第二十二話 学院の入学式
セイは会場の中へと入ると目立たない隅っこの席へと座った。
(ここならばれないかな)
セイの座っている場所は壇上からは見えにくい。さらにはリーゼたちが歩くであろう道は人の隙間からだが見ることができる。
「新入生が入場します」
入学式が始まった。親たちは一斉に拍手を始めた。それに倣いセイも拍手で迎える。
(リーゼは…一番前か)
リーゼは新入生たちの一番前を歩いていた。
「あれが今代の勇者様ね」
「可愛いわね」
拍手の音に紛れて貴族たちの声が聞こえた。リーゼは注目の的となっていた。
(ん?あの子は)
しかしセイが気になったのはリーゼの後ろを歩いている金髪の少女だった。
(そうか、彼女は彼らの子孫なのか。それにあの力は……)
セイは少女を視た。そして納得した。一つ気になることもあったが……
その後も入場は続いたがセイが気になるような人物はいなかった。
「理事長挨拶、ティファ・アロンテッド大公お願いします」
司会がそういうと壇上に一人の少女が上がった。
(………君は変わらないねティファ)
300年前と何ら変わらない美しい銀色の長い髪を揺らし壇上へと上がっていくエルフの少女。その場にいる全員がその少女に視線が釘付けとなった。
「私がこの学院の理事をしているティファよ」
会場に少女の美しい声が響く。
「あなたたちは幸運よ。あなたたちには素晴らしい才能が有りこの学院には素晴らしい教師たちがいてその教えを学べるんだから。だけど自分たちの実力を驕らない事ね。ちゃんと努力しないとすぐに置いてかれるわよ」
その発言に新入生たちは緊張をあらわにする。
「それともう一つこの学院にはルールがあるわ。それはね、決して死なないこと。どんなに才能があってもどんなに努力しても死んだら全てが無駄になるわ。…だからあなたたちは死んではダメよ」
ティファはそれだけ言うと壇上から降りた。
ティファから発せられる言葉の重みは違う。もう純粋な人間で過去の魔神大戦を生き延びこの時代まで生きているものなどいない。魔神大戦を最前線で参加していたティファだからこそ言えた言葉だ。
その言葉にセイも思うところがあった。ティファの言う通り才能が有り努力していた者の死を何度も見てきた。その中にはもちろんライルもいる。
「理事長ありがとうございました。続いて新入生代表アイナ・フォン・ベイルダル」
「はい」
アイナは返事をすると壇上へと上がった。
「おお、アイナ様もご立派に成長されて」
「やはり王族は格が違いますな」
貴族たちは口々に王女を褒めたたえる。
「紹介にあずかりました。アイナ・フォン・ベイルダルです。私はこの学院に入れたことを誇りに思います。この学院には大公様もおっしゃったように素晴らしい教師たちがいます。そんな方々に教えられるなどとてもうれしく思います」
そこまで言うとアイナは視線をリーゼへと向けた。
(…嫌な予感がする)
リーゼは、アイナの視線に嫌なものを感じた。
「そして何より今日の出会いをとてもうれしく思います」
(あ、当たったかもしれない)
リーゼの勘は当たっていた。
「私は、初めて学院に通うことになり不安で不安で仕方ありませんでした」
とても不安そうに胸に手を押し当てているが、リーゼにはそのしぐさが演技染みて見えた。
「だけど先ほど、そこにいます。今代の『勇者』リーゼさんと出会いました」
全員の視線がリーゼへと集まった。リーゼはさらに緊張してしまいまともに動くことができなくなってしまう。
「彼女は、王族である私と対等に接してくれました。私にとってこれほど嬉しいことはありません」
その言葉はアイナの本音だろう。彼女は王族というだけで対等な友人ができたことが無かった。同年代の者たちと会っても皆彼女に気を使い対等には接してくれない。いつも彼女が上だった。
そんな中自分が王族だと分かっても対等に接してくれるリーゼは彼女にとって本当に嬉しい存在だった。
「この出会いをくださった神様に私は感謝します。そして他の新入生の皆さんこれから私たちと共に頑張っていきましょう」
そこでアイナの挨拶は終わった。
会場には拍手が溢れた。アイナが席に戻ると隣にいるリーゼが話しかける。
「あれわざとでしょ」
「あら何の事かしら」
「対等って言ってるけど絶対アイナの方が上だよね」
「私は対等だと思うけど」
「む~」
アイナはリーゼをからかって楽しんでいる。
その後入学式は滞りなく終わった。
(ふぅ、ばれなかった)
セイは内心ほっと胸をなでおろす。ティファはセイに気づくことなくどこかへと行ってしまった。
そんな風にしているとリーゼがやってきた。その後ろにはアイナもいた。
「お疲れさま」
「疲れました。主にアイナのせいで」
「あら、私リーゼに何かしたかしら」
「セイ!どう思いますこの王女様!」
リーゼは怒っているように見えたが嬉しそうにも見えた。リーゼにとっても同年代で同性の友人は初めてなのだ。
そんなリーゼをよそにアイナがセイの前へと来た。
「初めましてセイ様。私ベイルダル王国第二王女アイナ・フォン・ベイルダルと申します」
アイナは制服の裾を上げ上品に挨拶をしたのだ。これにはリーゼが驚いていた。自分をからかっている時と全然態度が違うのだ。
「うん。知ってるよ。それと僕の事はセイでいいよ」
「そういうわけにもいきません。世界を救ってくださった英雄様なのですから」
ここまで礼儀正しくされるとセイも少しむず痒い
「本当に様付はやめてくれないかい。ちょっとむずがゆくてね」
「それではセイさんと」
「うん、それならいいよ」
セイは優しく微笑んだ。
「それでセイさん、私と一緒に王城へ来てほしいのですけどよろしいですか。あ、もちろんリーゼもです」
「どうして私がついでみたいな言い方なの」
「忘れてたわけじゃないのよ」
アイナはリーゼの言葉を軽く受け流す。
「リーゼなら分かるんだけどどうして僕もなのかな」
「それはもちろん世界を救った英雄なのですから国王が挨拶をするのは当たり前でしょう」
そう言ってアイナは微笑む。
(やっぱり姉妹か)
アイナの微笑みは少しレイラに似て表面的だった。これは一筋縄ではいかなそうだ。
「分かったよ。だけどこの服装でいいのかな」
国王との謁見となると普通は、正装をするのだがセイはローブ姿だ。
「はい、大丈夫です。というよりもセイさんが身に着けているローブはかなり高価な物でしょう」
「そんなことないよ。これは僕の手作りだしね。材料費はかかってないから実質的にはただみたいなものだからね」
「まずその時点で国宝級の物です」
『魔道王』自ら作り上げたローブとなるとそれこそ国宝いや世界の宝とも言えなくないのだ。それほど『魔道王』という肩書は絶大だ。
「アイナがいいっていうんならこのままでいくよ」
「では早速向かいましょう」
アイナに連れられ純白の馬車へと向かう。
「さぁ乗りましょう」
「僕が乗ったら問題にならないかな」
王族の馬車に乗るなど重要人物でない限りありえない。リーゼは『勇者』であるため乗ってもおかしくはないが、セイのことを『魔道王』だと知る者は少ない。そのためこの光景を周りに見られるといろいろとまずいのだ。
「それだったら問題ありません。セイさんはリーゼの保護者ということにしておきます」
「それでも問題があるような」
「セイ、この馬車の椅子ふかふかですよ」
そんなセイの考えなどつゆ知らずリーゼは初めて乗る馬車に心躍らせていた。
「はぁ、分かったよ」
セイはアイナの後に馬車へと乗り込んだ。
純白の馬車はそのまま王都の中央にそびえたつ王城へと向かった。




