第百三話 六年後
ティファが妖精姫となって六年が経過した。
エルフの里は以前にも増して活気づいていた。ティファという妖精姫が生まれたことによって精霊たちがとても協力的になり里の農業、林業、水産業が栄えた。それに加え農作業などの時間が短縮し娯楽に費やす時間を増やすことができたのも要因の一つだろう。
だが、それだけではここまで活気づきはしない。
里のいたる所では珍しく出店が立ち並びお祭り状態だ。
「うわぁ、すごい、すごい、見てお兄ちゃんこんなにたくさんのお店が並んでる」
「そんなにはしゃぐと転ぶぞ」
「もう、お兄ちゃんたら、私もう十歳だよ」
頬を膨らましそう言った少女はティファだ。
身長が伸び、美しい銀色の髪も肩にかかるくらいまで伸ばしている。そして何よりも変化が分かるのはその美貌、まだ十歳ながらエルフの中でもダントツの美しさを持ちながらもいつも見せる笑顔は子供らしくとても可愛らしい。そのため里のエルフたちには妖精姫としてだけでなくティファというエルフ本人に心酔する者も出てきているとか
そんなティファを後ろから注意する少年はディンフィーだ。
この六年で一番変わったのはディンフィーかもしれない。ディンフィーは今年で十四、身長はすでに180近くあり少年というより美青年といった印象だ。細身の体だが少し目を凝らすとその肉体が繊細な筋肉で覆われてることが見て取れる。
「まだ十歳だろ」
「むぅ、ならお兄ちゃんは楽しくないの」
そんなディンフィーの呆れた言葉にティファが頬を膨らませた。
ディンフィーもそう聞かれると決して浮かれていないわけではない。それよりも彼の心の中は緊張でいっぱいだった。
それに気が付いたティファがいたずらっ子のような笑みを浮かべてディンフィーの顔色を窺った。
「もしかしてお兄ちゃん緊張してる?」
「う……」
「ふふん、お兄ちゃんって本当に分かりやすいよね」
ディンフィーが表情を歪めるとティファは勝ち誇るように笑みを浮かべた。
「仕方ないだろ。妖精大祭でお前の守り人を決める大会に出るんだから」
そう、今この里がここまで盛り上がっているのは妖精姫の守り人を決める武闘大会が行われるからだ。出場資格は男女問わず、腕に自信のある者なら誰でも構わないというものだった。そのため里中の腕に自信のあるエルフがティファの守り人になろうと沸き上がっているのだ。
ディンフィーは元々この大会に出るつもりはなかったのだがティファが守り人はディンフィーがいいと駄々をこねたせいで強制的に参加する羽目になったのだ。
「もしかして、嫌だった」
そう少し悲しそうにつぶやくティファにディンフィーはフッと笑みを浮かべその大きくなった手でティファの頭を乱雑に撫でまわす。
「そんなことないさ。俺も自分の実力を知るチャンスだしな。ありがとな」
「えへへ~」
ディンフィーの温かな言葉にティファが照れ臭そうに微笑んだ。
「あ、でも負けちゃだめだよ。守り人は本当にお兄ちゃんがいいんだから」
表情を戻し注意するようにそんなことを言った。ティファの目は本気だ。
「ああ、分かってるよ」
「本当に分かってる?」
ディンフィーは受け流すように答えた。ティファの願いをかなえてやりたいという気持ちもあるが自分が優勝できるとは思っていない。ティファのような特別な力もなければ純粋な剣技や魔法と言った力も頑張っても中の上くらいだろう。
そこが負い目に感じこの六年間でもやもやを多く抱えることになったがディンフィーはそれを見て見ぬふりをし続けている。
「お~い」
ふと、出店の先から二人を呼ぶ声が聞こえた。
二人がその声の方を振り向くと一人のエルフの少年がこちらへと走ってきていた。
「ランティか」
走ってきた少年はランティだ。
ランティもまたこの六年で成長していた。短く切り揃えられた白髪に爽やかな表情、腰には剣を携えており、凛とした印象はまるで騎士のようだった。実際ランティは騎士のような存在に憧れていた。
「よぉ、ディン」
「お前、今日は座学じゃなかったのか」
「そんなもん、抜け出したに決まってんじゃん」
ランティは週に二度、族長の息子としてこの里を支えるための色々なことを勉強している。しかしランティには座学が苦痛に感じこうして時折、抜け出してきているのだ。
「こんにちは」
「お、おう」
ティファがランティに挨拶をするとランティが少しどもる。
そんな動揺をディンフィーは見逃さない。というよりここ最近こうしてティファを目の前にするとランティはこうしてどもってしまうため、嫌でも目についてしまう。
「はぁ、お前なぁ、まだティファは10歳だぞ」
「ナニヲイッテルカワカラナイ」
ランティは逃げるように視線をそらした。
図星だ。ランティはここ最近ティファのことを異性としてみている。妹が誰かに好かれるのは嬉しいがまだ10歳なのだ。ディンフィーは複雑な気持ちになってしまう。
「ティファがいいっていうなら構わないが、もしそうなっても父さんに殺される覚悟をしといたほうがいいぞ」
「………」
ランティはそうなることを想像したのか少し顔を青くさせる。
ティファとディンフィーの父レイスはこの里で知らない者がいないほどの筋金入りの子煩悩だ。実際、二人がここまで大きくなった今でも出かける際には必ず大丈夫か声をかけ、変な虫が寄り付かないように目を常に光らせている。
まぁそのほとんどが物理的にモナによって止められているのだが、愛娘に男ができたと知れば確実にその男を確実に殺そうとするだろう。
「まぁ、もしもの時はって話だ。実際ティファはそう言うのに興味なさそうだからな」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!あっちにアユの塩焼き売ってるよ!」
「ほらな」
ティファは、今はまだ花より団子といった感じだ。
今もディンフィーの手を握り一緒に出店の方へ行こうとしてる。
「何してるの。早く行こうよ」
「ああ」
「お、俺もついてくぞ」
「おや、いつからあんたは勉強せずに遊べるほど偉くなったんだい」
三人の後ろから聞きなじみのある声が聞こえてきた。
振り向くとそこには腕を組みにこやかに立っているスラの姿が
「お婆ちゃん!」
スラの姿を見た瞬間ティファはディンフィーの手を離しスラの胸へと飛び込んだ。
「ティファ、飛び込んだら危ないだろう」
「えへへ、だってお婆ちゃんがいたから」
ティファは妖精姫になった一件でスラと話す機会が増え少しずつ懐いていったのだ。血がつながってないがティファはスラをお婆ちゃんと呼び本物の祖母のように慕っている。スラは最初、年寄り扱いされるのは気にくわなかったがティファの笑顔を見てすぐに陥落し今ではこうしてとてもティファを可愛がっているのだ。
「お婆ちゃんはどうしてここに」
「ああ、そうだったね。でもこのままティファと出店を回るのも悪くないかもね」
「スラさん、冗談言ってないで手伝ってください」
「げ」
スラの言葉に後ろから疲れたように声を漏らす男性が歩いてきた。この里の族長サノバだ。ランティはその姿を見た瞬間、雲隠れしようとしそっと後ずさりしていく。
「ランティ」
サノバに睨まれランティは動きを止めた。
「冗談を言ったつもりはないさ」
「依頼した身で言うのもあれですが、ちゃんと働いてください」
「はぁ、すまんね。お婆ちゃんこれから仕事なんだ。出店回りはまた今度でいいかい」
「うん」
スラはティファの頭を一度優しくなでると離れる。
「ランティ、ティファとの時間を奪ったんだ。ちゃっちゃと済ませるよ」
スラはランティの首根っこを掴み連れて行こうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください。どうしてスラさんが俺の事連れて行こうとするんですか」
「お前が頻繁に抜け出すんでな。スラさんに教師を頼んだのだ」
「………終わった」
サノバの説明を理解したランティは一気に絶望する。
スラが教師になるということはもう二度と抜け出すことは不可能、それだけでなくティファとの時間を奪ってしまった今、確実に憂さ晴らしのために厳しくされる。
「馬鹿なこと言ってないでさっさと行くよ。ティファじゃあね」
「頑張ってね」
ティファの声援に心を打たれながらランティを引きずりスラは族長の家へと戻っていった。
「それじゃあ、行こう。お兄ちゃん」
「ああ」
兄妹は仲良く目的の出店へと向かうのだった。




