第百八十五話 今宵訪れるは死の神
第七章の始まりです。第七章もセイたちの話ですが、今回の話だけはセイが復活する約十五年前のお話です。
ブックマーク登録、評価が励みになります。ぜひ、よろしくお願いします。
それでは本編をお楽しみください。
ナフト王国、辺境
あくる日の夜、星々が輝き、空には満月がぼんやりと世界を照らしている。辺境ということもあり人々は早々に家に帰り寝静まっている。しかし一軒だけまだ明かりがついている場所があった。
貴族の邸宅、平民の家が一般的な一軒家に比べてこの場所だけ異様に広く、その敷地面積は城を建てられるだけの面積があった。三階建ての豪邸の前にある長い入り口には大きな門が存在し、そこには警備の兵が槍を持ち立っている。
「ふあ~」
「おい、勤務中だぞ。しっかりしろ」
「だってな。どうせ誰も来ないのにただここにずっと立ってるだけだぞ。暇なんてもんじゃない」
警備兵は槍を杖のようにし体を支える。
「おい、馬鹿、滅多なこと言ってんじゃない」
同僚が口を滑らし慌てて止める。
「大丈夫だって、俺らはただここに立ってるだけで金をくれる領主さまだぞ。そんなお優しい領主さまが何かするとは思えんな」
この二人の仕事はただここに立って見張っているだけ、それだけでそれなりのお金をもらっている。
「お前知らないのか」
「何がだ?」
「まじかよ。新しい領主さまになって税がめちゃくちゃ増えたんだよ。そのせいで街に活気が無くなってて不気味なんだよ」
そうなのだ。この街ではつい数か月前領主が変わった。それにより、税が急激に増やされ、人々の生活が一変した。領主の下に着く者は潤い、税を搾取される領民は飢えに苦しんでいる。皆、領主が一体何を考えてるのか分からない。
「俺的にはどうでもいいけどな」
同僚のその発言に呆れながらも男も同意見だった。自分さえよければ他人のことなどどうでもいい。
「だけどな。そうなると死神が出るかもな」
同僚がそんな冗談めいたことを言った。
「やめろよ、縁起でもない。しかもそれ、いつの御伽噺だよ」
それは子供がいい子に育つように作られた御伽噺
悪いことをしていると夜中にどこからともなく現れた死神に魂を取られるというシンプルなお話
そんなくだらない話をしていると不意に目の前の大通りに人影が見えた。
「?誰だ。あれ」
「もしかして本物の死神かもな」
「やめろよ。てなんかこっちに近づいてきてないか」
人影が邸宅に向かって歩いてくる。段々とその人影がくっきり見えだすが外套で包まれているせいでその姿を確認することができない。
明らかに怪しい、二人は警戒し槍を構える。
「止まれ」
おんぼろの外套を纏った人物が槍の穂先を向けられ足を止めた。身長はあまり高くない160くらいだろう。
「何者だ」
「……」
何も答えない。二人は疑念の視線を向ける。
「名乗らないのならそのフードを取れ」
外套を付けた人物は特に抵抗することなくそのフードを取った。一拍置いて二人は息をのんだ。
意外にもおんぼろの外套を纏っていたのはとてつもない美少女だった。ふんわりとしたウェーブがかった薄桃色の髪、無気力な赤い瞳、何物にも汚されていない白く美しい肌、触れてしまえば壊れてしまいそうなほど、どことなく儚い印象があった。
「あの?」
「ど、どうしたのかな」
つい、男たちは鼻の下を伸ばしてしまう。
「何か困りごとならお兄さんたちに話してごらん。なんならお手伝いしよう」
「おい」
「いいじゃないか。別に」
男はもう仕事のことよりも目の前の美少女に夢中だった。
「ここって領主の館ですか」
「そうだよ」
「そうですか」
そう言うと美少女が笑みを見せた。
「ありがとうございます。それではさようなら」
「は?」
次の瞬間、男たちの首が落ちた。美少女のまっさらな綺麗な肌に穢れがつく。美少女は何事もなかったようにフードを被りなおし、門を開け領主邸へと侵入した。
その頃、領主邸内では若い金髪の吸血鬼が王でもないのに部屋に用意された玉座に座り片手に持ったワインを飲んでいた。その手前には跪く老齢の吸血鬼がいた。
「爺、計画は順調か」
「もちろんでございます。資金は潤沢、あとは傭兵でも雇えば陣は揃います」
「よくやった。これであの老害ではなく俺が王になる日も近いな。くくく」
この金髪の吸血鬼はナフト王家への反乱を企てていた。老いたブラドに変わり王となりこの国を最強の戦争国家に仕立てようと、そんな無謀にもほどがある野望を抱いていた。急に税を増やしたのはこのためだ。
「それで傭兵を集められる目途はあるのか。俺が作る国には弱い兵士はいらないぞ」
「そこは抜かりなく、傭兵団の中でも最強と謳われる銀狼団と目下、交渉中です」
「銀狼団か。それはまた大物だな。だがそれでいい。強いやつはどれだけいても困らないからな」
銀狼団とは現在の世で最強と言われている傭兵団だ。その実力はもちろんの事、人数も最大規模を誇る、約千人を擁している。中でも団長である銀狼と呼ばれる人物は切れ者で、戦においてありとあらゆる手を使い勝利を掴むその姿は敵や味方にまで恐れられた。
「資金はどれだけ使っても構わない。銀狼団がいれば十英雄などと呼ばれている時代錯誤のあの王も簡単に倒せるだろう」
「それは無理です」
「⁉」
どこからともなく声が響いた。警備は厳重にしてあるはず、誰かが侵入してくるなどまずありえない。二人が警戒していると部屋の扉が開かれた。そこに立っていたのはボロボロの外套を纏った人物
「何者だ貴様、ここをランクルス家の敷地と知っての狼藉か!」
「あなたがここの領主?」
「相手から名前を聞くならまず自分から名乗れ」
「騎士道精神?つまらない」
謎の人物に馬鹿にされ吸血鬼の頭に血が上り、顔が真っ赤に燃える。
「っ⁉爺、こいつを始末しろ!」
「かしこまりました」
爺と呼ばれた老齢の吸血鬼が腰に提げていた剣を引き抜いた。その瞬間、ぼとりと剣を持っていた手が腕から落ちた。
「え?」
「邪魔」
「な⁉」
外套を着た人物がそう一言呟くと爺の首が落ちた。一瞬の出来事で男は思考が停止してしまう。
「脆いです」
「ひ⁉」
思考が戻った男は小さく悲鳴を漏らし玉座から転げ落ちた。謎の人物はゆっくりとおt子に近づく。
「ま、待て!何が願いだ。金なら今すぐ払う。人ならすぐに用意する。だから命だけは」
「醜いです」
そう言うと男の両足が膝から切れる。
「あ、ああああ!!!」
苦痛と恐怖が男を支配し始め、噴出した鮮血が床をつたっていく。
「このまま何もしなくてもあなたは血が無くなり死ぬでしょう。それから自分の血を飲んでも回復はしません。そこはあしからず」
もう男にはやってきた人物の声は聞こえていない。
「それから、あなた方が話していた銀狼団ですがあれもついでに殺しておきました。正直あれが最強の傭兵団なんてがっかりです。今の世ってどこまでもぬるいですね」
「た、たすけ……」
男がまた命乞いを始めようとした時、ふいに開けていた窓から風が吹きフードを攫って行った。現れるのは薄桃色の綺麗な髪、だが今はそれ以上にその純白の肌についた赤黒い穢れに目がいってしまう。
少女はその血のような真っ赤な瞳を男へと向けた。
「これも依頼です。だからさようなら」
少女は手に握っていたナイフを男の心臓へと突き刺した。
男が最後に見た少女の顔は天使のように美しかった。しかし、男にはそれが死を連れてくる神に見えてしまった。
少女は男から命の息吹を感じなくなるとナイフを引き抜きその血を軽く振り払う。
「依頼完了……」
周りに広がるのは悲惨な死体の数々、少女の通った道には死体が転がっている。だが今更それを見たところでどうとも思わない。
「帰ろう」
そう言って少女は領主邸から姿を消すのだった。




