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第二十九話 猫かぶりな女神様

 セイたちは家へと戻ってきていた。

 

「お邪魔します」

「私はどこの部屋を使えばいいのかしら」


 カバンを持ち上機嫌なティファがセイに聞く。


「昔と同じところ使って」

「分かったわ」


 ティファは軽い足取りで部屋へと向かうと自分で持っていた鍵で扉を開けた。その動きがあまりに自然すぎたため二人は違和感に気づくのに遅れてしまう。

 

「……ティファさんの部屋なんてあるんですか⁉」

「一応ね。結構な頻度で泊まりに来てたからならいっそのこと自分たちの部屋を作ろうってことになってね」

「むむむ」


 リーゼはますます二人の関係に疑惑の視線を送ることになる。

 

「アイナ、飲み物は何がいいかな」

「紅茶でお願いします」


 セイは、キッチンへ行き紅茶を淹れ始める。リーゼはというとセイに疑惑の視線を向けながらアイナの隣に座った。

 待っている間アイナは家の中をよく観察し始める。

 

「そういえばセイさん、この家には一人じゃ使い切れない数の部屋がありますけど何に使うんですか」


 この家にはリーゼが入ったことない部屋がいくつかあった。そこはどれもカギがかけられており入ることができなかったのだ。ティファの部屋もその一つだ。

 

「ああ、それはね、ほとんど僕の部屋じゃないんだよ」


 セイは紅茶を入れたカップを四つとクッキーの載ったお皿を持ってきた。

 

「というと、どういうことでしょう?」

「ほとんどの部屋は取られた部屋なんだよ」

「取られたなんて人聞きの悪いこと言わないでよ」


 そう言って出てきたのは部屋着に着替えたティファだった。ティファはロングスカートに着崩したシャツを着ておりとてもラフな格好だ。

 

「別にくつろぐのは構わないけどお客さんが来てる時くらいちゃんとしてくれないかな」

「いいじゃない。アイナは知ってるんだし」

「はぁ、これもエンネの影響か」


 ティファは、クッキーを一つ摘まむとドサッとソファへ座った。

 

「取られる前に抵抗すればよかったじゃないですか」

「それができたなら苦労はしないよ……」


 セイは心底疲れた表情をする。リーゼとアイナはこんなセイの表情を見たことが無くなんとなく苦労を察した。

 

「急にティファたちがうちに来てね、部屋貰ってくわの一言で勝手に部屋を奪ってったんだよ」

「ちょっと、もぐ、それだと私だけが悪いみたいじゃない。エンネなんてここが私の部屋~とか言ってセイの部屋取ろうとしてたじゃない」


 ティファはクッキーを食べながら抗議する。それに対してセイはジト目で一言

 

「その後どうなったっけ」

「……」


 ティファはそっぽを向き答えない。その分かりやすい態度に呆れる。

 

「はぁ、というわけで部屋が奪われたんだ」

「大変でしたね」


 セイの心にアイナの労いの言葉が癒しとなり染みわたる。

 

「セイ、気になってたんですけどエンネって誰ですか」


 ちょくちょくエンネという名前は聞くがリーゼは一度もそのような人物に会ったことが無い。またしても女の人ではないのかと勘繰ってしまう。


「説明してなかったけ、君たちの言う創造神エンネシアの事だよ」

「……え?」


 リーゼとアイナの頭に、はてなマークが浮かんだ。


「だから、創造神エンネシアのことだよ」


 いきなり出てきた神の名にまだ二人の頭はまだ混乱していた。セイはそんな二人を見て少し微笑む。


「面白いね。君と同じ反応をしてるよ」

「初めて聞いたら誰だってそうなるわよ」


 ティファは少し恥ずかしそうに言う。ティファもセイから初めてそのことを聞いた時同じように頭が混乱していた。


『え~~~~!!!!』


 やっと理解が追いついた二人が驚きの声を上げた。


「そのように軽々しく呼んだら不敬じゃないんですか⁉」

「そうですよ!創造神様ですよ!私たちに称号をくれてるんですよ!」


 二人は机に身を乗り出し神がどのような存在か訴えかける。


「落ち着きなさい。まずエンネはあなたたちが思ってるような神じゃないわよ」


 ティファに説得され二人は落ち着きソファに座りなおす。


「まずあなたたちが思ってるエンネの印象を言ってみなさい」

「エンネシア様は、思慮深くとてもお優しい心の持ち主でいつも私たち人を見守っている存在です」

「宗教って怖いね」


 セイが苦笑いを浮かべる。

 リーゼたちにとってエンネシアとはそういう存在なのだ。しかし、セイたちの知っている女神本神とはかけ離れている。


「エンネはね、自堕落でめんどくさがり、本当に神様かっていう性格なのよ」

「そうだね、僕も彼女に何度も仕事を押し付けられたからね。正直に言うとリーゼのスキルの使い方はね、本当はエンネ本人が最初に教えるんだけど僕の存在に気づいて全部僕に丸投げしたんだよ」


 エンネがエンネシアだということは何となく理解することはできたがそんな性格だとは信じることができない。


「だけどあの声は優しそうでしたよ」

「猫かぶり女神だから仕方ないわよ」

「そうだね。初めて会ったティファが幻滅するくらいだからね」


 セイたちに速攻で否定される。

 もはや信じるほかない。そう二人が思った時


「——違う!違う!」


 突然、慌てた女性の声が家の中に響いた。


「私はそんなんじゃありません」


 凛とした声に気づいたリーゼとアイナは周りを見渡すが声の主の姿は見当たらない。


「この声って」


 リーゼは一度この声を聞いたことがあるような気がした。それもかなり最近の事だ。


「私はエンネシア、あなたたちの言う創造神です」

「え⁉本物」


 アイナは突然聞こえた女神の声に混乱する。


「騙されてはいけません。彼らの言うことは間違っています」


 セイとティファはエンネシアの行動に呆れる。今のエンネシアはリーゼたちの信仰を取り戻すために完ぺきな外面モードだった。


「セイ、ここの結界って神すら干渉できないはずじゃなかった」

「やっぱり力が制限されてる影響なのかな?とりあえず今すぐに結界を再構築するよ」

「今のあなたでは私の力を防ぐことはできません」


 そう言った時のエンネシアの声のトーンが一段上がっていた。

 二人には、エンネシアが今の状況を楽しんでにやついている姿を容易に想像できた。これ以上女神にいい思いをされるのがむかつくセイは強硬手段に出る。


「君の部屋の物、全部撤収させるよ」

「鍵は私が持っています。つまりあなたは私の部屋に入ることができません」


 エンネシアに死角なしと思われたがセイはおもむろに空間魔法を使い一つのカギを取り出した。


「家を作るときに部屋の鍵が一つなわけないでしょ」

「セイ君ほんの出来心だったの~、だから私の部屋をなくさないで」


 一瞬にして態度が変わった。リーゼたちは、女神さまが人間に必死になってお願いをするという何とも奇妙な光景を見せられている。


「なんで干渉してきたんだい」

「リーゼちゃんたちが順調に育ってるか確かめたかったの」

「本音は」

「ティファちゃんだけずるい。私もセイ君の家に住みたい!」

「あんた素がでてるわよ」

「あ」


 気づいた時にはもう遅かった。リーゼとアイナの女神像は簡単に崩れていく。


「今のは間違い!今のは間違いだから」

「じゃあもう部屋なくしていいよね」

「間違いじゃありません」


 本人があっさりと認めてしまった。エンネシアは自分のイメージよりもセイの家にある自分の部屋を優先したのだ。二人の中の女神さまが完ぺきに散りとなり消え去った。


「大丈夫かい」

「……」


 二人から返事はない。あまりに衝撃的過ぎて言葉が出てこないのだ。


「エンネあんたがなんとかしなさいよ」

「え~だけど私、どこかのエルフさんにこの世界から出ちゃだめって言われたんだよね」

「あんたね~」


 エンネシアは開き直ってもう素に戻っている。


「はぁ、仕方ないね。エンネ結界を弱めるからここに降臨できるかい」

「できるならしたいんだけど今ちょっと立て込んでてしばらくの間この世界から離れられないのよ」

「まさかだらけるためとか言うんじゃないよね」

「違うよ!これでも女神だからね。今の時期はあちこちで選定の儀がやってるからさ動けないのよ」


 この時期には、どこの国にある教会でも選定の儀を行っているのだ。そのため称号を授けるエンネシアがあの空間から離れるわけにはいかないのだ。


「珍しいね。君がちゃんと仕事をするなんて」

「ひどいよ~、そんなに女の子いじめて楽しい」

「君は僕に何度仕事を押し付けたかな」

「……い、一回くらいかなぁ」


 声が微妙に裏返ってる。嘘だ。セイは今までエンネシアから何度も面倒な仕事を押し付けられている。


「はぁ、まあいいよ。それなら後はこっちでなんとかするから」

「ええ~もうちょっとお話ししたい」

「さっさと仕事に戻れ」

「もう分かったよ。それじゃあまたね」


 そう言ってエンネシアの声は聞こえなくなった。


「さてと、リーゼたちはどうするかな」

「正気に戻るまで待つしかないわね。う~ん、やっぱりセイがいれる紅茶は美味しいわね」


 ティファは優雅に紅茶を楽しんでいる。服装とは少しあってない気もするがその姿はとても絵になっている。


「ありがとう。おかわりはいるかい」

「もらうわ」


 セイは、ティファが使っているティーカップをとると紅茶を淹れなおす。その後リーゼたちが正気を取り戻すころには夕方になってるのだった。


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