理想は父様？
叫んだ男が、その顔のまま地に沈んだ。
「全く。人の屋敷の前でうるさいぞ」
「父様！」
男をやったのは仕事から戻った父だった。相変わらず、父の気配は察知できない。私もまだまだだと痛感させられてしまう。
「何なのだ？この下品な奴らは？」
「私のドレスを引き裂いて、ヤッてしまおうとしている連中」
「ほお」
父の魔力が高まった。これは一撃必殺だ。私は慌てて木の上に飛んだ。
「おまえらは私の娘を手籠めにしようとしている、それで間違いはないか？」
「へへ、そうですよお。お父さんは、そこで見学でもしますかあ？」
バカにした物言いで父に返事をしている。あの一撃で父の実力を測れないとは。
「せっかくだ、見学させてもらおう……お前らが一気に倒れる無様な姿をな」
言い終わった途端、父は光を帯びた魔力を地面に叩き込んだ。そのまま地に潜った魔力は彼らめがけて地面から飛び出した。大きな雷となって。
「はっはは。一体どこ」
言葉が続く事はなく、バリバリと音を立てて男たちは皆、倒れてしまった。
「父様、殺してしまったの？」
「いや、ギリギリ生きている。放って置けば死ぬが」
「もう。そんなに怒らなくていいのに。私がやられるわけがない」
「それでもだ。娘を貶めるような事を言う奴らに生きている資格はない」
父は伝令魔法で、男たちを城の地下牢へまとめて入れておけと伝えた。そしてそのまま彼らを放置して、私の肩を抱いて屋敷へと入って行った。
「あっはははは」
王太子殿下の執務室。物凄く笑っているのは殿下だ。
「流石としか言いようがないな」
「本当に。エッツィオも恐ろしいほど強いですが、公爵は更にその上ですね」
ベニート様もちょっと興奮気味だ。
「父の雷魔法は、誰にも負けない力を誇っていますから。そうじゃなくても雷は操作が難しいんです。ホント、全知全能の神ゼウスの如く、ですよ」
「それで？黒幕は？」
「貴族の坊ちゃんと嬢ちゃん。それだけしかわからなかった。おまえたちがいたレストランにいたらしい。おまえたちが出たのを確認して指示を出したようだ」
「でしょうね。まあ、黒幕はもう分かっているでしょう。あとは証拠を掴むだけですが……先程から気になっていたのですが、エルダはどうしたんです？」
「ああ、久々に父の実戦を見て、呆けているんだ。な、エルダ」
「え？兄様、何か言った？」
「呆けているぞって言ったんだ」
「ああ。やっぱり父様のような人がいいと思って」
「え？」
「はい？」
私の言葉にキョトンとした殿下とベニート様。兄は溜息を吐いた。
「父上のような人はそういないぞ」
「ですよね。強いて言えばエッツィオですが……ねえ」
「妹の事は愛しているが、流石にそういう愛ではないからな」
「エルダ」
殿下に呼ばれる。
「はい」
「エルダはウルヴァリーニ公爵のような人物が理想なのか？」
「はい！やはり、目指すなら父様のような強さですね」
「……え？」
三人が首を傾げている。何か変な事を言っただろうか？
「エルダは父上のようになりたい、そう言っているのか？」
「そうですよ。父様のあの雷撃は素晴らしいです。やはり雷の操作を練習しないと」
「父様のような人がいい、と言っていたのはそういう事？」
「公爵のような人物が理想の男性という事ではないのか？」
「そうですよ。一体なんなのですか？三人で呆けた顔をして」
三人のちょっと面白い表情を見ていると、執務室の扉がノックされた。兄が開けると何やら数回の言葉のやり取りの後、白い封書を受け取っていた。蝋封されている。
「一体なんだ？」
殿下が受け取ろうとするが、兄からは意外な言葉が飛び出した。
「殿下ではない。エルダ宛だ、学園から」
