ヒロイン?
三人で後ろを振り返る。
ピンク色の髪で、全体的にフワフワした感じの少女が立っていた。黄緑がかった瞳は大きくてクリクリしている。間違いない、ヒロインだ。
「カプアート嬢……」
ミケーレ様の顔が無表情になってしまう。どうやらまだ恋愛モードにはなっていないようだ。
「ミケーレ様、放課後にカフェでお茶しましょうって言ったじゃないですか?」
パタパタと走ってきた彼女は、捕まえたとばかりにミケーレ様の服の裾をしっかり握った。ミケーレ様の眉間にしわが寄る。
「断ったけどね」
「そんな……寂しいじゃないですか」
両手で服の裾を掴み、上目遣いでミケーレ様を見上げるヒロイン。あざとかわいいというやつだ。ミケーレ様には通用しないようだが。
「君なら他に喜んで一緒に過ごしてくれる人がいるだろう。何故僕に構うんだ?僕はこれから剣の稽古があるから、ここで失礼するよ」
掴まれていた服の裾を引いて、そそくさと立ち去ろうとする。
「ヴィヴィアーナ殿下、エルダ様、また」
彼は自分の馬車を見つけて走り去って行った。
「ふふ、照れ屋さんなんだから……」
ぼそりと呟いた彼女は、急にこちらを向いた。
「ねえ、ヴィヴィアーナ様。ミケーレ様と何の話をしていたのですか?」
拗ねたような表情で殿下を見る。
「ご令嬢、何故称号をつけずに呼んでいらっしゃるのか聞いても?」
ゲームの中のヒロインと、明らかに違うキャラ性に何故だかイラついた。
「エルダ、いいのよ」
私を止めたのは殿下だった。
「ですが」
「カプアート嬢はね、ここに入る前はずっと市井で過ごしていらっしゃったのですって。カプアート男爵家のお子であることがわかって、男爵家に入ってまだ日が浅いの。だから貴族のルールはわからない事が多いのですって。だから見逃して、ね」
「ヴィヴィアーナ殿下がそれでいいと言うなら、私は沈黙いたしましょう」
いい子過ぎる。無意識に侮辱しているような気もするが……可愛いからいい。
「ミケーレ様とはエルダの紹介と、剣の稽古の話をしていたんです」
ニコリと笑顔の殿下。
「あら、そうなんですか?ならいいですわ」
挨拶もなく立ち去って行った。あれでヒロイン?性格悪そうじゃないか?ゲームとは違うのだと理解はしても、なんだか納得出来ない。
「エルダ、私たちも帰りましょう」
殿下の声で、思考の波に落ちそうになるのを堪えた。
殿下の護衛の任務を終え、自宅に帰ろうと城内を歩いていると、正面から見知った顔が現れた。
「エルダ嬢、護衛は終わりなのですか?」
低く落ち着いた声で話しかけてきた男は、私との距離を詰める。昼間に見た銀色と同じ色の髪。こちらは肩甲骨が隠れる程長く伸ばした髪を、後ろで一つに緩く結っている。深い緑の瞳は私から目を逸らさない。
「はい。これから帰る所です。ベニート様はまだお仕事中ですか?」
抱えている書類に目を向ける。
「ええ、まだ少しかかりますね」
「そうですか。お疲れ様でございます」
彼はベニート・ラウレリーニ。現宰相殿であるラウレリーニ公爵の息子であり、ミケーレ様の兄上だ。宰相補佐として父君である宰相殿の下で仕事をしている。
「貴女との食事の約束、なかなか果たせなくて心苦しい限りです」
眉を下げながら残念そうに言うが、私としては別に果たされなくてもいい約束だ。以前から何かと私を構うこの男は、私が副団長になった事を祝うと私の了承なしに決めていたのだが、多忙で実行に至っていない。
「お忙しいのですから仕方ありません。私としてはもう反故にしてくれていいとさえ思っていますし」
「そうやって私を悲しませようとするのですね。寂しい限りです。貴女の祝いは、必ずしますから」
今でさえ距離が近いというのに、更に近づいてきて私の顎に書類を持っていない方の手で触れた。
「貴女の事をいつも考えているのですよ。その強い眼差しを蕩けさせてみたいとね。」
彼は攻略対象者の一人なのだが、どうもゲームよりキャラが突出している。そして目下、標的となっているのは私。なんでだ?ヒロインと出会うまでの暇つぶしか?
「またちょっかいをかけているのか?」
背後から腹に腕を回される。ベニート様から離れたのはいいが、今度は背後の男の懐に入ってしまった。