第百七十九話 ゲンコツ
セイたちが里帰りから帰ってきて一日が経過した。
あれから結局フェンティーネはまだ帰ってきておらずセイたちは少し心配しながら昼を迎えた。
「遅いわね」
「まだ仕事が終わらないんでしょうか」
「それだけならいいんだけど、あの子要領良いから流石にここまで時間かかるのはちょっとおかしいのよね」
ソファに座りながら食後の紅茶を飲むティファとリーゼ
「ちょっと確認しに行こうかな」
「確かにそれがいいかもしれないわね」
セイの提案にティファが賛同する。これ以上は待っていられない。
「それじゃあ早速」
空間魔法で転移しようとした時、結界内にお目当ての魔力反応が現れた。フェンティーネの魔力だ。
「帰ってきたみたい」
「やっと帰ってきたのね」
玄関の扉が開き、フェンティーネが中に入ってきた。
「師匠……」
「⁉大丈夫かい」
入ってきたフェンティーネは今にも倒れそうなほどげっそりしていた。
「大丈夫です。リーゼ、ちょっと肩かして」
「うん」
フェンティーネはリーゼの肩をかりゆっくりとソファに座った。セイは急いでフェンティーネの分の飲み物を用意した。
「ほらとりあえず冷たいお茶でも飲んで」
「ありがとうございます」
ごくごくとフェンティーネは一気に冷たいお茶を飲みほした。
「それで何があったんだい」
「師匠、その前にこの手紙を」
「?」
フェンティーネから渡されたのは何の変哲のない一通の手紙だった。セイはその手紙に目を通す
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馬鹿な子供へ
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最初の一文を読んで、どんと勢い良くセイは手紙を机にたたきつけた。その奇行にティファとリーゼは目を疑った。
「ティーネ、一つ確認してもいいかな」
「何ですか」
「これは誰からの手紙だい」
暑いわけでもないのにセイの顔には一筋の汗が垂れていた。
「もちろん、輝夜叔母様からです」
瞬間、セイは立ち上がった。
「ちょっと用事を思い出した。僕はこれから遠くに行くよ。後の事は任せたよ」
「え?」
「ティファ、師匠を止めて」
「皆セイを止めて」
ティファは精霊にお願いするとセイの体に氷のツタが巻き付き動きを封じた。リーゼは気になって机に置いてあった手紙を見てみる。
「……この字、なんですか」
手紙に書かれている字はとても達筆でリーゼにとって見慣れない文字だった
「それは極東で使われてる筆で書いた字だね。輝夜叔母様、字がとっても上手だから極東の文化を知らない人が見ると最初なんて書いてあるか分からないんだよ」
「へぇ」
「それでティーネ、輝夜さんからの手紙にはなんて」
ティファが楽しそうに聞いた。
「……よくそんなに笑顔でいられるね」
セイの表情が珍しく引きつっていた。
「え?だって輝夜さん良い人じゃない」
「どういう見方をしたらあの人をそう見れるんだい」
「それはセイがやんちゃしてたからでしょ」
セイの訴えが一蹴される。
「読むよ」
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馬鹿な子供へ
元気にしてるかしら?あ、元気にしてるわよね。私たちに連絡もよこさず、ライルの子孫の結婚式を荒らしたり、エルフの里で色欲の使徒と戦ったり、あとは何だったかしら、屑神の軍を蹂躙したり、それはもう元気らしいわね。
私もレオもずっとあなたのことを心配してたのよ。なのにこの時代に出てきて数か月、私たちに一報もないのは何故かしら?不思議ね。本当に不思議
分かったら逃げずに来なさいよ
馬鹿な子供に軽視されている輝夜とレオナルドより
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セイの表情がこれまで類を見ないほどに青くなっていた。
文面の端々から怒りを感じられる。そして最後の言葉、セイが勝手に消えたことをかなり怒っているようだ。
「ティーネ、僕を見逃してくれないかい」
「そうしたいのも山々なんですけど、輝夜叔母様、かなり怒ってるようで、口調が荒くなってるだけじゃなくて、このままいくとお父様たちの命が危ないんです。かくいう私も脅されて、ごほん、頼まれてこの手紙を渡しに来たんです」
いったい輝夜とはどれだけ恐ろしい悪魔なのだとリーゼは若干の恐怖を覚える。それを察したティファはそっとリーゼの肩に手を置いた。
「大丈夫よ。輝夜さんは優しい人だから」
「無理です。今の説明を聞いて優しいとは思えません」
いくらティファの言うこととはいえ本気で信じることのできないリーゼ
「というわけで、師匠、生贄、じゃなかった。輝夜叔母様に顔を見せに行きましょう」
「今、生贄って言ったよね⁉」
「いえいえ、そんな師匠を生贄だなんてそんなこと微塵も思ってません」
「そういうことは目を見て言いなさい!」
フェンティーネの視線が泳ぎに泳ぎまくっている。決してセイと目を合わせようとせず唯々冷や汗を流しながら表情をひきつらせている。いつものフェンティーネならば決してセイを軽視しない。しかし今回だけはセイを生贄にしようとしている。
ある意味、異常事態だ。
そんな師弟の異様なやり取りの間にティファが割って入った。
「こんなところで言い争っても意味ないでしょ。それにセイ、あなたは私たちに黙って消えたんだからそのくらい甘んじて受け入れなさい」
「う、分かったよ」
泣かせてしまった折、ティファにそう言われてしまうとセイは何も言い返すことができない。
ティファは精霊にもう一度頼みセイの拘束を解いた。
「少し心の準備をさせてくれ」
そう言うとすぅ、はぁ、と深呼吸を繰り返し、心を落ち着かせている。ティファに説得されたとはいえ苦手意識は消えることはなく、ゆっくり少しずつ不安を鎮めていく。
「ふぅ、覚悟はできたよ」
その表情はまるでこれから仲間を逃がすために死地へと向かう老兵のようにいい表情だった。
「場所は王城でいいのかな」
「はい、たぶん玉座の間にいると思います」
「分かったよ」
「楽しみね」
セイとフェンティーネとは対照的にティファはにこやかだった。三人はそれぞれセイへと掴まる。
「それじゃあ、いくよ……テレポート」
景色が変わる。そこは天井の高い長方形の部屋、赤い絨毯が大きな扉から奥の玉座まで敷かれており継ぎ目のない白亜の壁が美しい。
そしてセイたちが転移したのはその赤い絨毯の真ん中
周りを見てみると家臣たちが何やらおろおろとしており、玉座では何やら髪の長い女性とブラドがもめていた。
「あ?誰もいいわけなんか聞いてねぇんだよ」
「いや、だからだな。レオ助けて」
「兄さん、僕も兄さんには怒ってるんだからね。助けるんなら輝夜を……」
ブラドを兄さんと呼んだどことなく怒りを纏わせている青年がセイたちへと視線を向けると目を見開いた。
「おい、聞いて……」
ブラドに掴みかかっていた女性はセイたちの気配に気づいたのか振り向いた。
艶やかな黒髪を背中にかかるくらいまで伸ばし、スラァとした伸びた芯のある細身の体、女性では珍しく身長は180ほどはあるだろう。その荒々しい口調とは真逆のどことなくアスモデスを思わせる色気を放ち、金糸で刺繍が施された黒を基調とした着物が余計にそれを引き立たせる。
セイを見ると女性はその黒い瞳を大きく見開いた。
「お久しぶりです。輝夜おばさん」
この女性こそセイが恐れていた女性、輝夜だ。
「あ?」
返ってきたのは殺気でものっているのかと錯覚してしまうほど鋭い眼光
「ひ⁉」
セイは過去の記憶がフラッシュバックし思わず小さく悲鳴を上げてしまう。
「おばさんだぁ?」
「輝夜おば様」
「誰がおば様と呼べつった」
「ご、ごめんなさい。輝夜、さん」
輝夜はおばさん扱いを受けるのが気にくわないらしい。
「よろしい」
「ふぅ」
許されたと思いセイは安堵の息を漏らす。しかしまだ本題に入っていないことにセイは気づいていない。
輝夜は微笑を浮かべながら、玉座からセイの下へとゆっくりと歩いた。その後ろにいたティーネは自然と後ずさりしてしまう。
「手紙にも書いたけど、随分、元気にやってたようじゃないか」
「……」
セイの安堵が一気に恐怖へと変わった。冷や汗が止まらない。輝夜の微笑が消えた。
「どこほっつき歩いてんだ、この馬鹿愚息!」
輝夜は凄まじい衝撃波が発生するほどのげんこつをセイの頭へと叩き落としたのだった。




