第百七十話 しばしの別れ
セイとマオンの戦いが終わり、空は元通りに澄み渡り太陽が燦燦と地上を照らしている。東の平原もまたセイの時魔法により元の豊かさを取り戻していた。
リーゼは戻る途中一言も言葉を発することができなかった。ずっと脳内にあのセイの言葉がこべりついて離れない。そうこうしているうちに街へと辿り着いてしまった。
街の周りを取り囲んでいた結界と鉄の壁は無くなっていた。
「さて、どうしたものかな」
セイは気まずそうに声を漏らした。マオンとの戦闘が始まる前セイはティファたちの説得を振り払って行ったため、どのような顔をして会えばいいのか分からなかった。
そんな時、目の前に巨大な魔力を持つ者が現れた。
「お帰りなさいませ」
そう言ってセイの目の前でとても綺麗に跪くのはルシフェルだ。
「今回は助かったよ。ありがとう」
「失礼ながら、今回、私はあなた様の命に背いてしまいました。叱責されることはあっても感謝をいただくことはできません」
それはセイの命令を無視してセイの心よりもセイが生きることを優先させたことに対する謝罪だった。あれはほぼルシフェルの独断と言っても過言ではない。
「いや、君が僕の事を思っての行動だってことは理解してるからさ。感謝を受け取っておくれ、ありがとう」
「……恐悦至極でございます」
ルシフェルは瞳に涙を浮かべ頭を深々と下げた。ルシフェルにとってセイからの感謝が一番の喜びなのだ。
「それでは私はこれにて失礼いたします。また何か御用があるときは何なりとお呼びください」
ルシフェルは背筋を伸ばし立ち上がる。すると手を胸に当て深々と頭を下げると姿を消し冥界へと帰っていった。
このまま神殿へと向かおうとした時、セイは見知った魔力を複数感知することができた。
「……セイ」
その声かけにセイはどのように応えればいいのか分からなかった。あの時とはまた違った気まずさがこみ上げてくる。また泣かせてしまうのではないか?殴り飛ばされ怒られてしまうのでは?様々な不安が襲い掛かる。
「ただいま」
あの時とは違い優しい微笑みを浮かべ応えた。
瞬間、ドッと胸に何かが飛び込んできた。
「ごめんなさい」
そう弱弱しく胸の中で呟いたのは銀髪の少女、その声は少し震えておりセイの黒いシャツが少しだけ濡れた。
また泣かせてしまった。
セイの中で若干の後悔が生まれる。
セイは優しくティファの髪を撫でる。
「どうして君が謝るんだい」
「私が、あの時、振り払ってなければ」
それは三百年前の後悔の言葉、ティファは気丈に振舞っているが実際は何事も自分一人で抱え込んでしまうことがある。そのため一度はまってしまうと永遠と自分を責め続けてしまう癖があった。
「なんだ。そのことかい、ならもう気にする必要はないさ。たらればを気にしてたらきりがない。だからもう自分を責めないでおくれ」
優しく諭すように言葉をかける。
実際、セイはあの時の事は本当に気にしていない。あの時の事はティファの精神状態から致し方なかった。
「ぐす、だけど」
自分のせいでこうなってしまった負い目を感じ、泣き止まないティファを優しくなで続ける。
「お熱いやり取りしてるところ悪いが俺もお前に言ってやりたいことが山ほどあるんだよ」
ガレンが額に青筋を浮かべながら近づいてきていた。
「ガレン、君にも心配かけたね」
「あぁ、お前の暴走には肝を冷やしたね」
「あはは、ごめんよ」
ガレンの憎まれ口にセイは苦笑いで答えた。いつもの調子ならここで攻撃をするか、また憎まれ口を叩くかのどちらかだ。しかし、急にガレンは真剣な表情へと変わった。
「それで、終わったのか」
「……ああ、まぁ、そっちは、ね……ごめん、その話は思い出したくないんだ」
そう歯切れ悪そうに答えた。
今さっき終わったことなのにもかかわらず、セイはマオンとの戦いを思い出したくもなかった。それは大罪神という最大の敵との戦いに疲れたとかではない。自分が自分でなくなるあの感覚、復讐に取り憑かれ、蹂躙、虐殺、拷問、そんな非道なことを平気でする自分に嫌気がさすのだ。
「………そうか」
ガレンもそれを察し怒る気がうせてしまう。
「師匠、もう平気ですよね?」
「セイ君」
「セイさん、大丈夫そうですね」
フェンティーネとエンネシアは不安になりながらも心配そうにセイを見て、アイナはその心が憎悪で支配されていないことが分かったのでただ微笑んで見せる。
「あぁ、ごめんね。心配かけた。それにエンネにはひどいことをしてしまって、ごめん」
セイは申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
「大丈夫だよ。あの時の君に不用意に話しかけた私が悪いんだから」
「だけど僕は君を殺そうとしてしまった。だから、ごめん」
セイの中であの時の行いは罪悪感しかなかった。自分に対する嫌悪感が大きく膨れ上がる。
「話は終わったか。というかアロンテッド、いつまでセイの胸で泣いてやがる」
ガルディウスがティファに文句を垂れるが、ティファはまだ少しすすり泣いておりもうしばらく時間がかかりそうだ。
「ガルディウス君……」
「流石に空気読もうぜ」
エンネシアとガレンから残念なものを見るような視線を向けられる。しかしそんなことつゆ知らず、ガルディウスは自分の道を歩む。
「知るかうなもん、セイ、迷惑かけたと思うなら働け」
ガルディウスは肩を竦めセイを睨んだ。
「お前、力戻ったろ。なら時魔法でちゃっちゃっと街を戻せ」
遠慮容赦のないガルディウスの言葉にセイは苦笑いを浮かべた。口では遠慮なく言っているがガルディウスなりにセイを心配しているのだろう。それが分かっているためセイは何も言わない。
「分かったよ。暴れた分はきっちり働かせてもらうよ」
「おう」
その日、街の復興はセイの時魔法によりわずか数秒で元の街並みを取り戻した。避難した住民たちもいつもの暮らしをすぐに取り戻した。街の破壊具合を見ていた兵士たちからは神の御業と讃えられ、セイは英雄扱いを受けた。
翌日、強欲の大罪神マオンとの戦いで予定とは一日遅れてしまったが修学旅行最終日を迎えた。
セイたちは朝起きた後しばらく旅館でゆっくりするとすぐに駅へと向かった。
「とんだ修学旅行になったわね」
「よくそんな暢気なこと言えるね」
フェンティーネとアイナが並んで歩く。
「だってそうでしょ。学院の行事で来たと思ったら神との戦闘に巻き込まれるなんて、誰も想像できないわ」
「まぁ、そうだけど」
色々とあったのに平然としているアイナの図太さに素直に関心してしまう。
「何の話?」
横からリーゼが話しかけてきた。
「修学旅行についての話よ」
「あぁ……」
「リーゼ?」
言葉を詰まらせるリーゼにフェンティーネは首を傾げた。
アイナにはリーゼから憂いと不安を感じられた。セイと神の戦闘を見たのはこの中ではリーゼだけだ。きっとそこで何かあったのだろうと考えたが気軽に聞けるような事ではないため様子をうかがう。
「ん、何でもないよ」
「そう?ならいいけど」
「ほら三人とも駅に着いたわよ」
そうこうしているうちに駅へと着いた。
ゼノフ学院一行はホームに入り列車に乗り込んでいく。
「結局お前とは勝負できなかったな」
「君との勝負なんて御免だね」
見送りに来ていたガルディウスとセイは軽口をたたく。
「ま、今度は俺がそっちに行くわ」
「その場合は空間魔法でレインティーラまで飛ばしてあげよう」
「安心しろ切ってやるから」
「はぁ、なんて厄介な」
セイのため息を気にせずガルディウスはにやにやと笑みを浮かべる。
「ま、元気でな」
「そっちもね」
軽くあいさつを交わすとセイは列車に乗り込んだ。
やがてホームにアナウンスが流れ列車が動き出す。それを確認するとガルディウスは歩き始める。
「まだ出発してないですよ」
一緒についてきていたゼンが確認する。
「あいつが窓から手を振るような奴に見えるか」
「それは……見えないですね」
「な、いいんだよ。俺たちはあれで」
「そうすか。ガルディウス様、帰ったら溜まった書類仕事がありますから」
「聞こえねぇな」
またしても仕事から逃げようとするガルディウスにゼンは何やら不適に笑う。
「今回は逃げられませんよ。ケンさんがいますからね」
「げ、あいつもう現役じゃないだろ」
「孫の不始末だそうで」
「そうか、ん~、なら俺もちょっとは真面目にやるか」
ゼンは珍獣を見るかのような視線をガルディウスへと送った。
「明日は槍でも振ってくんのか」
「馬鹿なこと言ってないで行くぞ」
ガルディウスはすたすたと神殿へ向け歩みを進めた。
「さて、むこうさんはどう出てくるのかね」
若干の憂いを含んだ表情で風の音ですぐに掻き消えてしまうほど小さい声でそっと呟くのだった。




