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動揺

「いいから」

本気で兄を殴りたいと思った。塞ぐことの出来なかった耳は、一つも漏らさず彼らの会話を拾う。


「ああ、彼女は誰よりも美しい。しかも美しいだけではない。強さは鬼神の如く。そのくせ意外に脆い所もあってな。凛として頭もいいくせに鈍感で……私や他の男たちの気持ちになど全く気付かない。小さな鳥と会話していた時は、可愛らしくてどうにかなりそうだった」


その女性を思い浮かべているのだろう。何とも言えない優しい表情をした殿下。私の心臓がギュウッと誰かに掴まれた気がした。あんな顔をさせる女性がいるなんて……


「愛されているな」

兄が悪戯っぽく言った。

「そのようだな」

涙が頬を伝った。自分でも何故泣くのかわからない。


「エルダ?……もしかしてわかってないのか?」

「何が?殿下に想い人がいるという事だろう。十分にわかった」

次から次へと流れる涙を、拭く事すら出来ずにいた私の頭を兄が撫でた。


「よく考えろ。殿下の言った女性像を思い浮かべてみろ」

「嫌だ。どうしてそんな事をしなくていけない?」

「エルダ。女で鬼神の如く強い奴とは?鳥に話しかけていたのは誰だ?」

「……」

「……」

「……私、か?」


向こうには聞こえないように、大きな溜息を吐いた兄。

「恐ろしいほどの鈍感っぷりだな。兄様は少しお前が心配になったよ」

「うっ」

返す言葉もない。涙は止まっていた。


殿下の言葉を聞いた女性は、わなわなと震えていた。

「よくも、私の前で。他の女の事を誉めるなんて……許せないわ」

ポケットから折り畳みナイフを取り出した女性。咄嗟に飛び出そうとする私の肩を兄が押さえる。

「まだだ」


ナイフを握りながら妖艶に笑う女性の表情に、肌が粟立つ。

「殿下。私はね、本当にあなたを愛していたの。あなたが他の女性を抱いても最後には私の元に来るって信じていた。なのに……ダメよ。私じゃないたった一人を愛するなんて。それは許されないわ。殿下を独り占めするのは私よ。あなたを殺して私も死ねば、あの世でずうっと一緒にいられるわ」

女性が殿下にめがけてナイフを振り上げた。しかし、簡単に弾かれる。


「貴様如きに私が殺せるとでも?冗談。ふざけるな!」

彼女は、ナイフを弾かれたのに笑っていた。

「ふふふ、私の手で殺してあげたかったけれど、やっぱりダメみたいね。なら仕方ないわよね……出てらっしゃい!」

彼女が叫んだと同時、私たちのいる方と逆の方から、複数の黒づくめの男たちが駆けてきた。


「行くぞ」

兄の声を合図に二人で飛び出す。殿下を守るように左右に立ち、刀を構えた。

「エルダ?」

殿下が不思議そうに私を見た。


「偶然通りかかったので」

なんとなく恥ずかしくてそれだけ言えば、ニヤついた兄がとんでもない事を言った。

「エルダも会話を聞いていましたから」

『兄様め、余計な事を』

チッと舌打ちすると、殿下の視線を感じた。ちらっと見れば私を驚いたような表情で見つめている。殿下の耳は、真っ赤になっていた。

「マジか」

殿下の呟きと同時に、男たちが襲い掛かってきた。


嬉々として敵をなぎ倒す兄。

「兄様!それでは死ぬぞ!」

「いいんだよ。数人残せば」

いや、よくないから。戦じゃないんだからそこまですんな。

「加減して!頼むから」

「つまらん」

「ホールケーキ作ってあげるから」

「よし、乗った。クリーム多めな」


緊張感のない会話の中でもきっちり敵を倒し、数分もしないうちに殲滅した。

「お前たち二人で、国をも落とせそうだな」

殿下が感嘆の声をあげた。もう耳は赤くなかった。兄と二人で拘束魔法をかけていると、視界の端で青い布が揺れたのが見えた。布の行方を目で追う。


そこには、いつの間にかはたき落とされていたナイフを掴んだ女性が、殿下の背後に近づいていた。殿下は兄の魔法を見ながら話していて気付いていない。

『クナイを出す時間がない』

相当動揺していたのだろう。クナイを出す時間がない訳がないのに、咄嗟に動いた身体は、真っ直ぐ殿下に向かった。彼を横から抱きしめた私の肩には、深々とナイフが刺さった。


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