第百話 ウンディーネ
天から大粒の雨がストライクボアへと降り注ぐ。雨粒は凄まじい勢いで落ちてきており空気の抵抗からか鋭い槍のような形に変わっている。
槍の如き雨粒は、いとも簡単にストライクボアの体を貫いていく。
「ブ……」
ストライクボアは叫び声をあげる暇なくその命を失った。しかし雨は今もなおストライクボアの死体へと降り注いでいる。死体に鞭打つ魔法、それを見ていた二人は精霊への恐怖が増していく。
ストライクボアの下の地面が抉れていき段々とストライクボアの死体が地面に沈んでいく。そしてそのまま地面の下へと死体は埋まった。
「ふぅ、これでよし」
「ウンディーネちゃん、何も見えないよ~」
ティファの周りには水が滝のように流れており内側から出は外が見えないようになっていた。そのためティファには一切ストライクボアの無残な死体が見えなかった。
この死体打ちはティファに残酷なこの光景を見せないためのウンディーネなりの配慮だったと理解した時二人の恐怖は信仰心へと変わっていった。
「ああ、ごめんね」
ウンディーネはそう言うと空一面に広がっていた暗雲が嘘のように一瞬にして消え去った。それと同時に振っていた雨も止む。
「あれ?あの魔物は」
「お話したらどっか行っちゃった」
「そっか~」
ティファはウンディーネが嘘をついていると知らずにニコニコしながら会話する。
「お兄ちゃんたち何してるの?」
そんなティファが視線を向けたのは呆然としている兄とランティの姿があった。
二人は、目の前にいる存在がまだ信じることができない。
肩までかかるくらいに伸ばされたウェーブのかかった青色の髪に大海のように深い青色の瞳、子供っぽい口調とは裏腹にその姿は少し色っぽい、すらぁっとした引き締まった体にドレスのような服の隙間から少し見える平均を少し上回るくらいの胸が見える。
そして何よりも二人を呆然とさせてしまうのはその精霊独特の神秘的な雰囲気だった。
「たぶん私に見惚れちゃってるんだよ」
「ウンディーネちゃん綺麗だもんね」
「でしょでしょ」
ウンディーネの自画自賛にティファは無垢な笑みを見せ賛同する。
「てぃ、ティファ、そのお方が誰か分かってるの」
ランティが正気を取り戻し恐る恐る聞いた。
「え?ウンディーネちゃんはウンディーネちゃんだよ」
「その方は水の大精霊様だぞ」
「みずのだいせいれい?」
ディンフィーの答えにティファは首をかしげる。ティファはついさっき知り合った友達のような感覚なのだろう。
「ウンディーネちゃんはみずのだいせいれいなの」
「うん、みんなからそう呼ばれてるよ」
「それってすごいの」
「さぁ?」
ウンディーネは自分がどれほどの存在か理解していないようだ。
「ま、そんなことどうでもいいじゃん」
「そうだね」
大精霊と何の躊躇もなく友達とおしゃべりするように話すティファに二人は動揺を隠せないでいた。
こんな会話を里の大人たちが聞けば卒倒してしまうだろう。
「そう言えばティファちゃんはこんなところに何しに来たの?はっきり言ってここはティファちゃんみたいな子供達だけで来ていい場所じゃないと思うんだけど」
「冒険しに来たの」
「冒険?……ああ、そういうことだね。だけどこれからは子供だけでここまで来たらだめだよ」
「分かった」
ティファは本当に分かってるのか分からないが元気よく返事をした。
「分かったらそろそろ帰った方がいいよ。お母さんたちが心配するよ」
「うん、お兄ちゃん帰ろう」
「あ、ああ」
ウンディーネに諭され冒険を終わりにすると言い出したティファにまだ頭の整理が追いついていないディンフィーが少し動揺しながら頷いた。
「じゃあまたね」
そのウンディーネの言葉にティファが固まった。
「どうしたの?」
急に動きを止めたティファに訝しげに首をかしげる。
するとティファの目ガウルッと
「ウンディーネちゃんは一緒に来てくれないの」
今にも泣きだしてしまいそうなティファの声と寂しげな瞳が何もしていないはずのウンディーネの心に罪悪感を植え付けていく。
「ああ、ご、ごめんね。ほら、こ、これ食べる?」
ウンディーネはティファを泣かせまいと必死だ。ウンディーネが後で食べようと考えていた赤く熟れたイチゴをティファへと渡した。
「たべる」
ティファは潤んだ瞳を服の袖で拭き、イチゴを受け取った。ティファはそのイチゴをちびちびと食べていく。
「おいしい」
「よかった」
ウンディーネはホッと胸をなでおろす。
大精霊相手にここまで主導権を握るティファに少し離れたところで見ていた二人は戦慄してしまう。
少し落ち着いたティファはウンディーネを見て一言
「一緒に来てくれる?」
「もちろんだよ」
「やった!」
ティファはパァっと表情をこれでもかと明るくしウンディーネへと抱き着いた。
そんなティファをウンディーネは優しく抱き締め返す。
「どうしようディン」
「俺にはもうどうすることもできない」
「お前の妹だろ」
「自分の妹が大精霊と仲良くしてるなんて想像できるわけないじゃん、ああ、もう頭がやばい」
ディンフィーはすでに頭がパンクしていた。
「帰ろう」
「あ、ちょっと待って」
ティファが歩いてきた道を戻ろうとするとウンディーネに待ったをかけられる。どうしたのだろうとティファが振り向くとウンディーネがニヤリといたずらを企む子供のような笑みを浮かべていたのだ。
「ティファちゃんはドラゴンって見たことある?」
「どらごん?」
「見たことないんだね。ならちょっと待ってね」
そう言うとウンディーネが周囲の魔力を集め始める。
魔力は水へと変換され、水がドラゴンの形を作っていく。それがだんだん大きくなっていく。
「できた」
出来上がったドラゴンは蛇のように長い体に蝙蝠のような凹凸のある翼、顔には鋭い二つの目に、鋭い牙が見える。
「おぉ、かっこいい~」
「ふふん、でしょでしょ、他にもここをこうして」
ティファはそのドラゴンを見て目をキラキラさせる。それに気をよくしたウンディーネはさらに魔改造をしていく。
翼が増えたり、頭の数が増えたり、足を増やしたりなど段々と普通のドラゴンからかけ離れていく。それだけならまだましなのだが途中からティファが意見を言い出し、ウサギの耳やら蝶の羽やらもはや別な生物からパーツを取ってくるという奇行に走り始めてしまう。
それを見てはディンフィーの精神をごりごりと削っていく。“ティファが、ティファが…”と呟き兄として妹の将来が心配になってしまう。
「こんな感じかな」
ウンディーネが満足そうに完成した化け物を見上げた。
蛇のような体は健在だが、それ以外が別物になっていた。体からは明らかにおかしいストライクボアのような屈強な足が四本生えており、背中部分には蝙蝠のような翼が四翼に加え鳥のような羽のついた翼が二翼、さらには何故かサメの尾ひれのようなものが一つついていた。
そして極めつけはなんと言っても頭部、三つ首に分かれておりそれぞれ特徴的な頭をしている。一つ目はライオンのような頭に一本角が生えている。右側の頭は獰猛な表情をしたドラゴンだった。牙がむき出しになり目つきがとても鋭い、そして最後の真ん中の頭部にいたってはもう意味が分からない。丸い頭に目なのか二本の線が入っている。そこにウサギのような可愛らしい耳にとさかがついていた。
まさしく化け物
「すごい!すごい!」
「ふふん、これに乗って行きましょう」
「行こう行こう!」
ティファはウンディーネに持ち上げられ化け物の背中に乗った。
「つめた~い」
化け物の背中はとてもひんやりしていてぽよぽよしていた。
「お兄ちゃんたちも早く乗って~」
ティファが呼ぶも二人はただ唖然と化け物を見つめていた。
「?」
「う~ん、とりあえず乗せちゃう」
ウンディーネは二人の周りに水を出し二人を包み込んだ。呆けていた二人は突然の出来事に驚き目を見開くが一切抵抗できずされるがままに水ごと化け物の背中に乗せられた。
「それじゃあ行こう」
「いこ~」
ウンディーネの掛け声にティファは元気よく返す。
「は、ははは」
「ディン、ディン!」
ついにディンフィーが壊れ笑い始めた。
化け物は三人とウンディーネを乗せて里へ向けて飛び立った。




