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円環の魔道王~勇者が死に僕は300年後へと消える~  作者: MTU
第五章 妖精の円舞曲
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第九十八話 悲劇の幕開け

 これは300年以上前、エルフの兄妹に起きた悲劇の物語

 

 エルフの里はいつも以上に静けさに包まれていた。それもそのはず季節は冬真っただ中、外はとても寒く着こまなくては歩けないほどだ。空には暗雲がたちこみ、しんしんと白い雪が見渡す限り降っており、さらに外出の意欲を無くさせる。

 そんな誰もが自ら動こうとしない日にたった一軒だけ慌ただしい雰囲気に包まれていた。

 暖炉の火がバチバチと音をたて、不思議な温かさ広がる部屋には数人のエルフたちが慌ただしく動いていた。

 

「うぅ、あ!」


 ベッドの上で痛みを我慢し力むような声を漏らしたのはモナだ。その小さな体に似合わずお腹を大きくさせていた。

 

「大丈夫だからね」

「す、スラ先生、本当にモナは大丈夫なのか」


 そんな慌ただしく出産の準備を進めている中、何もしていないのに誰よりも慌てている人物はレイスだ。その腕の中にはぐっすりと眠っている4歳くらいの男の子を抱えている。

 

「うるさいね、出産は二度目だろ、何をそんなに慌ててやがる」


 レイスの心配を鬱陶しそうに聞くのはエルフの里の医者スラだ。スラはこの里一番の医者として有名で大抵の病気や怪我は簡単に治してしまう。そして何よりもその技術は多岐にわたっておりこうして出産の手伝いもできるのだ。

 

「い、いやしかし、もしもの時があるだろ、ほ、ほら」

「レイス、うるさい」

「はい……」


 苦しんでいる妻からの叱責にレイスは素直に黙った。

 

「あんたらの力関係は変わんないね」


 二人の会話にスラは愉快そうに笑った。


「ほら、もうそろそろ時間だ。男は出てったでてった」

「あ、ちょっと、まだ心配が——」


 スラはモナの状態を少し診るともうそろそろ子どもが生まれてくると判断した。スラはレイスの肩を掴むと強制的に部屋から追い出した。

 

「さて、あんたたち準備は良いね」

「「はい」」


 スラの助手たちが返事をする。

 

「それじゃあ始めるよ」


—————数時間後

 

「ああ、まだか、まだなのか」


 レイスは部屋を追い出されてからずっと部屋の前をぶつぶつと呟きながら行ったり来たりしている。レイスの頭の中はモナと生まれてくる赤ちゃんの事でいっぱいだった。

 そんなレイスをおもちゃで遊びながら見ていた男の子が一言

 

「パパ、うっとうしい」

「⁉…でぃ、ディンフィーいったいどこでそんな言葉を覚えたんだ」


 男の子の名前はディンフィー・アロンテッド。今年で四歳になるモナとレイスの息子だ。両親譲りの銀髪に翡翠色の瞳、幼子とは思えないほど綺麗な顔立ちをしている。

 レイスはまだ四歳の息子に鬱陶しいといわれショックを受けながらもその理由を恐る恐る聞いた。

 

「ママが言ってた」


 ディンフィーは無邪気な笑みを浮かべながら積み木を積み上げていく。どうやらモナが言っていたことを真似していただけらしい

 

「意味が分かってるわけじゃないのか………ん?いいのか」 


 レイスは息子が本当にそう思ってるわけではないと知り安堵するが本当に安堵していいのか分からなくなってしまう。

 

「おぎゃぁ、あぎゃぁ」


 そんな風に一人葛藤していると部屋の中から赤ん坊の声が聞こえてきた。

 

「ディンフィー」

「あ」


 レイスはすぐに遊んでいたディンフィーを抱えると部屋の扉を勢いよく開けた。

 

「モナ!」

「うるさい!」

「ぎゃふ⁉」


 部屋に入った瞬間スラにディンフィーを取られたあげく思い切り殴られ部屋の端まで飛ばされる。

 

「な、何故殴ったんですか……」


 レイスが痛みで体を震わせながらも執念で立ち上がった。

 

「そんな勢いで入ってきたら生まれてきた子供がびっくりするだろう」

「いや、今私を殴った衝撃の方が驚くと思うんですが」

「あ?」


 レイスが反論するとスラはヤクザのような鋭い睨みをレイスに利かせた

 

「何でもありません」


 あまりの恐ろしさにレイスはすんなり引き下がった。

 そんな怖いスラに抱えられていたディンフィーは怯えることなくただ一点のみを見つめていた。それに気づいたスラはディンフィーを優しく一撫でする。

 

「ディンフィー、気になるかい」

「うん」


 スラはフッと優し気な笑みを浮かべるとベッドへと近づいた。

 

「モナ、この子の名前は決めたのかい」

「ティファ、この子の名前はティファにする」

「そうか、いい名だ」


 ベッドには母性に溢れた笑みを浮かべるモナと柔らかい白いタオルに体を包まれながら天使のような寝顔を浮かべる赤ん坊、ティファがいた。

 

「この子がお前の妹になるティファだ」

「妹?」

「ディン君は今日からお兄ちゃんなんだ」


 ディンフィーは兄という言葉に胸を高鳴らせ、ティファへと視線を移した。

 

「俺がお兄ちゃんのディンフィーだよ」


 ディンフィーは小さな手を必死に伸ばしティファに触れようとする。そんな微笑ましい光景にスラはゆっくりとディンフィーをティファへと近づけた。

 ディンフィーがティファの頬にそっと触れると一瞬表情を歪めたがすぐに口元を緩めぐっすり眠った。

 

「ふふ、ティファちゃんもディン君の事が好きみたいだね」


 この部屋にいるエルフたちが皆、兄弟のやり取りに微笑ましくなる。

 

 このときは誰もが将来この兄弟が過酷な運命をたどるとは思いもしなかったのだ。



~~~~~


 それから4年後

 雲一つない快晴の空、里のエルフたちはそれぞれ自分たちの仕事をしている。

 そんな中耳にかかるくらいまで切られた銀色の髪を揺らしながら目の前を歩く存在を追いかける小さなエルフが一人


「お兄ちゃん、待ってよ!」


 そう言って必死に小さな歩幅で走る女の子ティファだ。

 

「分かったからそんなに急ぐな。危ないぞ」


 そしてそんなティファを待っているのは少し成長したディンフィーだ。ディンフィーはティファを心配し足を止め待つ。

 

「お前、本当にティファに甘いよな」

「そんなの兄なんだから当然だろ」

「俺もお前みたいな兄妹思いの兄が欲しかったよ」


 ディンフィーの横で羨ましそうにそう発したのはまだ幼いランティだった。ランティはディンフィーと同い年でこうして身分に関係なく対等な友人として毎日のように遊んでいた。

 

「レノバさんは違うのか」

「もちろん、あの糞兄貴、すこ~し勉強ができるからって俺をすぐ見下してくるんだ。まあ、この前、剣技でまかしてやったけどな」


 ふふんと鼻を鳴らしながら自慢げにランティは語る。ランティとレノバは兄弟だがその仲は決して良好とは言えずレノバが一方的にランティのことを見下しているのだ。

 

「お前レノバさんに勝ったのかよ」

「ああ、こうやってコテンパンにしてやったさ」


 ランティはその場で剣を振るう真似をしてレノバを倒した時のことを再現して見せる。ランティはこの歳ですでに剣士としての才能を見せていた。学問のレノバ、武術のランティ、この二人のどちらが次期族長になるのかとこの里の権力者たちは興味津々なのだ。

 しかし、そんな事ランティにはどうでもよかった。ランティはただ平穏に暮らせればそれでいいという思想の持ち主だった。

 

「お兄ちゃん、あ」


 ティファは満面の笑みを浮かべながら走ってきていた。やっと追いつくことができスピードを落とそうとしたのだが誤って地面に転がっていた小石に躓いてしまう。

 

「おっと、だから危ないって言ったのに」

「えへへ」


 ディンフィーはティファをそっと受け止めると注意する。しかし、ティファはというと転んだというのに嬉しそうにディンフィーの顔を見上げた。

 

「ほら、もう自分で動けるだろ」

「うん、今日は何するの」


 ティファはディンフィーから離れると目を輝かせながら二人に聞いた。

 

「まぁ、いつも通り川に行って釣りでもするか、家でトランプするかのどっちかだな」

「なら釣りしよう!」


 ティファは元気よくそう答える。

 ディンフィーもそれでいいと思いランティに視線を向けると何故か不敵な笑みを浮かべていた。

 

「そんないつもの遊びは飽きただろ」

「いや別に」

「ね~、早く釣りしに行こうよ」


 ディンフィーには否定されティファには話すら聞いてもらえない。

 

「く、飽きただろ」

「え~」

「ここはうんって言っとけ」

「ぶ~、うん」


 兄妹に気を使われランティの不敵な笑みが引きつってしまう。しかし、ここでめげるわけにはいかないと自分を鼓舞しランティは話を続ける。

 

「なら、冒険に行かないか」

「冒険?」


 兄妹の疑問の声が重なりランティは調子を取り戻すのだった。


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