第百九十三話 ドワーフたちの酒場
セイはダバンとの約束の時間の少し前にとある酒場へと一人で向かっていた。もちろんホテルを出る前サクラもついていこうとしたのだがサクラの同行を許可してしまうと確実にティファたちも絶対についてくると考え拒否した。
夜のデンディードは昼間と違い金属を打つ音も聞こえなければ空に漂う煙もない。しかし、静かでもなければ星空もよく見えない。なぜならば、昼間しまっていたありとあらゆる飲食店が開き賑わいを見せていた。そこかしこでドワーフたちが酒を飲み、つまみを喰らい、がやがやと騒ぎ散らす。街中が光を灯しとても明るい。
セイは、そんな街を歩いていく。やがて広い道から建物の隙間にある裏道へと入っていく。やがて道を抜けると酒やつまみの匂いが程よく漂ってきた。
「はぁ、もう出来上がってるじゃないか」
セイはため息をつき、帰ろうかなと本気で考える。だが、約束を守らなければ武器は手に入らない。セイは憂鬱そうに一歩踏み出す。
やってきたのはデンディードでは珍しい木で造られた酒場、中からは騒がしい声が響き酔っ払いたちが楽しくやってるが分かる。
セイはガラガラと扉を開け中に入った。
「どうも」
「お!やっと来やがったか!もう始めてるぞ!」
そう言って出迎えたのは手前の丸テーブルで手に大ジョッキを持っているダバンだ。ダバンの顔は少し赤くもう酔っていることが分かる。その隣の席にはダバンの孫であるカイデンも酒を飲んでいた。
セイも椅子に座る。三人が丸テーブルを囲む。
「早くないかい。まだ集合時間前だよ」
「飲むときに飲む。これが俺の信条だ」
「そんな信条すぐに捨てなよ」
「ガハハ!相変わらず手厳しいな」
そう言って豪快にジョッキを煽る。
「僕は、どうしようかな。とりあえず生」
「あいよ!」
酒場の大将が勢いよく返事をした。セイは周りを見渡すと同じように酒とつまみを喰らうドワーフばかりであると気づく。
「相変わらず君たちドワーフは仕事と酒の区別が凄いね」
「そんなもん、いまさらだろ。それよりティファたちはどうした」
「おいてきたよ」
「かぁ!せっかくこんなむさくるしい場所に華が来ると思ってたんだけどな」
「むさくるしいなら旦那が帰れ!」
「そうだ!さっさと帰って奥さんの尻に敷かれとけ!」
周りのドワーフからの野次がものすごい。
「あのね。こんなところに彼女たちを連れてくるわけないだろ」
「はい、生!」
「どうも」
ジョッキに入った生ビールが丸テーブルに置かれる。セイはさっそく一口飲もうとしたがダバンが何やらニヤニヤと見ていることに気づく。
「何?」
「いや、お前ってそんな博愛主義者みたいな顔しといて意外と独占欲強いよな」
「勝手に言ってろ」
セイはダバンの軽口を無視しビールを一口飲む。
「そういや旦那、そっちの魔道王に似た人間はどちら様で?」
老体の大将が質問してくる。
「大将、僕、本人ですよ」
そう言うと大将が驚いたように目を見開いた。
「お前さん本当にセイか⁉」
「そうですよ。気づかれないなんてちょっと悲しいですよ」
「いや、悪いな。あまりにも昔と変わらなすぎてな」
「そうだぜ。あんな美少女たちを侍らせる人間なんてセイくらいしかいないだろ」
セイはダバンを鋭く睨むと、おぉ怖い怖いとわざとらしく怖がりながら豪快にジョッキを煽る。
「それなら今日はサービスしてやる」
「そんな悪いですよ」
「いいんだよ。天下の魔道王様との再会だ。ここは厚意を受け取っておけ」
そう言って大将は豪快に笑った。ドワーフは豪気な性格の人が多い。そのためいつもこの街は明るい。300年前と何ら変わらない人の温かさにセイは懐かしむ。
「分かりました。それじゃあ受け取っておきますよ」
「お!今日はただ飯か」
「旦那は払えよ」
ダバンの冗談を一蹴し大将は厨房へと戻っていった。
「ま、いいさ。どうせ今日から三日はセイの奢りなんだからな」
「大将、旬の物ください」
ダバンの言葉を軽く聞き流し大将に注文する。
「あいよ」
デンディードは漁港としても有名だ。そのためこの街にある酒場では新鮮な魚を食べることができる。
「それで構想は出来たかい」
「おいおい、こういうところで仕事の話はやめてくれよ。酒がまずくなる」
「職人魂はどこに行ったんだ」
「酒飲んでる間はうなもん、どっかとんでっちまってるよ」
それでいいのかと突っ込みたくなってしまう。
「それで君の孫がいるのに息子さんはどうしたんだい」
「嫁と鍛冶修行で世界中飛び回ってるよ。たぶんな」
ダバンには息子が一人いる。その息子は妻と一緒に鍛冶の技術を高めるために世界中を十年ほど前から飛び回っている。
「たぶん?」
「あいつ手紙もよこさねぇんだ。たく、今頃どこにいるのかもわかりゃしねぇ」
そう愚痴をこぼし、酒を煽る。
「大変だね」
「そう言うお前はどうなんだ」
「僕?僕は特に変わったことはないよ」
「はいよ。キスの刺身だ」
そう言って大将がテーブルの上に置いたのは透明感のある白が美しいキスの刺身だった。
「刺身ですか。前はなかったですよね」
「ああ、だが、お前が帰った後、試しに作ってみたらな、これがまた好評でな。魚料理の一つにいれたってわけだ。後これもサービスだ」
そう言って大将は極東酒の入った瓶を取り出した。
「極東酒ですか」
「刺身にはこれが合うんだろ」
「ありがとうございます」
セイは、早速ふたを開け、おちょこが無いため持ってきてもらったコップに極東酒を注ぐ。そして一口
「うまい」
「それはよかった。まだあるからじゃんじゃん頼んでくれ」
酒が回ってきたのかセイの顔が段々と赤くなってくる。魔法を使えば酔いを醒ませるのだが、それはできない。ここで飲むなら酔う感覚も楽しまなくてはならないという暗黙のルールがあるのだ。
「おいおい、何もないことはねぇだろ」
「本当に何もないよ」
「何も?」
「しつこいな」
セイはダバンの話を聞き入れず、刺身をいただく。
「だいたい、そんなこと知ってどうするんだい」
「お前をからかう」
「何かあっても絶対にダバンにだけは言わないよ」
馬鹿正直に答えたダバンに多少の苛立ちを覚えながらも呆れが勝り溜息を吐く。
「ほら、分かったならちゃっちゃと吐いちまいなよ。楽になるぞ」
ダバンはうりうりと肘で突っつく。完全に酔いが回った鬱陶しい酔っ払いだ。
「だから何もないって、それ以上聞くなら氷漬けにしながら燃やすよ」
「お前、言ってること滅茶苦茶だぞ」
セイの言っていることはもう滅茶苦茶だった。ダバンよりもセイの方が酔っている。
「分かったなら聞くな」
「あぁ、そうだ。こいつ素だと軽く酔うんだったな」
セイは自分が酔っていることに気づかず極東酒をちびちびと着実に飲んでいく。
「どうすっかな。こいつこのまま返したら後で、ティファに文句言われるな。だが、案外面白いことになったりするかもな」
ダバンの思惑顔にまたろくでもないことをとカイデンは祖父に呆れる。
それからセイたちは約二時間、バカ騒ぎ(主にダバンと野次のドワーフたち)をした。
「セイ」
「なんだい、まだ飲むのかい?」
「そろそろ帰ってもいいぞ」
その予想外の言葉にセイは酔いが醒めたように驚いた。
「君、誰。あ、そっか僕は幻覚を見てるんだ。あの酒乱がそんな気の利いた言葉を言うわけがない」
「お前が俺のことをどう思ってるかよく分かった。あのな、せっかくサクラがお前と再会できたんだ。それなのに俺がお前を独り占めするのは違うだろ」
そう言ってダバンはかっこつける。その言葉にセイは感動したのか優しく表情を緩める。
「ダバン……言い方がちょっと気持ち悪い」
「やっぱ待て、もう少し付き合え」
かっこつけた自分が馬鹿に思えた。
「冗談だよ」
「いや、お前の場合絶対本心だろ」
ダバンのジト目を軽く受け流しセイは席から立ち上がる。
「大将、これダバンの分の御代、たぶんこれだけあれば足りると思います。足りなければまた明日来ますので」
「おう、わりぃな。また来いよ」
「はい」
セイは金貨を三枚置き、酒場を後にした。




