第百七十二話 夏休み
本日二話目です。
幕間は十数話と少し短めです。
レインティーラへの修学旅行が終わって一か月が経った。今日はゼノフ学院では終業式が行われている。そのため、セイは半そでの白シャツにズボンというとてもラフな格好で家で一人、ソファに座り読書をしていた。
「ふぅ」
いいところまで読み終え一息つくとぼぅっと遠くを眺める。
「だめだ。やることが無い」
セイは暇だった。
いつもなら家事をするのだが力が戻ったことによりすべて簡単に魔法で片付けられるようになってしまった。冒険者ギルドに行って何か依頼をこなそうとも考えたのだが、まだ王都では魔道王が蘇ったという話題で持ちきりでうかつに外には出られない。
「どうしたものかな」
一人ですごすのは退屈としか言いようがない。
そんな時だ。玄関の扉が勢いよく開けられた。
「師匠、ただいま戻りました」
「ただいま」
フェンティーネとリーゼが元気よく帰ってきた。
待ち人来るとはこのことだ。セイは本をテーブルの上に置き、二人を出迎えた。
「おかえり」
「あ~、やっと夏休みだ」
フェンティーネはぐで~と溶けたスライムのようにソファに転がった。彼女もまた白いノースリーブのワンピースという教師らしからぬ格好をしている。朝行くときティファに注意されたのだが暑さが苦手なフェンティーネは無理やり押し通したのだ。
「やっぱりこの家は涼しい」
季節は夏、すっかり外は暑くなり、結界内のこの森でもセミが騒いでいる。
フェンティーネは足をばたつかせ、ワンピースのスカートがふわふわと揺れ動く。
「魔法で調整してるからね。ほら早く手を洗ってきな」
「は~い」
フェンティーネはゾンビのようにゆらりと立ち上がるとぐで~としたまま洗面所へと向かった。
セイもまた立ち上がりキッチンへと二人分の冷たい飲み物を用意する。
「はい」
「ありがとうございます」
ソファに座っていたリーゼの前へ冷たいジュースの入ったコップを置く。
「師匠、私にも~」
手を洗い終えたフェンティーネがリーゼの隣へと座った。
「分かってるよ。はい」
「ごくごく、ふ~」
普段働き者のフェンティーネがジュースを飲み終えるとだらしなくソファに体を預けた。
「君は本当に暑さが苦手だね」
「もう動きたくないです」
まるでニートのような言葉にセイは苦笑する。
「ティファさんみたいだね」
「それは嫌」
セイも思っていたことをリーゼが代弁する。するとフェンティーネはすぐに姿勢を正した。本当に嫌なように見えるがその表情は少し緩んでおりティファと同じと言われてちょっとだけ嬉しいのが滲み出ている。
そんな素直じゃない弟子を見てセイは微笑ましくなる。
「そう言えば、師匠、ティファはしばらく帰ってこないそうです」
「?何かあったのかい」
ティファが帰ってこないというのは聞き捨てならない。あのティファならば仕事を放り投げてでもこの家に戻ってくるはずなのに
「溜まりにたまった仕事の処理に追われてるみたいです」
「あ~」
納得した。
最近はずっと家でゴロゴロしたりたまにちょっと買い物にいったりするくらいだったため仕事なんてもってのほか。仕方ないつけが回ってきたのだろう。
「じゃあ、当分は三人分の食事でいいのか」
「あ、そのことなんですけど。私これからナフトに戻ろうと思います。そろそろお父様に顔を見せないと」
フェンティーネは夏休みに乗じて里帰りをしようとしていた。
「そういうことかい。分かったよ。それでいつまで向こうにいるつもりなんだい?」
「三日は向こうにいようと思います。移動は転移すればいいだけですし」
その時、リーゼはあることに気が付いてしまった。それは
(セイと二人っきり⁉)
心の中であたふたと慌てる。だが少し落ち着きを取り戻すと素直に喜ぶ自分と少し不安を抱える自分がいた。
セイはマオンとの戦い以来憎悪を見せていない。しかし、あの苦しそうな表情をリーゼは忘れることができなかった。今こうしている間もセイは苦しんでるのではないかと考えるとどう話しかければいいのか分からなくなってしまう。
「というわけで、早速行ってきますね」
「もう行くのかい」
随分早い出発に少し驚いてしまう。
「はい、荷物も元々異次元の扉にしまってありますし、急にいかないと父様が仕事をさぼっている現場は抑えられませんから」
ふふと不敵な笑みを浮かべながらどう父親を驚かす、もとい拘束しようと考える弟子に強くなったなと関心する。
フェンティーネは立ち上がる。
「そうかい、なら頑張って、ブラド王によろしく伝えといて」
「分かりました。それじゃあ行ってきます————」
高速詠唱からの転移をしてフェンティーネはナフト王国へと行ってしまった。
取り残された二人の間にはどこか気まずい空気が流れ始めていた。セイもまたリーゼにあんなことを言ってしまった折、何を話せばいいのか分からない。
「あの」
「ねぇ」
二人の声が重なる。またしても気まずい空気が流れ始める。もうリーゼは心がパンク寸前だ。今ので話しかけるタイミングを失ってしまった。
「リーゼからいいよ」
「あ、いえ、セイからどうぞ」
「そうかい?なら昼食は何がいいかな」
「え?」
「え?」
あまりに普通の質問してきたので思わず声を出して聞き返してしまった。
「あ、ごめんなさい。そうですね…………ならお肉がいいです」
もう頭がいっぱいいっぱいでろくに考えることもできず、そんなアバウトな答えしか出てこなかった。リーゼは自分を情けなく思った。
「分かったよ。それじゃあ準備してくるから待っててね」
「あ、ありがとうございます」
つい声が震えてしまう。
だがそんなリーゼに対してセイは優しく笑みを浮かべてキッチンへと向かった。
しばらくすると香ばしい香りが嗅覚を刺激してくる。
「ふわぁ、いい匂い」
「ふふ、できたよ」
出てきたのは鉄板に載せられた厚切りのステーキだった。
「これ何のお肉ですか」
「レッドドラゴン」
「……?」
今何と言ったのだろうとポカンとリーゼは口を半開きにしてしまう。
「うん、美味しいね。?食べないのかい、固くなっちゃうよ」
「セイ、レッドドラゴンってあのレッドドラゴンですか」
「そうだよ。ちょっと王都だと買い物しづらくてね。国の端っこの村まで買い物に行ったんだよ。そしたらそこでレッドドラゴンが暴れてるって聞いてね。よくしてもらったお礼に討伐してきたんだよ」
今まで様々な経験をしてリーゼは強くなった自負はある。だがそれでもレッドドラゴンはそんなついでに倒すような存在でないことくらいは覚えている。
「あ、そっかセイだからだ」
これはティファから教わったある種のおまじないのような言葉、もしセイが常識外のことをやっても全部セイだからの一言で片づければ気が楽になるという先駆者からの贈り物だった。
「なんか、ひどい扱い受けてる気がするんだけど気のせいかな」
「気のせいです。あ、美味しい」
セイのジト目を無視してリーゼは済敵を美味しくほおばる。
「君も図太くなったね。喜んでいいのか、嘆くべきか。はぁ、もう手遅れか」
「なんか今失礼な扱いを受けた気がするんですけど」
「それこそ気のせいだよ。ほら、横に置いてるソースをかけると味が変わって別なおいしさが味わえるよ」
リーゼのジト目を軽く受け流し話を逸らす。互いに互いを勘繰りあう。そんなこの二人では絶対に起きえなかった状況、何ともまぁ不思議な光景だ。
リーゼはセイの闇を見て、セイはリーゼに自分をさらけ出して、少し距離が離れたような気がしているが実際は近づいているのだ。
昼食を食べ終え、セイは洗い物をする。
「そういえば、リーゼ」
「何ですか」
「ちょうど当分この家を使うのは僕たちだけだし君も里帰りしないかい?」
それはリーゼの故郷であるクロッサス村への帰省の誘いだった。
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