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第三十六話 嫌な兆し

 ウルフたちの攻撃が始まった。

 リーゼたちは圧倒的に不利な状況だ。数で負けているうえに取り囲まれている。リーゼたちのパーティーには基本的に魔法のような範囲攻撃を使えるものがいない。そのため作戦としては奇襲を主に考えていたがこの状況では使うことができない。

 

(この数なら『神剣』を使えば倒せるけど、今使えば魔力が…)


 『神剣』を全力で使えば一瞬でウルフたちを倒せるが今使ってしまうとその後、魔力欠乏で動けなくなってしまう。序盤からそれはまずい。

 『神剣』を使うという選択肢は無くなった。

 

「一体ずつ確実に倒していこう。アイナも倒せそうなら倒して」

「分かったわ」


 アイナも剣を取り出し構える。

 ウルフが迫りリーゼは剣を振るうがタイミングが合わず空ぶってしまう。

 

(あれ?)


 ウルフの動きに違和感を感じるとリーゼの華奢な腕にウルフの爪が掠った。

 

「⁉」

「危ない!」


 アイナがウルフの体目掛けて剣を突き立てる。するとウルフは血を流し絶命した。

 

「ぼうっとしないで」

「ごめん、だけどウルフたちの動きがおかしいの」

「確かに、あいつらちょっと疲れてないか」


 ウルフの速度が想像以上に遅かったのだ。しかもフェイントすらせずにただ突っ込んで攻撃するという単調なものだ。ウルフは普通このような戦い方はしない。

 リーゼたちにはウルフが疲れているように見える。

 

「それならチャンスね。早く倒しましょう」 


 その後ウルフたちを次々に迎え撃った。その全てが一発の斬撃で仕留めることができた。リーゼたちの周りにはウルフたちの死骸が散らばっている。

 

「終わったわね」

「う~ん」

「どうしたのそんなに死骸を見て」


 リーゼは散らばっているウルフの死骸を観察していた。 

 

「ちょっとこれ見て」

「なんだ」

「ほらここ」


 ウルフの爪を指さした。するとそこにはたくさん傷がついており爪の先は欠けていた。

 

「たくさん細かい傷がついてるの」

「そりゃ、ウルフだって他の魔物と戦うことあるだろ」

「他にもほら、体にもついてるよ」


 ウルフの体毛越しでも分かる傷が沢山ついていた。傷口の血がにじんでいて血が流れてからまだあまり時間が経っていないことが分かる。

 そんな状態でリーゼたちと戦闘をしたということは相当切羽詰まっていたことが窺える 


「たぶん、このウルフたちは何かから逃げてきたんだと思う」

「何かって」

「それは分からないけど、この先にこの数のウルフを圧倒する何かがいるのは間違いないと思う」


 リーゼたちの間に緊張がはしる。もし自分たちが万全のウルフたちに奇襲されても勝つことは出来るが苦戦は必至だろう。それを圧倒する存在となれば、リーゼたちでも勝てるかどうか分からない。

 

「それならこれ以上先にはいかない方がいいかもしれないわね」

「そうだね。戻って少しずつ魔物を狩った方がいいと思う」

「そうなれば早速こいつら解体しようぜ」


 リーゼたちは、倒したウルフの解体をしていく。数が多いのと解体を経験したことないアイナとアレンがいるためその分時間がかかってしまったが二人の覚えもよく綺麗に解体することができた。

 リーゼは少し休憩をしようと水筒を取り出し、水を飲もうとするが誤って少しこぼしてしまった。

 

「痛⁉」


 運悪くこぼした水がウルフとの戦いでついたかすり傷に垂れてしまった。

 

「ちょっと診せてみなさい」

「大丈夫だよ。ただのかすり傷だし」

「だめよ。傷は治せるときに治さないと」


 そう言うとアイナはかすり傷に手を当てる。

 

「輝く魔力よ・汝を癒す光となれ、ヒール」


 暖かな光がリーゼの傷跡を照らした。すると少しずつ傷口がふさがっていきしばらくすると跡が残らず完ぺきに治った。

 

「治ったわ」

「ありがとう」

「いいのよ。それより解体した素材は私のマジックバックに入れましょう」

「そうした方がいいね」


 アイナは解体した素材を全てマジックバックの中へとしまった。アレンは二十匹分のウルフを入れても限界がないマジックバックに驚いていた。

 

「すげぇな。そのマジックバック、どんだけ入んだよ」

「さぁ、私もこのマジックバックがいっぱいになってるところ見たことが無いから分からないわ」

「底なしかよ」


 アイナは腰へマジックバックを括り付ける。

 

「さ、行きましょう」


 先に行くのは危険だと判断したリーゼたちは来た道を戻っていく。その後弱い魔物に何度か会いそのたびに魔物を狩っていった。

 段々と日が落ちてきて辺りが暗くなってきた。

 

「はぁ、疲れた」

「そろそろ今日は終わりにしよっか」

「そうね。これくらい倒せば十分でしょ」


 リーゼたちは今日だけで30体もの魔物を倒した。最高評価まであと20体、今日と同じペースでいけば簡単にクリアできるだろう。

 

「ゴミムシ薪を集めてきなさい。私たちは野営の準備をしましょ」


 アレンは指示通り焚火に使えそうな枝などを集めに行った。リーゼは、野営のための準備をしようとするがアイナは森の奥へと歩いていた。

 

「何やってるの」

「今から水浴びに行きましょう」

「え?だけど野営の準備は」

「そんなの、嘘よ。私たちが水浴びするなんて言ったらあいつ絶対に覗きに来るから」


 心底軽蔑した表情でそう言った。その時のリーゼは反論することができなかった。アレンならやりかねない。

 

「いいけど私、何も準備してきてないよ」

「安心しなさい。必要な物は全部ここに入ってるから」


 そう言って腰につけているマジックバックを叩いた。

 

「それじゃあ早速行きましょう」


 アイナは楽しそうにリーゼの腕を引っ張り近くの川へと向かった。

 

「はぁ、やっぱり汗を流すのはいいわね」

「……アイナって王女様でしょ。こういうのって抵抗無いの」


 今、二人は森の中で一糸まとわぬ姿となり水浴びをしている。アイナは、一切の抵抗を見せず伸び伸びと水浴びをしている。リーゼはというと少し羞恥心があるため胸を手で覆い隠している。

 

「無いわよ。別に誰も見てないんだから恥ずかしがる必要ないじゃない」

「…そうかもしれないけど」


 リーゼはアイナを見る。まだ幼いながらも美しい顔立ち、成長している二つの果実、均衡のとれた体つき。それに比べ自分の物はあまり育っていない、本人はまだまだ発展途上だと信じているがアイナのを見てしまうと少しダメな気がしてしまう。

 リーゼが自分の胸を見ているのに気が付いたアイナは悪い笑みを浮かべた。

 

「気にしてるの」

「私だってそのうち!」

「ふふ」


 リーゼが意気込んでいるとアイナはそっと耳元まで近づくと囁く。

 

「セイさんはそんなこと気にしないかもよ」

「っ~~~⁉」


 声にならない叫びをあげ、かぁっとリーゼの顔が真っ赤に燃え上がった。そんな可愛らしい反応にアイナは微笑ましくなる。

 

「やっぱりリーゼって面白いわね」

「……今私の事からかったでしょ」

「さぁ、何の事かしら」


 リーゼのジト目を軽く受け流す。

 

「そろそろ戻りましょうか。ゴミムシも薪を集め終わってる頃だろうし」

「あ、ちょっと逃げないでよ」


 アイナは一足先に川から出た。それをリーゼは追うように川から出た。二人はじゃれあいながら着替えるのだった。


~~~~


 一方そのころ薪を集めていたアレン

 

「全然見つからない」


 手頃な枝を見つけるのに苦戦していた。落ちている枝は少なくまだ焚火をできるほどの枝は集まっていない。今戻れば楽園が広がっていることをアレンは知らない。

 しばらくして枝を集め終え戻ろうとするが

 

「ん?これって、血か?」


 地面に赤黒い何かがあるのに気が付いた。まだ新しいからか微妙に気持ち悪い死臭がする。

 

「誰だよ。ちゃんと処理しないで行ったやつ。これだと魔物が集まってくるじゃんか」


 アレンは足で血を土で覆い隠し、匂いを薄めた。

 

「よし、これでいいかな。…それじゃあ、いざ行かん、女子たちの下へ!」


 アレンは意気揚々にリーゼたちのいる場所へ戻っていく。

 


 木の上からぽたぽたと赤黒い血が垂れていると気づかずに……

 

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