そして皆、ハッピーエンド
ベニート様は、相変わらずだ。私を見ればちょっかいをかけてくる。
「ふふふ、私は本気ですよ。殿下の物になったとしても私の想いは変わりません。実は今、美しい檻を製作中でしてね。出来上がったら是非、我が家にご招待しますからね」
どこまで本気なのかわからず、やはり翻弄されてしまう。多分、いつか兄に斬られるだろうと思う。
その兄は、実は隣国の第一王女から縁談の話が来ているのだ。第一王女は、王女ながらに騎士団に入っているという、中々の強者らしく、この国に来た時に兄の強さに惚れ込んだらしいのだ。
兄は、のらりくらりと躱し続けていたが、来月のヴィヴィアーナ殿下の婚約式に第一王女がやって来るらしく、そろそろ逃げ切れないのではと思っている。私としては大歓迎だ。我が国に来た際には、是非、手合わせをお願いしようと思っている。
決して、ブラコンを拗らせている訳ではない……はずだ。コテンパンにしてやろうなんて思っていない……と思う。
そして私と殿下はというと……
「もうキスだけじゃ我慢出来ん。食わせろ」
「嫌だ」
「なんでだ?エルダも私を愛しているのだろう?」
「ん?そんな事、言った覚えはないが?」
「え?」
『あ、固まった』
こんなやり取りばかりしている。もう最近は面倒で、すっかり敬語を使う事をやめている。
「エルダ。私はエルダを愛している。それはわかってくれるか?」
「ああ、わかっている」
「ではエルダは?」
「私も同じだ」
「愛しているんだな」
「気に入っている」
「……」
また固まった。
「結婚してくれるんだよな」
今度は違う角度から攻めてきた。
「ああ、父様の許可が出たらな」
「くっ」
ぐうの音も出なくなる殿下。
「あの狸、自分から一本取れとか言いやがって。エッツィオでさえ大変なのに、あの化け物からどうやって一本取ればいいんだ」
そうなのだ。父様が頑として首を縦に振らない。どうやら本気で、私を嫁がせるつもりはないようだ。何度もめげずに頭を下げた殿下に突き付けた条件が、自分から一本取れという事だった。
「ふふふ、兄様から取れるようになったんだ。父様から取れる日もそう遠くはないだろう」
「楽しそうだな」
「ああ、ヴァレンティーノ殿下が、強くなっていくのが嬉しい。私も負けていられないと思う」
「それは喜んでいいのか?なんだか腑に落ちないのだが」
「勿論、喜んでくれていい。期待しているんだ。父様から一本取る殿下を」
「そうか……ならば、頑張るしかないな」
執務室にあるテラスで、夜風に当たりながらワインを飲む。兄は文句を言いながらも、私たちを二人きりにしてくれたのだ。
「綺麗だ」
今夜は満月だ。青白く輝く月のなんと艶めかしい事か。
「ああ、本当にな」
「ヴァレンティーノ殿下。こちらではない。月だ」
「私はこちらを見ていたい」
ニヤリと笑った顔は正に魔王。首筋がザワザワしてしまう。どうやら私はこちらの表情もたまらなく好きらしい。
「早くエルダを私のものにしたい」
「それしかないのか?」
「それはそうだろう。惚れた女を抱きたいと思うのは当然の事だ」
「どうだか。誰彼構わず相手をしていた事を忘れたのか?」
「それは昔の話だろう。私はある時から変わったんだ」
そう言えば、兄様がそんな事を言っていたな。
「ある時とは?」
「ああ、4年前にな。アイスブルーの女神を見つけたんだ」
「え?」
思わず殿下の顔をマジマジと見つめてしまう。
「白にアイスブルーのレースを重ね掛けした、美しいドレスを身に纏ったデビュタントだった。あまりに美し過ぎて、本当はダンスに誘いたかったのに、当時の自分は穢れ過ぎていて声を掛けられなかった。後悔したよ。
だが、その翌週に騎士服を着た女神を見た時は、美しさに鳥肌が立った。それから私は誓ったんだ。彼女に相応しくなれるような男になろうとな」
「それは……知らなかった」
大分昔から、私は殿下に愛されていたらしい。胸がギュッとなる。私の変化に気付いたらしい殿下がまたもや魔王の笑みを見せた。
なんだか悔しくなった私は、殿下の胸倉を掴むとグイっと引いた。
「ん!」
私からのキスに驚いた殿下は、目を見開いたまま受け入れた。
「初めてエルダからされた……」
感動で震えている。
「ふふ、今はこれで堪えてくれ」
「はああ。私はこのまま、一生エルダに翻弄され続けるのだろうな」
そう言って、優しく笑った殿下は、今度は自分から私にキスをした。




