第百二十七話 妖精の円舞曲
アスモデスの襲撃後、里では事後処理に追われていた。
事後処理といってもそれほど多くはない。
里の被害は戦場となった住宅地と東の城壁のみ、幸いにも人的被害は奇跡的にゼロに抑えられた。
アイナの聖域もさることながら、ティファがアスモデスとの決着をつける時に放っていた神秘的な魔力が奇跡的に治癒作用を持っていたらしくギリギリだった者たちも助かったのだ。
物的被害も回復したセイが全て植物魔法や土魔法を使い全て元通りに直した。
そして襲撃から一日経った夜
里の広場では昨日の戦闘など忘れ大勢の人で賑わっていた。広場には出店が立ち並び、中央には簡素ながらも舞台が設置されている。そう、今日は百数年ぶりに開催される妖精大祭
「うわぁ、すごいです!見てくださいこんなにたくさんお店が」
「ちょっとリーゼ、はしゃぎすぎ」
リーゼが出店を見て目を輝かせ、フェンティーネがそれを注意する。
セイたち一行は広場へとやってきていた。
「まぁまぁ、リーゼはこういうところ来るの初めてだろうし仕方ない。それにほらアイナも」
セイが指さした先には
「リーゼどこから回りましょうか」
「あれとか美味しそうじゃない」
「綿あめ、いいわね」
早速出店をどう回るか相談しているリーゼとアイナの姿が
アイナもまたずっと王宮暮らしでこういったお祭りには来たことが無かったため内心かなりはしゃいでいた。
「子供ですね。心配なので私が見ておきます。リーゼ、アイナ、二人だけで行ったら迷子になるよ」
フェンティーネは二人の下へと向かった。
「魔力でバレバレなんだから素直に言えばいいのに」
弟子の背を見ながらそんなことを呟く。
魔力がとても楽しそうに揺らいでおり、フェンティーネもまた妖精大祭にはしゃいでいた。
一人になったセイは何をしようかと考えるも特に何も思いつかなかったためとりあえず近くにある空いていたベンチへと座りこの光景を眺める。
エルフたちが楽しそうに笑い。とても幸せそうだ。
「セイ君、こんなところで何してるの?」
セイに話しかけてきたのはモナだった。モナは片手に綿あめ、もう片方の手にはオレンジジュースの入ったコップが、こうしてみるとお祭りにはしゃぐ幼い子供のようだ。
「今変なこと考えなかった」
モナがジト目で覗きこんでくる。微細に魔力を帯びながら
「いえ、別に、後魔力は抑えてください」
「気のせいなのかな?ま、いっか」
セイは女の感というものに少し恐怖を覚える。
モナは綿あめを一口食べるとセイの隣に座った。
「ありがとう」
少し慈しみのこもった声だった。
「……それを言いに来たんですか」
「娘を助けてくれたんだから当然でしょ」
「僕は何もしてませんよ。ティファは自分で乗り越えたんです」
ティファは自ら過去の因縁に蹴りを付けた。前を向き始めた。セイはそのきっかけを作りだしたに過ぎない。
そんなことを言うとモナがにやにやした顔を向けていた。
(ま、まさか)
嫌な予感がした。この表情は他人をからかう表情だ。今この場においてからかえる要素があるとするならば一つしかない。
「そうかな?じゃ、あの濃厚なキスはなんだったのかな?」
「……忘れてください」
セイはほんのり頬を赤くさせ羞恥で頭を抱える。
「いや~娘がまた一歩大人の階段を上ったのは嬉しいけど、ちょっとだけ複雑」
「というか、なんで見てたんですか」
「うん?ティファちゃんの魔力が揺らいで心配になって見に行ったら、ね」
「あぁぁ!!」
思い出しただけで恥ずかしい。あの時は慌てており自分からしにいったのだが、よくよく考えるとあそこまでしなくても良かった。ただ抱きしめるだけで心は落ち着かせられたはずだ。
羞恥に悶えるセイにモナはここぞとばかりに追撃をいれる。
「それにしても防音結界まで使ってるんだからその先もしちゃえばよかったじゃん。あ、そうなったら私も流石に見ないよ」
「そんな用途のために使ったわけじゃありません!」
セイの反応が面白くてついくすくすと笑ってしまう。
「からかわないでくださいよ」
「それは無理だね。だって楽しいから」
「……愉快犯め」
「何か言った?」
「何も言ってません」
これ以上傷をえぐられないようセイはそっぽを向いた。
「ま、いっか。それより、ティファちゃんにキスする時、妙にこなれてた気がするんだけどどうして」
まだむしかえしてくるかセイは溜息を吐く。
「別に慣れてませんよ」
「ふ~ん、で本当のところはどうなの?」
モナはしつこく顔を覗き込んでくる。
「しつこいですね」
「だって娘の恋敵かもしれないんだよ。親として心配になるのは当然じゃない」
「………」
(恋敵、か)
セイはとある黒髪の女の子を思い出していた。
「安心してください。そんな人はいませんし……もうあの子はいません」
その表情はとても哀愁に満ちていた、悲しむような、懐かしむような、その表情だけでその子がどれだけセイにとって大切だったか伝わってくる。
「っ⁉……ごめんなさい」
「いえ、もう300年以上も前の事なので気にしないでください」
いたたまれない空気が流れ始める。
「それにティファは暗がりを歩く僕にできた初めての仲間なんです。彼女がいたから今の僕があるんです」
それは嘘偽りのない本心からの言葉、昔のセイにとってライルは希望であったが、仲間ではない。仲間という概念を教えてくれたのはティファだった。
「そう言ってくれると親としては嬉しいな」
空気が若干和らいだ。
それと同時に周囲がざわつき始めた。
「来たみたいだね」
「ちょっと見てきますよ」
「ふふ、娘をお願いね」
セイはベンチから立ち上がると人だかりの中心へと向かった。
「……おぉ」
セイは思わず声を漏らした。
セイの視線の先にいるのは大祭用の衣装に身を包んだティファだ。
白を基調としたロングスカートに、レースと金色の刺繍が軽く施されている長そでのブラウス、そして美しい銀色の髪には星月花をモチーフにした青色の髪飾りを付けていた。
ティファはセイを見つけるなり瞳をわずかに輝かせ近づく。
集まっていたエルフたちはティファが歩みを進めると自然と道を開ける。
「どうかしら?」
「うん、昔と変わらずとってもよく似合ってるよ」
「なんかお爺ちゃんみたいな言い方ね」
「からかってるのかい?」
「ううん、嬉しい」
ティファはふんわりとほほ笑んで見せる。
不覚にもセイはドキッとしてしまう。目の前の少女の顔にはもう憑き物はなくとっても晴れ晴れとしていた。
「さ、行きましょ」
ティファはセイの手をとり引っ張って行こうとする。
「ちょ、行くってどこにだい」
「そんなの決まってるじゃない舞台の上よ。お願い」
そう言うと二人の体が宙に浮いた。周囲にはたくさんの精霊がおり二人を魔力で包み込む。そのままふわりと舞台まで行き着地
「あ、あれってティファさん、セイと一緒に」
「む、抜け駆け」
二人の姿を見たリーゼとフェンティーネが突撃しようとするもアイナに肩を掴まれ止められる。
「もう無理よ。多分あそこは神聖な場所、あの舞台だけ誰も上がってないでしょ」
リーゼたちは突撃をやめ二人を眺める。
周囲のエルフたちも出店に並ぶのをやめ舞台上の二人の姿を見る。
「この場所って君が精霊たちに舞を披露する場所だろ。僕がいたらダメだろ」
「別にそんな決まり無いわよ。ただ誰も妖精姫と踊ろうとしないだけ」
「それは、踊るなってことなんじゃ…」
「細かいことは良いでしょ。さ、一緒に踊りましょ」
ティファはセイに右手を差し出した。
セイは周囲を見ると特に誰も文句を言おうとする者はおらず、弦楽団も演奏を始めるため指揮者が指揮棒を振るう。
「はぁ、分かったよ」
セイがティファの手をとったのと同時に演奏が始まった。
二人は軽やかにステップを刻み、優雅に踊る。
周囲の魔力が色とりどりに輝き、精霊たちがはしゃぎ回る。
舞台が幻想的な光に包まれ、集まっている人々は舞台上で踊る二人に視線が吸い込まれそうになる。
「何とも皮肉なものだな」
「何がだ」
この光景を眺めていたサノバが隣にいるレイスへと話しかけた。
「“世界に絶望した特異点”である二人が世界そのものといっても過言ではない精霊様たちに祝福されているのがな」
「……」
サノバはそれだけ言うとまた無言で舞台を見る。
二人は見事な踊りは見る者を魅了させていく。
「本当に初めて?」
「初めてだよ。前見た時の踊り方を真似してるだけだからさ」
「また、でたらめな」
二人は互いに息を合わせる。
「ねぇ」
「ん?」
「ありがとう」
ティファは恥ずかしそうにお礼を述べた。
「別に僕は何もしてないよ。乗り越えたのは君自身さ」
「そんなことない。あなたが、セイがいなかったらきっと今頃私は絶望に身を堕としていた。だけどセイの言葉で戻ってこられたのは本当の事、だから、ありがとう」
もう過去に縛られる必要はない。だからといって責任がなくなるわけではない。しかし、今のティファにはその責任に押しつぶされることのない強い意志がある。これから何があろうとティファは折れない。
「そうかい、どういたしまして」
「ふふ、ほらもっと楽しく踊りましょう」
「これは儀式だろう。楽しむも何もないんじゃないか」
「いいの。お祭りなんだから楽しんだもん勝ちよ」
心の闇は晴れた。
希望の光が射す。
「さ、踊りましょ」
ティファは、晴れ晴れとした咲きほこるような笑みを浮かべるのだった。
これにて第五章は終わりとなります。ティファについてだいぶ明らかになりましたね。次回からは第六章に入っていこうと思います。まだ明らかではない部分も多いですかどうぞお付き合いください。
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