第三十五話 最初からピンチ
リーゼたちは実習場所である森へとやってきた。高学年の生徒たちは森のさらに奥へと向かい、低学年であるリーゼたちは森に入る一歩手前で止まっていた。
「それじゃあ説明するぞ。お前らにはこれから二日間この森でサバイバルをしてもらう。狩った魔物によって成績が決まるからな。強い魔物を一体狙うもよし、弱い魔物を複数体倒すのもよし、そこは自分たちの判断に任せる。もし、これ以上サバイバルを不可能だと判断したのなら森のいたる所に教師がいるからその教師にリタイアを伝えろ」
これは実習であるため当然成績が付く。そのため皆やる気に満ち溢れていた。
「先生」
「どうした」
一人の男子生徒が手を挙げた。
「もし、リタイアした場合成績はどうなるんですか」
「もちろん減点だ。だが減点をされたくないからって無茶をすればそれはリタイアよりさらに大きい減点になるから気をつけろよ。他に何かあるか。ないなら始めるぞ」
「先生!」
「なんだ、アレン」
アレンが勢い良く手を挙げた。
「討伐した魔物はどうすればいいんですか」
「ゴミムシにしてはまともな質問ね」
アイナがさりげなく毒を吐く。しかしアレンはこの扱いを何とも思わない、この一か月でゴミムシ扱いに慣れてしまった。嫌な慣れだ。
「魔物は解体できるなら解体しろ。もし無理そうなら近くにいる教師に解体法を教えてもらえこれは減点対象にはならないからな」
ほとんどの生徒が安堵した。もし自分たちで解体しろと言われても貴族のお坊ちゃんお嬢ちゃんたちにはそんな経験が無い。無茶にもほどがある。
「もういいか、それじゃあ各班順番に森の中へ入れ」
サイラの指示通り時間を空けて順番に森の中へと入っていく。リーゼたちは最後だった。
「お前らはちょっと待て」
「なんですか」
リーゼたちは森に入る前にサイラによって呼び止められた。
「お前らの戦闘能力は、他のやつらとは比べ物にならないほど高い」
『勇者』『聖女』『剣聖』という強力なパーティーだ。さらにはこの一か月の間に連携を強化したためほとんどの魔物が雑魚同然になるだろう。
「だからお前らの班だけ魔物の基準を高くした」
つまりは強すぎるため他の班より多く強い魔物を倒さなくてはならないということだ。
「いいですけど、どのくらいの魔物を狩ればいいんですか」
「数で言ったら50体、強い魔物だとレッサードラゴンを討伐すれば最高評価になると思うぞ」
「難易度が高すぎます」
「妥当なラインだと思うが」
アイナが文句を言うがもう決まったことなので却下されてしまう。
「それじゃあ頑張れよ」
「先生は森に入らないんですか」
サイラは森とは逆の方向へと歩いていこうとする。
「ああ、俺は向こうでリタイアした生徒を迎えるっていう役割だからな」
そう言ってサイラは歩いていった。
「私たちも入ろうか」
「そうね」
「早く魔物を狩ろうぜ」
アレンは意気揚々と森の中へと入っていく。
「私たちは奥の方へ行きましょう」
「確かにそれがいいかもね」
リーゼたちは強力な魔物か50体の魔物を狩らなくてはならない。浅いところだとあまり多くの魔物がいないため必然的に奥へと行かなくてはならないのだ。
アレン、アイナ、リーゼという順番で森の奥へと進んでいく。この順番ならもし急に魔物が現れてもアレンとリーゼで対処ができる。
しばらく歩くがまだ魔物とは出会っていない。その代わり所々に戦闘の跡は残っていた。
「やっぱり先に行った班に狩られてるな」
「仕方ないよ。私たち最後に入ったんだから」
「ゴミムシ、ちょっと魔物の餌になってきなさい」
「俺の扱い雑すぎじゃね⁉」
さすがにアレンでも女子の頼みと言えど餌にされるのは問題がある。
「そうだよ。いくらアレン君がおとりだからって餌にするのはよくないよ」
「なんて優しいんだ」
アレンは歓喜した。
「せめて食べられる直前に助けてあげないと」
「……」
救済ではなかった。
アレンは自分に接してくれる女子がいたかと思えば、このまま一緒に居れば自分はそのうち死んでしまうかもと思ってしまった。
「ま、冗談はさておき、出たわよ」
一番にその存在に気づいたのはアイナだ。
目の前の草むらがガサガサと揺れると、中から一匹の狼型の魔物が現れた。
「一匹だけ?群れからはぐれたのかな」
基本的に狼型の魔物は群れで行動するのだがリーゼたちの目の前に現れたのは額に傷が付いたウルフが一匹だけ。
「こっちにとっては好都合じゃない。どうする三人で倒す?」
「おっと待った。ここは俺に任せてくれないか」
アレンが剣を鞘から抜き前へと出た。
「油断しないでね。ウルフは賢いし速いから」
ウルフと戦ったことのあるリーゼがアドバイスを送る。
「ふ、ウルフ一匹なら俺でもなんとかなる。いくぞ!」
アレンは自信満々にウルフへと切りかかった。しかしウルフはそれを躱しすぐに出てきた方向へと走っていってしまった。
「く、逃げるな!俺と戦え!」
ウルフはアレンの叫びを無視し全力で逃げていく。
「逃げられてるわよ~」
「言ったでしょ。ウルフは賢いって」
後ろで見学していた二人のあたりが強い。
ウルフは、一瞬にして戦況を理解して自分が不利と判断した。そのため、全力で逃げたのだ。
「ふ、ビビって逃げた魔物には興味ない」
「かっこつけられてないわよ~」
アレンはアイナの言うことを無視し綺麗に剣を鞘へと納めた。その時リーゼはアレンの剣が一瞬緑色に輝いたのに気が付いた。
「アレン君その剣ってもしかしてミスリル製?」
「そうだ。この剣はミスリル製、つまり魔剣だ」
「やっぱり」
アレンが持っている剣は魔剣だ。ミスリルは魔力を通しやすいためこうして魔剣の素材として使われることがある。リーゼは一度だけ村でアンナが王都から持ってきていた魔剣を見せてもらったことがあった。その時もアレンが持っている魔剣のように緑色の輝きを放っていたためもしかしたらと思ったのだ。
「魔剣なんて、そんなお金どこにあったのよ」
「ふ、おかげで貯めていた小遣いが全部なくなったな」
アレンはかっこつけているがその目元にはうっすら光るものが
「馬鹿ね」
魔剣はものすごく高い一本買うには金貨が何枚も必要だ。いくら公爵家と言えど魔剣を買うのかなりの痛手だと思われる。
「確か魔剣って値段の割に込められてる魔法ってたいしたことないと思うんだけど、どうして買ったの」
「ふ、そんなもの決まっている。かっこいいからだ!」
「……」
本物の馬鹿だった。
二人は呆れて声も出ない。
「考えてみろ、魔剣を操る『剣聖』。かっこよくて女子たちもきっとメロメロだ」
一番身近な女子たちは呆れ顔だ。
「リーゼ、あの馬鹿はほっといて先に進みましょう」
「そうだね」
二人は、アレンを置いて先に進んでいく。
「ちょっと待ってくれよ」
アレンは急いで二人の後を追いかける。
「ワォォォォン!!」
奥へと進む最中に狼の遠吠えが聞こえてきた。
「……さっきの魔物って確かウルフだったわね」
「そうだよ」
「ウルフの遠吠えって仲間を集めるためのものでしょ」
「そうだね……」
アレンだけは状況をうまく理解できていないが二人には嫌な予感がした。
次の瞬間、周りからたくさんの足音が聞こえてきた。どんどんと近づいてくる。
「囲まれてる。急いで構えて」
リーゼとアレンは急いで鞘から剣を抜き周りを警戒し始め、アイナは戦闘の邪魔にならないように二人の間に身を隠す。
「ガルルル」
「この数はまずくない」
「ゴミムシがあれを仕留めとけば」
「う…面目ない」
アレンは珍しく落ち込む。
リーゼたちの周りに現れたのはレッサーウルフとウルフの群れ、数は20体以上いる。額に傷がついたウルフもいる。逃げた後仲間を呼んだのだ。
「謝ってる暇はないよ、来る!」
ウルフの群れがリーゼたちへと襲い掛かった。




