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第二十八話 愉快な少年

 午前の授業が終わり一部の生徒たちは学院の敷地内にある食堂へ向かい、他の生徒達は帰る準備をしている。リーゼも帰る準備をしていたのだがその近くには一人の男子生徒がいた。

 

「リーゼ、今度良かったら食事にでも行かないか?」

「いえ、結構です」

「ゴミムシ、鬱陶しいからどっかへ行ってくれない」


 リーゼの近くにいたのはアレンだ。アレンは、実技の授業を終えてからこんな風にリーゼの近くに行き何かと話をしようとしているのだ。

 

「アイナ様にそう言われようと俺はめげない。だって女子にもてたいから!」


 アレンがここまでアイナにぼろくそに言われるのは、何を言われてもめげない図太さがあるからだ。

 

「はいはい、きもいわねゴミムシ。行きましょう、リーゼ」

「うん」


 アイナとリーゼが教室から出る。しかしその後ろから、まだアレンはついてくる。鬱陶しいため無視していると外が騒がしいことに気が付いた。

 

「何かしらね」 

「さぁ」


 二人には、分からなかった。だが外に出てみるとそこに人だかりができていた。食堂へご飯を食べに行ったはずのクラスメイトもいる。まだまだ人が集まる。

 

「ねぇ、何かあったの」


 気になったアイナが、女子生徒に聞いた。

 

「あ、アイナ様、実は学院にティファ様が男性の方と一緒に来たんです」


 リーゼは、何となく予想がつき人だかりを抜け空いた空間へと出た。

 そこにはベンチに座っているセイの姿とその対面で立っているティファの姿があった。

 

「学院も随分にぎやかになってるね。こんなに人がいるなんて」

「はぁ、どうせ変なこと考えてるやつらばかりでしょ。気にする必要ないわ」

「おや、やっと出てきたかいリーゼ」


 セイとティファがリーゼの方に気づいた。それと同時に集まっていた生徒たちもリーゼへと視線を向けた。

 

「何やってるんですか」

「君を迎えに来たんだよ。ついでに今の学院もどんなものか見てみたかったからね。…ん?」


 そんな中セイは、何かがものすごい勢いで近づいてくるのに気が付いた。

 

「とう!」


 生徒たちを飛び越え颯爽と一人の男子生徒がセイとティファの前に見事に着地した。アレンだ。アレンはそのままティファの前に行き跪いた。

 

「ティファ様、結婚してください」

「嫌だけど」


 速攻だった。いきなり求婚し速攻で断られた。これを見ていたアイナは吹き出し、一部の生徒からはアレンを汚物を見るような目で見ている。

 

「だいたいあんた、レイデンス家の問題児じゃない」


 アレンはかなり有名だ。公爵家という高い地位を持っていながらその性格から女性たちに嫌われている。

 アレンは両手をつきうなだれた。

 そんなやりとりを気にした様子もなくセイはリーゼに話しかけた。

 

「リーゼ学院は楽しいかい」

「はい、とっても面白いです」

「それはよかった」


 セイはそう言って優しく微笑んだ。この微笑みを見た女子生徒が頬を染めた。当然リーゼも少し赤くなる。


「それじゃあ帰ろうか」

「あ、はい」

「ちょっと待ってくれ」


 二人が帰ろうとしたとき目の前にアレンが両手を広げ立ちふさがった。

 

「なんだい」

「俺を……俺を弟子にしてください!」


 アレンはすごい勢いで土下座をしたのだ。周りに集まっていた生徒たちが突然のアレンの奇行に驚きを示す。

 

「ちょっと意味が分からないんだけど」


 これにはセイでさえ理解ができなかった。リーゼがセイのことをばらすはずもないため見ず知らずの相手に弟子入りなど考えられない。では何故と、それはすぐに分かる。

 

「女子にモテる方法を教えてください!」

「……」


 言葉が出てこなかった。アイナはさらに笑ってしまう。

 よりによって魔法や剣術ではなく女子にモテる方法とはだれも予想できなかった。

 

「お願いします。教えてください!」

「ちょっと待ってね。君は女の子にモテたいのかな」

「はい!女子にモテたいです!」

「あ、ああ」


 気合が凄すぎてセイは気おされてしまう。

 

「だけどどうして僕なんだい」

「…どうして…どうしてだって、自分で分からないのか!」


 またも声を張り上げる。その声には怒りと妬みが込められていた。

 

「あなたは自分のその力に気づいてないんですか!微笑んだだけで女子たちがキュンときてる。それはあなたの力なんですよ!」


 つまりアレンが言いたいのは羨ましいということだ。

 

「いや別にモテてるとは思わないけどなぁ」

「かぁ、これだからモテる男ってのはよ!」


 アレンは、額に手をやりつばを吐く真似までする。セイは全くアレンのテンションについていけない。

 

「あんた、それ本気で言ってるの」

「いや、自分で言うのはなんだけど全部断ってるからね」

「それも知ってるわよ」


 ティファは少し怒ったように言った。

 セイは300年前いろいろな国の貴族から求婚されたことがあった。それを本人は自分の力欲しさに結婚させようとする薄汚い人間のやり口だと思いそれを全て断った。しかし実際はセイがたまに出る社交界などで出会った貴族令嬢たちがその時に惚れ求婚してきたのだ。

 

(断ってる⁉やっぱりセイってモテてたんだ)


 リーゼは300年前のセイの恋愛事情について思考を巡らせていた。

 

「それで僕にモテ方を教えてほしいと」

「話が速くて助かる。えっと…」


 この二人はお互いの名前を知らない。

 

「僕の名前はセイだよ。君は」

「俺の名前はアレン・レイデンスだ」

「よろしくね。アレン君それで、モテる方法って言ったよね。それは僕にもわからないんだよ。というより君の見た目なら女の子の方から来ると思うんだけど」

「セイさん、それは私から説明しましょう」


 笑いすぎたせいか目元が少し赤いアイナがひょっこり後ろから現れた。

 

「ゴミムシ、もといアレンはですね。問題児として有名なんです。女性に対する下心が丸見えで誰も近づきたがらないんです」

「あ~」


 セイも何となく察した。こんな大衆の面前でティファに求婚したりモテる方法を聞いたりするくらいだ。それは当然ここだけの話ではないのだろう。

 

「あのね。まずモテる以前にそういう姿勢をやめないかい」

「それは出来ません。俺はいろいろな女性からモテたいんだ!」


 それが己の道とでもいうように宣言した。

 

「うん。どうしよう、もう手遅れな気がする」

「仕方ありません。ゴミムシですから」


 手遅れなアレンの状態を見てセイが遠くを見始める。

 

「師匠そこをなんとか、おしえていただけないでしょうか」

「もう僕は君の師匠になったのかな」

「はい。セイさんは、俺の恋愛の師匠です」


 いつの間にか師匠にされていた。もう逃げられない。

 

「そういわれても…う~ん本当に思いつかないんだよ」

「それなら、女性と接するときに心がけてることとかは」

「それなら素直に話すことかな」

「分かりました!それじゃあ早速頑張ってきます!」


 アレンはそのまま校舎内へと走っていった。

 

「セイさんそのアドバイスあのゴミムシにしたらもっとひどくなると思うんですけど」

「……あ」


 セイが気付いた時にはもう遅かった。校舎内で魔法が使われた反応と男子生徒の叫び声が聞こえてきた。

 

「魔法を使うってよほど正直に言ったのでしょうね」

「アレン……」

「何の騒ぎだ!」


 セイがアレンのことを憐れんでいると男性の怒声が響いた。生徒たちを超え現れたのは丸眼鏡をかけた男サイラが現れた。

 

「あ、先生」

「これは何の…」


 サイラの言葉が不自然に止まった。体が少し震えている。

 

「馬鹿が馬鹿なことをしただけよ」

「⁉こ、これはティファ様、そういうことなら分かりました」


 そう言って引き下がっていた。それと同時に生徒たちもぞろぞろと戻っていった。

 

「彼、相当な実力者だね」

 

 サイラが来た時と去り際の動きに全く無駄がなかった。


「あんな人よく学院で雇えたね」

「私が雇ったわけじゃないけど、自分からこの学院で働かせてくれって申し出てきたそうよ。それに<心眼>の持ち主よ」

「なるほどね…」


 セイは一瞬何か考えるそぶりを見せるとすぐに思考を変える。

 

「さて帰ろうか」

「はい」

「そうね。速く戻りましょう」


 ティファも当然のようについてこようとする。それをセイはジト目で見る。

 

「……ティファ、本当に僕の家に住むつもりかい」

「当然でしょ。いろいろと持ってきたし使用人たちにはもう言ってきたわ」


 セイたちが学院に来る前ティファの家へとよっていた。そこでティファは自分の着替えやら歯ブラシなどの日用品を取り出していた。その時点でセイは何となくこうなることを察していたがあえて何も言わなかった。

 

「自分の家があるんですから自分の家に帰ってください」


 このままではずっとセイと二人きりになることができなくなってしまうと恐れたリーゼが文句を言う。

 

「それはあなたが決めることじゃないでしょ。あなたは居候の身、つまりあなたに決定権はない」

「んぐ、ですけどティファ様にだって決定権はないはずです」

「そこは安心しなさい。こいつには私に対して負い目があるから」

「う…」


 そう言ってティファは一枚の便箋を出した。それはセイが円環魔法を使う前に書いた仲間たちへ宛てた手紙だ。これを出されるとセイは何も言えない。

 

「そういうわけで文句は言わせないわよ」

「それなら私もセイさんのお家にお邪魔させてもらおうかしら」


 意外なことにそこへアイナが参戦してきた。

 

「アイナ、あんたは王族でしょ。勝手に男の家にあがるなんて変な噂たてられるわよ」

「そんなこと言ったらティファ様こそ大公なのですからそういうのはよくないんじゃないですか」

「く、分かったわ。来たきゃ来ればいいわ」

「ありがとうございます」


 ティファの許しが出てアイナは笑みを浮かべお礼を言った。

 

「ぼくの意見は」

「ん」

「……何でもないです」


 ティファはもう一度手紙を見せ文句を言おうとしたセイのことを黙らせた。負い目を感じるセイは三人の美少女を連れ家へと帰るのだった。


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