちに泊まってはいいとは言ったが娘に手を出していいとは言ってないぞ」
二人は、ぎょっとした視線で家の方を見た。そこには、腕を組みながら壁にもたれかかっている不機嫌そうなゲイルの姿があった。
「お父さん⁉」
「ゲイルさんも早いですね」
「おう、朝から剣が撃ち合った音が聞こえれば起きるだろ。それで何してたんだ」
「ちょっと勝負をしてたんですよ」
「ほう」
ゲイルは怪訝そうにセイの事を見る。
「そうだよ。ただ剣の勝負をしてただけだよ」
娘にそう言われてもまだ疑いの視線を向けている。すると庭に突き刺さっている一本の剣に気が付いた。その剣は娘が愛用している練習用の剣だ。あんな風に地面に突き刺しているのは見たことが無い。
「分かった信じよう。その代わりセイ、お前は俺と全力で勝負しろ」
「え!お父さんそれは無茶苦茶だよ」
リーゼとセイの間には実力の差はかなりあるだろう。しかし自分の父に勝てるかと言われたら分からない。しかも父は大剣を使うつもりだろう。もはや勝ち目などあるわけがないと思いセイにやめるよう言おうとするが
「分かりました」
「なら剣を構えろ」
ゲイルは近くに置いてある大剣を構える。セイは、練習用の剣を構える。
「いいのかそれで」
「はい、今はこれしか使えないので」
「ふ、後悔するぞ」
ゲイルはいきなり攻撃を仕掛ける。大剣を勢いそのままに振り下ろした。その力はレッサーウルフを一撃で真二つにする威力を持っている。そんな剣を受け止められるはずがないとリーゼは目を瞑ってしまう。
だが次の瞬間繰り広げられる光景は信じられない物になる。
「な⁉」
セイは、その練習用の剣で勢いの乗った大剣を滑らかに滑らした。その後ひらりとその場で回転しゲイルへと刃を向ける。
だがゲイルも剣士である。すぐに体勢を直しセイの剣を体験で受け止めた。セイはその後もう二度ほど切りかかるが全て大剣で止められる。
二人はいったん距離を取る。
「なかなかやるな」
「そちらこそ」
ゲイルは口元に笑みを浮かべ切りかかる。そこからは技の応酬、ゲイルが攻撃を緩めるとそこに付け入りセイが反撃、セイの威力が弱くなるとゲイルが切り返す。そんなことが数十秒続いた。
そんなすごい勝負にリーゼは見惚れていた。
「はっ、そろそろ疲れてくるころじゃないか」
「いえ、まだ大丈夫です。それより少しギアを上げますね」
「⁉…まじかよ」
セイがそういうと動きが途端に速くなった。その動きの変わりようにゲイルは頬をひきつらせる。
セイの怒涛の連撃が繰り出される。休むことなく繰り出される連撃にゲイルは完全に防戦一方になるが何とか必死に食らいつく。
しかしそれはすぐに崩れ去るのだった。
セイの動きが止まり、それを好機と捉えたゲイルが剣を振るうがそれこそセイの策略だった。セイはそれをひらりと躱しものすごい勢いでゲイルの首元に剣を突き付けた。
「僕の勝ちですね」
「俺の負けだ」
ゲイルは、その手から大剣を放し両手を上げた。それを確認したセイは剣をこの場から消した。
「……本当に勝っちゃった」
リーゼは信じられないといった様子で見るがすぐにセイへと駆け寄る。
「すごいです!お父さんに勝つなんて、これでも村一番の剣士なんですよ」
「お前、魔法使いじゃなかったのかよ」
「僕は、正真正銘魔法使いですよ。ただ少しだけ剣が使えるってだけです」
「お前が少しだけだったら世界中のほとんどのやつが雑魚になるだろ」
ゲイルが呆れたように言う。セイ自身の剣術は300年前でも上位の方に入るほどの腕だ。しかしその上もいた。実際セイは純粋な剣術で勇者には勝てなかったのだから
「これはお前に教わった方がいいのか」
「いえ、僕は大剣を使えないので教えられることはないと思います」
「それもそうか、ならもう一戦しないか」
「お父さん、私がまず剣を教わるの」
親子喧嘩が始まってしまった。そこでゆっくりと玄関の扉が開いた。
「何をしてるの」
「サリナ……」
「お母、さん」
二人は玄関の方を振り向くとそこにはサリナが立っていた。サリナからは妙な雰囲気が漂っており二人は、言葉を詰まらせてしまう。
「何してるの」
「いや、ちょっとセイと勝負をしていたんだ」
「朝からうるさい音をたてながら?」
サリナは静かに怒っていた。にこやかな表情が今はとても怖く見えてしまう。。
「それは、そのぉ」
ゲイルは、リーゼとセイに視線を向けて助けを求めるが、二人は一斉に目を背けた。
「あなた、朝食なしよ」
「な、そんなぁ」
「さ、リーゼ朝食を作るから手伝ってちょうだい。セイさんはくつろいでてください」
ゲイルは、落胆した。
「え?だけど私―」
「分かったわね」
「はい」
リーゼはセイに剣を教えてもらいたかったがサリナの有無を言わせぬ雰囲気に気圧され、了承する。
「僕も手伝いましょうか」
「セイさんはお料理もできるんですか」
「はい、多少は出来ます」
「ならお言葉に甘えて手伝ってもらおうかしら」
「分かりました」
三人は家の中へと戻っていく。
外には、お腹の音をむなしく鳴らすゲイルだけ取り残されるのだった。