第百六十九話 魂喰らいし剣
マオンはセイの攻撃によって失った腕を見て叫んだ。
「腕が!俺のうでがぁ!……なぁんて、言うと思ったのか」
マオンは先ほどまでの叫びが嘘のように舌を出してセイをおちょくる。それでもセイの表情が揺るぐことはない。ただ冷徹に神を睨む。
「はぁ、腕を切り落としたくらいで調子に乗るなよ。器が知れてるぜ」
はぁ、とわざとらしく溜息を吐き、自らの魔力を切れた部位へと集め始める。するとブクブクと肉が膨らんでいく。
「俺は元悪魔だ。このくらいの傷、雑作もな、い……」
ここに来てマオンが違和感に気づいた。
「なんで…戻らない」
魔力を送っているはずなのに腕が一切元に戻らない。それどころか膨らんだ瞬間に灰となり消え去っていく。
「また、おちょくってるつもりかい?お前はつくづく頭が悪いね」
「何をした!」
マオンは明らかに焦り激昂した。
演技でもなく実際に何をやっても腕は元に戻らない。
「あ、本当に効いたんだ。悪魔だった君なら効かないと思ったんだけどね。言っとくけど精霊魔法じゃないよ。僕が使ったのは冥獄魔法、それだけさ」
「な……」
マオンはその言葉に唖然としてしまう。精霊魔法ならば相性が悪いためこの状態になるのはよく分かる。だが、悪魔の魔法をもとにした冥獄魔法でこの状態になるのは異常としか言いようがない。マオンはすぐに魔法の効果を解析しようとするが一切その効果が分からない。
「そんなに効果が気になるなら今度はゆっくりやってあげるよ。穿て」
セイの目の前に死の風が凝縮し一発の黒い弾丸を作りだした。
死の弾丸は風を放ちながら大剣を握る右腕の付け根を打ち抜いた。腕はそのままぼとりと地面に落ちる。
「予想通り二本目」
セイはマオンがどうなっているのか興味が沸かないのか手を遊ばせている。
「ウガァァァ!!!」
マオンの肩に激痛が走り、解析どころではなかった。最初の一発はあまりに速かったため痛みも少なかったが、二度目の弾丸は腕の付け根をゆっくりと螺旋に抉ったため痛みが絶大なものとなった。
「これでも分からないか、ならもう一本」
またしても死の弾丸を作りだし、槍を持つ腕へと放った。案の定、腕は落ちマオンの体に激痛がほとばしった。
「まだ分からないか」
セイは最後の一発を放った。
マオンは痛みに苦しみながらも弾丸を睨んだ。しかし、どれだけ見ようともその魔法を見抜くことはできない。このまま最後の腕も落とされるのかと思った時、死の弾丸が頬をかすめた。
「やっぱだめだね。最後にチャンスをあげるよ」
セイはぞっとするような微笑みを見せながら言った。その笑みの裏には隠しきれないほどの憎悪が滲み出ていた。
「お前はその持ってる剣でも魔法でも好きなように攻撃してきて構わない。僕は魔法を使わない。これでどうだい?」
「……」
その条件にマオンは言葉を失った。
魔法を完璧に使う魔道王のセイにとって圧倒的に不利な条件、なのにもかかわらずセイはそれを嬉々として提示している。
何か裏があるのではと、考えるのが普通だ。しかし、それは常人を相手にする場合に限られる。今マオンが目の前にしているのは異常者、そんな考え毛ほどにも意味はない。完全にセイは遊んでいる。
「ん?信用できないか。それならこれでどうだい」
セイが魔力を高めた。
「回復しろ」
マオンの体は痛々しくも暖かい魔力に包み込まれた。するとどうだろうか、幻肢痛は無くなり体が少し楽になった。
「これで心置きなく戦えるだろう」
あろうことかセイはマオンに回復魔法をかけたのだ。その行動はあまりにも不気味でマオンは自分の体を確認するも異常は見つからず、それどころか絶好調と言っていいほどに体調がよかった。
「……何がしたい」
「?言ったじゃないか、やりあおうって、別にそれ以外に目的はないしね」
死地に静寂が訪れた。
笑うセイに表情を歪めるマオン、最初とは立場が真逆だった。
「来なよ」
人差し指をくい、くい、と動かし挑発する。
「舐めるなぁぁ!!!」
マオンは最後の意地を振り絞る。地面に衝撃が走り空間を切り裂くようなスピードで跳躍した。
セイより高い位置にたどり着くと禍々しい魔力を纏わせた剣を振り下ろす。
受け止めるのは分が悪いと感じたのかセイはひらりと身をよじり躱す。
「はは」
セイはマオンの攻撃に恐怖を覚えるわけでもなく、ただ不気味に笑みを浮かべるのみ
「ち」
マオンの攻撃はまだ終わらない。翼をはためかせセイの足元を取る。この動きにはさすがのセイも少し驚いたのか関心するような視線を向ける。
「死ね!」
気迫のこもった叫びと共に剣を横に薙ぎ払う。だがこれもまたセイに躱される。その後も空を舞い様々な角度から攻撃するもすべて簡単に躱されてしまう。
このまま近接戦闘を行うのは不利だと察したマオンは魔法で向かい風を発生させ一気にセイから離れた。
「距離を取るか、確かにそうすれば僕に攻撃するすべはないね」
セイは淡々と状況を分析していく。
そのあまりにも余裕な態度にマオンはいら立ちと気味の悪さを隠せなかった。だが今はそんなことを考えている場合じゃない。マオンは禍々しい神の魔力を高める。
「———死の嵐」
マオンとセイの間に今にもすべてを飲み込もうとする天にもとどくほどに強大な嵐が発生させた。
「冥獄魔法か、しかも魔力がふんだんに込められているのか」
「これで死ね」
マオンの放った魔法にはマオンの魔力の約七割が使われていた。全身全霊のセイを確実に殺すための魔法、魔力を大量消費したことにより脱力感が出てくる。
「これが正真正銘君の魔法か、神の力は使わないのかい」
「お前を殺すにはこれで十分なんだよ」
「その様子からして神の力は使えないのか、やっぱり格が足りなかったんだね」
「うるせぇ!嵐に呑み込まれて死ね」
図星だったのかマオンが激昂し死の嵐をセイへとゆっくり近づける。死の嵐から発生する風は刃のように鋭く大地で燃えていた地獄の業火や氷塊を簡単に切り刻んでいく。
「そろそろ頃合いか」
セイはそう小さく呟くと腕を前に出す。そしてそのまま横へ薙ぐ。その動きはマオンでは視認できないほどに速く、美しい。
腕を薙いだことにより発生した風圧が死の嵐を受け止めた。
「な⁉」
魔法でもなくただ腕力にものをいわせた行動にマオンは驚きを隠せないでいた。
「久しぶりだけどうまくいったか」
「何を、した」
「ん?ただちょっと本気で腕を振っただけだよ」
信じることができない。いったいどれほどの力を籠めれば魔法を止めるほどの風圧を発生させられるというのか
「鑑定して視てみなよ。ま、もし視れるのならの話だけど」
マオンは鑑定を使う。
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セイ・アークロッド 種族 人間(精霊)
体力 測定不能
魔力 測定不能
筋力 測定不能
俊敏 測定不能
称号 『魔道王』『神殺し』『復讐者』『十英雄』『魔力に変換せし者』
スキル 測定不能
~~~~~
マオンは唖然としてしまう。今自分が見ているのは質の悪い冗談かと思ってしまう。あまりにも馬鹿げていた。すべての能力値、スキルにおいて測定不能、かろうじて見ることのできた称号には『魔道王』の他に『神殺し』『復讐者』といった明らかにやばい称号がある。
「どう?視えた?ま、その様子なら視られたと思っていいんだね」
セイの愉快そうな笑みがマオンには怖くて仕方がなかった。
「とりあえずこの“ちっこい風”邪魔だから消しとこうか」
そう言うと一瞬で嵐が消えた。
「……」
もう言葉が出てこない。
セイは<全魔>を使い強制的にマオンの魔法に介入し魔力を霧散させたのだ。
「さてと、それじゃあ……近づこうか」
「⁉」
セイの言葉に間が空いたかと思ったらセイの狂気の瞳がマオンの目の前に来ていた。
魔力の気配は感じなかった。そのため転移ではない。ならばいったいどうして、そんな疑問がマオンの頭の中を埋め尽くした。
「魔法じゃないよ。君も見ただろ僕の俊敏、元々はまぁまぁなんだけど『復讐者』の恩恵でね。<怨嗟>っていうスキルが使えるんだよ。これがまた便利なのさ。僕が抱える憎悪が大きければ大きいほど能力が無限に上がり続けるっていう。僕にとって最高の力さ」
それはまさしくセイのためにあるようなスキルだった。
「だから、まだ死んじゃだめだよ」
マオンの背筋にとてつもない悪寒がはしった。次の瞬間凄まじい衝撃と共に地面に叩き落される。
「ごは⁉」
あまりの衝撃に背に生えていた翼が潰れ地面にとてつもない大きさのクレーターができる。何をされたか視認することすらできなかった。
「ちょっと力をいれただけだったんだけど君にはだいぶ効いたみたいだね」
視界が霞み、もうセイの声も聞こえずらくなっている。呼吸も荒く完全に瀕死の状態だった。
「ん?ダメだよ。まだ死んだら」
そう言うとセイはマオンに回復魔法をかけ消費した魔力と撃ち落とした腕以外を元に戻した。
もはや戦いではない。これは憎悪をぶつけるだけの拷問だ。マオンの表情が恐怖で歪む。
「やっぱ<神滅>があるからかな?これ、神が相手だと強制発動するからね。どうしようもないか」
<神滅>とはその名の通り神を滅するための力、神に与えるダメージがげきてきに上がる。神にとって最悪とも言っていいスキルをまだセイは持っていた。
圧倒的な力の差、もうマオンのプライドと戦意はぽっきり折れた。
「もう、止めてくれ」
「?」
セイはゆっくりとマオンの前に降りる。
「もう、攻撃しないでくれ」
「ならお前は僕に何を提示してくれる?」
セイの言葉にマオンに光明が差した。
「何でもするお前の、あなた様の配下にでも下僕にでもなろう。だから、命だけは」
強欲の神はついに命乞いを始めた。その姿からは最初のような傲慢な態度はなく、生まれたての小鹿のように震えていた。
「分かった」
その言葉は了承に聞こえた。これで生き延びられる。そう生への執着が叶った。そう悟った。
「もうお前に用はない」
「え?」
助からない
「なら何でも用意しよう。この世界だって取ってやる。だから」
もうその姿に禍々しさはなくただただ見苦しかった。
「もういい」
「……え?」
—————お前らは生まれた時から呪われて笑顔の裏でずっと泣いていた咲夜を助けたか?
—————お前らは僕を守るために世間から遠ざかった父さんと母さんに何をした?
—————お前らは世界を破滅から救おうとしたライルをどうした?
一言一言にセイの憎悪が滲み出ていた。そこに先ほどまでのぞっとする微笑みはない。ただ無表情に憎悪を宿した瞳でマオンを睨むのみ
「答えろよ」
抑揚のない声がマオンの心を恐怖で締め上げる。
その時、マオンは悟った。300年前自分と同じ大罪神の一柱が誰かを殺しに行ったきり帰ってこなかったことを
「答えないならもう用はない」
セイの腰に携えている剣がセイとマオンの間に浮かんだ。
「君を殺す方法は決まっている」
剣から禍々しい瘴気が滲み出る。
「この剣の銘は大罪剣セブンソウル、お前らが持つ大罪の力が刻まれた魂を喰らう剣だ」
鎖が緩み始める。
この大罪剣は内包している力があまりに強く少しでもこの剣から発せられる瘴気に当たれば一瞬で影響を受けてしまう。そのため常に鎖で封印を施しているのだ。
セイが大罪剣の柄を握った瞬間、鎖が一気にはじけ飛び禍々しい黒い刀身をむき出しにした。その輝きあまりに美しく、禍々しい。黒い瘴気が死地へと広がる。
「そ、それは」
「言っただろ大罪の力を喰らうって」
マオンは剣から放たれる力を知っていた。それはまごう事なき神の力、自分が操ることができなかった力がそこにあった。
「っ」
マオンは逃げようとするも体が動かなかった。体が鉛のように重く急にどっと疲労感が出てきた。
「怠惰に侵されろ」
この力は『怠惰』の大罪神の持つ神の力だ。相手の能力を大幅にダウンさせるという厄介極まりない力、マオンは初めて味わうが体感で実に元の力の7割ほど削られている気がした。
「ひれ伏せ、頭が高いぞ」
マオンはセイの方に頭を向けその場でうつ伏せとなった。
「この、力は、傲、慢」
『傲慢』の大罪神が有していたはずの力も使われた。言葉に力がこもるという力、つまりひれ伏せと言えば相手はひれ伏し、死ねと言えば相手は自らその命を絶つ。
能力が下げられた今のマオンでは一切抵抗できずその効果を全て受けてしまう。
「誰が喋っていいと言った。黙れ」
「⁉……」
声を発そうとしても何かに邪魔され一切話すことができない。
セイは久しぶりに握る大罪剣をてきとうに振り、感触を確かめる。
「とりあえず動くな」
マオンの体が硬直する。無抵抗に殺されることを恐れ動悸が著しく激しくなる。
「それからお前を魂ごと消し去る」
その言葉でマオンの恐怖は限界を超えた。目が血走り涙を浮かべ始める。死にたくない、死にたくないとみっともない生への執着が溢れだしてくる。
「さ、死ね」
セイは大罪剣を無抵抗のマオンの胸へと突き刺した。
「………」
叫ぶことも動くことも許されず、ただ表情だけが悶絶し苦しみだす。それでもセイはただ冷徹に大罪剣をさらに奥深くに突き刺す。やがて、マオンは動かなくなり命の息吹が消えた。するとマオンの死体から禍々しい瘴気が溢れだし大罪剣へと吸収される。
「終わったか」
セイは大罪剣を引き抜くとどこからともなく出した鎖でもう一度封を施した。残ったマオンの死体を見ることなく振り返ると死体が一気に炎上し灰と化した。
「……セイ」
一部始終を見ていたリーゼは血濡れたセイに視線を向けた。
「リーゼ……」
目的を果たし落ち着きを取り戻したセイは憎悪を見られ、まともにリーゼの顔を見られない。そしてそのまま通り過ぎようとする。
「待って」
セイの足が止まった。
「僕みたいな化け物に話しかけても意味ないよ」
「……化け物、ですか」
「あぁ、君も見てただろ。僕の醜い姿を、だから」
「じゃあ、どうしてそんな顔をしてるんですか」
その言葉にセイは気まずそうに黙る。
「どうして悲しそうな顔をしているんですか」
リーゼはセイの背中から悲しみが溢れているような気がしたのだ。
「はぁ、鋭いね………君は僕を救いたいと言ったね」
「はい」
「なら」
「っ⁉」
セイはリーゼへと振り返った。そしてその表情を見て絶句した。
目元に涙をため苦しそうに何かをこらえるような微笑みを浮かべていた。その微笑みは今にも消え去りそうなほどに儚い。
「これでも、僕を救えるというのかい」
震えながら何かを訴えかける
「神を殺してもこの憎悪は消えない。それどころかどんどん増えていく。もう、嫌なんだよ。苦しいんだよ。すぐにでも死にたいんだよ……だけど僕は死ねない。そんな中で目的は復讐だけ、はは、まったく嫌になるよ」
リーゼは何も言葉を返せなかった。
ただセイの苦しみを聞くことしかできない。
「……ごめん、忘れてくれ。さ、戻ろうか」
セイは一瞬、俯きリーゼの顔を見ずに街の方へと歩みを進めた。
憎悪を抱いた英雄は復讐にしか生きられない。それがセイの生き方なのだと無理にでも理解させられてしまうのだった。




