第十六話 勇者としての覚悟
セイが空間魔法で消えた後のリーゼたちはウルフの解体を行っていた。
ゲイルは、解体をしながら周りを警戒している。
「お父さん、どうかしたの」
「…何でもないぞ」
そんな父の動きをリーゼは見逃さなかった。
「ロイも手伝ってよ」
「俺はいいや」
ロイは、そっけなく答える。レッサーウルフを仕留め損ねてから少し様子がおかしい。
(なんで二人とも気がたってるんだろ)
そんな二人の様子を訝し気に見る。
やがてウルフの解体が終わり後はセイのことを待つだけだ。
(セイは何しに行ったんだろ、変な気配って言ってたけど魔物かな。魔道王なんだし強いのは分かるけど心配だなぁ)
リーゼはセイのことを心配する。
「⁉」
リーゼは咄嗟に剣を抜き後ろに振るう。
そこには確かな手ごたえがあり地面に人型の何かが倒れた。
「大丈夫か!」
「うん、私は大丈夫。それより」
リーゼたちは人型の何かによって取り囲まれていた。
人型の何かは全身黒く細身の体形をしている。指の先には長く鋭い針のような爪がついている。
「なんなんだよこいつら」
ロイも剣を持ち構える。
リーゼは人型の何かを視る
~~~~~~
種族 ファントムアサシン
体力 C
魔力 D
筋力 C
俊敏 A
称号 『魔王軍』
スキル <隠密lv6>
~~~~~~
人型のそれは魔物だった。
(俊敏A!しかも『魔王軍』、セイに知らせないと)
「⁉くっ」
「リーゼ!」
ファントムアサシンが二体同時にリーゼへと迫った。一体の攻撃は後ろに飛び退き躱せたが、二体目の爪がリーゼの頬をかすめる。
(速い、だけど私だって)
リーゼはすぐに前に出てファントムアサシンの懐に潜り込み横なぎに一閃。胴が分かれる。
「は!」
真正面のファントムアサシンへ突き、薙ぎの二連撃。
二体倒し終えてもまだたくさん残っている。
「逃げようにも道はふさがれてるか」
セイに言われた通り逃げることを考えるが、逃げ道をファントムアサシンたちに阻まれている。もはや逃げることは不可能だ。
ならゲイルがやるべきことはただ一つ。
「俺が先行するからお前らは後に続け」
「いくらお父さんでもそれは無理だよ!」
リーゼはゲイルの能力を視たことがあるがファントムアサシンとは分が悪すぎる。しかもこの数どう考えてもゲイルが耐えられるわけがない。
「娘を守るのが父親の役目だからな。行くぞ!」
ゲイルは大剣を構え村の方角にいるファントムアサシンへと切り込む。
「うぉぉ!」
ファントムアサシンたちを一撃で切り伏せていく。俊敏が高い分体力が低いため一撃で倒すことが可能なのだが数が多くて切っても切ってもどんどんわいてくる。
「っ⁉は!」
鋭い爪がゲイルの左腕をえぐるがそんなことお構いなしに大剣で叩ききる。
「私も手伝うよ」
「お前は自分の事に集中しろ!」
「!」
リーゼとロイも決して走っているだけではない。魔物たちは逃げていく獲物を決して逃したりはしない。そのため後ろにいた魔物たちがおってくる。二人はその対処でゲイルのことを手伝っている場合ではないのだ。
ゲイルは、まともに左腕が使えなくなったため右手だけで大剣を構える。疲労からか右腕がきしむ。だがそんなこと今のゲイルには関係ない。
「お前ら邪魔だ!」
気合だけで大剣を振るい目の前の敵を叩き切っていく。
その様は剣士として尊敬すべきものだった。ロイはそんな姿を見て今の自分の事を少し考える。
「はぁはぁ」
ゲイルはいたるところから血を流している。ファントムアサシンの素早さが速すぎて少なからず攻撃をくらってしまう。それに段々と動きも遅くなってきた。
そこをファントムアサシンは見逃さない。鋭い爪を立てゲイルへと迫りわき腹をえぐる。
「きっ⁉くらえ」
突き刺さった爪目掛け肘打ちをする。すると爪が折れファントムアサシンは体勢を崩す。間髪入れずに大剣を振り下ろした。
「お父さん⁉」
「来るな!」
リーゼが相対していた魔物を全力で切り伏せ、すぐにゲイルの下に駆け寄ろうとするがゲイルに止められる。
「俺はまだ戦える。娘にこんなかっこ悪い姿を見せたままで終われっかよ!」
ゲイルは気合を入れなおすが目の前からファントムアサシンが5体も襲い掛かってくる。満身創痍のゲイルでは死んでしまう。
しかし不敵な笑みを浮かべる。
「これが俺の全力だ!」
まともに動かせない左手を大剣を持っている右手に添える。
叫び声と同時に大剣を横に思いっきり振るう。凄まじい風圧が発生し向かってきたファントムアサシンたちが吹き飛ばされた。
この一撃には他のファントムアサシンたちも動きが止まる。だがこの攻撃を最後にゲイルはその場で倒れてしまう。
「…速く…に、げろ」
「お父さん!」
リーゼはゲイルの言いつけを守らずすぐに駆け寄る。
ゲイルの体のあちこちから血が流れており、左腕と脇腹は特にひどく止血すら間に合わないほどの出血だ。
「…おれ、の…かくご、を…むだに、する…な」
その言葉を最後にゲイルの意識は途切れた。
「く、リーゼ逃げるぞ」
「…逃げない」
リーゼはゆっくりと立ち上がる。
「は!何言ってんだよ」
「私は逃げないよ」
「おじさんの覚悟を無駄にするのか」
「まだお父さんは生きてる!それにこのまま魔物を放置したら村が襲われる。だから私は剣を振るう」
そう言ってリーゼは周りの魔物たちへ剣を向ける。その瞳には覚悟がうかがえた。
ロイはこの時自分とリーゼは決して交わることが無いのだと悟った。ロイは、自分の命を優先し逃げようとしたが、リーゼは父を守ろうと立ち向かう。黒い気持ちは無くなった。
「…分かった。なら俺がおじさんを診てる」
「ありがとう」
ロイはゲイルにできる限りの応急処置をしていく。
リーゼは、ファントムアサシンたちと相対する。
リーゼも無傷ではない。ところどころにかすり傷がついている。なんとか自分の速さと剣術を活かし被害を最小限にしている状況だ。
一斉にファントムアサシンたちが襲い掛かる。リーゼは自分の愛剣を素早く振るう。そのたびに過度に動かしすぎたせいか少女の華奢な体が悲鳴を上げるが今はそんなことを言っている場合ではない。
「まだ、戦える」
少し呼吸を整え剣を構えなおす。
(この魔物たちを止める。私が皆を守るんだ)
そんな決意を宿すが現実はそう甘くはいかない。ファントムアサシンたちの総攻撃が再開される。怒涛の複数帯による連続攻撃。リーゼは休む間もなく鋭い爪を愛剣で防いでいくが全てを防げるわけもなく時折少女の体から鮮血が飛ぶ。
「私が、皆を、守るんだ!」
そう叫んだ時、鋭い爪がリーゼの目と鼻の先に現れた。
疲労により速さが段々と落ちたため捌き切れなかったのだ。もうだめだ。そう思った時鋭い爪が動いていないことに気が付いた。
「え?」
「その心意気、素晴らしい」
森の中に慈愛に満ちた女性の声が響いた。教会で聞いた声だ。
「その気持ちがあなたを強くする。あなたの気持ちにこたえましょう。さぁ使いなさい神剣フラムを」
そこで女性の声は途切れた。
するとさっきまで目と鼻の先にあったはずの爪が無かった。それどころか一斉攻撃を仕掛けていたはずの魔物たちも元の場所でリーゼを警戒していた。
「時間が、戻った?」
魔物たちが一斉攻撃をする前の状態に戻ったのだ。
そしてすぐに一斉攻撃が開始された。
(そんなこと考えてる場合じゃない。急いで何とかしないと)
この攻撃を防ぐ方法を考えるが何も浮かばなかった。ふとさっきの女性の声を思い出す。リーゼに選択肢は残されていない。いちかばちかやるしかない。
「顕現せよ!神剣フラム!」
その瞬間、迫ってきた魔物たちは一斉にリーゼから距離を取った。その直後リーゼの目の前に一振りの剣がこの世界に顕現した。
神剣フラムが純白の炎と共にこの世へと舞い降りた。




