第三十七話 悪魔の角
校外実習二日目
もう時刻は昼頃を迎えていた。
「ここらにいる魔物はおおかた狩りつくしたな」
「そうね」
リーゼたちは朝から出会った魔物を片端から仕留めていき順調に数を増やしていた。運がいいのかまだレッサードラゴンのような強力な魔物とはまだ出会っていない。
「もうそろそろ終わりじゃない」
「確かにそうだな。もう日も結構昇ってるしな」
学院の実習には時間制限があり午後二時までには森の外に出なければ遅れた分減点されてしまう。
「それにしても何だか味気なかったね」
「確かにもう少し派手なのを想像してたな」
問題という問題は起きなかったためリーゼたちは特殊なスキルは使わなかった。そのため二人にとっては何とも味気ない実習になってしまう。
「問題が起きなかったんだからいいじゃない。さ、この魔物を解体したら戻りましょ」
アイナたちは今狩った魔物を解体していると奥の方から複数の足音が聞こえてきた。
「魔物かしら」
「それにしてはなんか慌ててないか」
足音のリズムがかなり乱れている。念のためリーゼたちは剣を構えると、奥から出てきたのはボロボロな制服を着た生徒達だった。その表情はとても焦っている。
リーゼたちは剣を収める。
「はぁはぁ、お前ら一年か」
「そうですけど、どうしたんですか」
「おい、ロラン速く逃げるぞ」
仲間と思われる男子生徒がそれだけ言うと走っていった。
「お前らも逃げろ、あいつらが来る前に、伝えたからな、逃げろよ!」
それだけ伝えるとロランと呼ばれた男子生徒は急いで走っていった。
「何だったんだあいつら?」
「たぶん奥で実習してた上級生じゃないかしら」
「それにしてもずいぶん慌ててたな」
もうあの男子生徒の姿は見えなくなっていた。
「どうす⁉」
リーゼは咄嗟に剣を鞘から抜き真横へと振るった。するとそこには長い爪をもった黒い人型の魔物が立っていた。
(ファントムアサシン⁉)
それは忘れるわけもない魔の森でリーゼたちを追い詰めた『魔王軍』の魔物だった。
リーゼは力いっぱいに剣を振るいファントムアサシンを飛ばしすぐに後退する。
「アイナ、アレン君、急いで逃げよう」
「魔物なら倒した方がいいんじゃねぇか」
「私たちじゃ、あの魔物には勝てない」
リーゼの言葉に二人は驚く。目の前にいる魔物は確かに気配を感じさせずに近寄ることができるのだろうが目の前にいるのだからリーゼが恐れるような魔物には見えない。
「あれは『魔王軍』の魔物」
「は⁉『魔王軍』ってあの伝説の⁉『十英雄』に倒されたんじゃないのかよ」
アレンの頭の中が混乱する。『魔王軍』の事は伝説では滅んだとされている。そんな魔物が今、目の前に現れたのだ。
「しかもファントムアサシンは一体じゃない」
リーゼの宣言通り、後ろからわらわらと複数のファントムアサシンたちが現れた。その数は見えるだけでも10体以上はいる。
「あの先輩たちはこの魔物から逃げてたってことね」
アイナはリーゼの話が現実味が無いせいなのかほどく冷静だ。
「私が逃げる時間を稼ぐ。だから二人は先に走って」
「おとりなら俺がやる。そういう作戦じゃないか」
「ダメ、この魔物は、速いからアレン君だと相性が悪い」
アレンの申し出を却下しリーゼは剣を構えた。
「その必要はないわ」
アイナはそう言って剣すら構えずに前へと出た。
「アイナ下がって!」
「大丈夫よ。見てなさい」
何を考えてるのとリーゼが止めようとするがアイナはそのまま前へと進んでいく。ファントムアサシンも丸腰で来るアイナに混乱するが好機と捉えすぐに攻撃に移る。一体のファントムアサシンがその長い爪をアイナの心臓目掛け一刺し。
「これが何かわかるかしら」
「……」
ファントムアサシンが動きを止めた。
アイナはマジックバックから何か角のようなものを取り出してそれをファントムアサシンたちへと見せている。すると迫ってきていたはずのファントムアサシンがピタリと動きを止め少しずつ後退していく。
「怯えてる?」
リーゼにはファントムアサシンたちがアイナの出した角に怯えているように見えた。
「予想以上に効いてるわね。それじゃあ速く逃げるわよ」
アイナは角を持ちながら森の外へと逃げようとする
「アイナ、それって」
「セイさんがもしものためにって持たせてくれたの」
アイナが持っている角はリーゼを待っている時にセイから「もしリーゼが勝てないと判断した魔物が現れたらこれを魔物に見せて、近づいてこなくなるから」と言われ渡されたものだ。
「確か、悪魔の角って言ってたわ」
「悪魔?」
リーゼたちにとって悪魔なんてものを聞いたことが無かった。
「私も知らないわ。まぁ何にせよ。あんまり長くは効かないらしいから早く行くわよ」
リーゼたちは急いでこの場を離れる。
だがしばらくすると後ろから恐怖から解放されたファントムアサシンたちが近づいているのに気が付いた。
「先生だ!」
目の前には男子教員の姿が。これで戦力が増えればファントムアサシンを退けられるかもしれない。
しかし、そんな淡い期待はすぐに消えることとなる
「せんせ、い?」
近づいた瞬間、男性教師が倒れた。そこにはファントムアサシンがおり長い爪には血が滴っていた。
「……」
ファントムアサシンが近づいているのにもかかわらず人が殺されるところを初めて見たリーゼとアイナは何が何だか分からなくなってしまう。
ファントムアサシンが全速力でリーゼの命を取りに行く。
「あ」
気づいた時には長い爪が直前まで迫っていた。すぐに剣に手をかけるがもう間に合わない。
「<閃撃>!」
そこへアレンがスキルを使い割り込んできた。能力値が上がったことによりファントムアサシンのスピードに追い付き、剣で頭を貫き一撃で仕留める。
「ぼうっとするな!今俺たちが戦うかどうかで生死が決まるんだ!先生はもう助からないだから戦え!」
アレンに活を入れられ二人は正気に戻る。
「まさかゴミムシにそんなこと言われるなんてね」
「少し見直したよ」
「ははは、惚れてもいいんだぞ」
「それはないわ」
「ないね」
即答だった。アレンはしょんぼりする。
「それと先生は助かるわ。ここから動けなくなるけどそれまで時間を稼いでちょうだい」
「本当か!」
「ええ、この状況で嘘ついても仕方ないでしょ」
「そういうことなら了解した」
「分かったよ」
リーゼとアレンはやる気に満ち溢れ後ろから迫ってきているファントムアサシンへと剣を構えた。
「来るよ!」
リーゼの声と共にファントムアサシンが飛び出してきた。先ほどまでの怯えは無くなっており確実に命を狙いに来ている。
だがそんなこと今の二人には無意味だった。
「は!」
「くらえ!」
迫りくるファントムアサシンたちを次々に一撃で切り伏せていく。リーゼは相手の速さを利用し勢いにのせ剣を振るうことで簡単に切り裂いていく。アレンはというと能力値が上がったことにより速さで劣っていたが同等となり相性は有利になった。
二人はファントムアサシンを切り続けるが未だに特攻が止む気配は無い。しだいに二人は時々かすり傷を負うようになってきた。
「まだ、は!」
「そろそろこっちも!疲れてきたんだけど」
「できたわ」
アイナはその場でしゃがみ祈るように手を合わせた。
「<聖域>」
その瞬間アイナを中心に暖かな光がこの空間を包み込んだ。
「暖かい」
「すげ~、傷が」
二人の傷がみるみるうちに治っていく。男性教師も血が止まり傷口もきれいさっぱり無くなった。
『聖女』のスキル<聖域>とは神に祈ることにより一定範囲内にいる者の自己治癒力を大幅に上げるというスキルだ。これは回復魔法と同じように魔力を消費するため長くはもたないが発動している間は無敵状態というわけだ。
「もって一分だから早く倒しなさい」
「おう!」
「これならいける」
二人は次々に切り伏せていく。爪が掠っても瞬時に治るため一切動きに隙ができない。
「はあ!」
リーゼは最後の一体と思われるファントムアサシンを切り伏せた。
「はぁはぁ、終わった」
「そう、だな」
「もうだめ、魔力切れ」
ちょうどアイナの魔力が全てなくなり<聖域>は消える。
危機を乗り越えた三人は安心しきりその場に座り込むのだった。
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そんな安堵する三人を遠くから見つめる影が二つ
「あれを倒すか」
「…ぐ……あ……」
「まだ生きてたのか、さっさと死ね」
一つの影は大きな岩に座りながら品定めをするように三人を見る。
影の周りには血に濡れた沢山の死体の山が。影は手に持っていたナイフをまだ息のある人間へと投げると人間は絶命した。
「あわよくばあいつらに仕留めさせようと思ったんだが予想以上か」
影は重い腰を上げ立ち上がる。
「俺たちが行くしかなさそうだな」
「グルルル」
影は隣にいる強大な存在へ静かに話しかけたのだった。




