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喧嘩

 流石に連続で、しかも履き慣れていない高いヒールの靴で踊り続けていたのだ。多少の疲労感は感じていた。


「疲れたか?」

「いえ、大丈夫です」

「ふっ、頑固者が」

存外優しい顔で私を見た王太子殿下に、私の心臓がギュッとなる。何故だかちょっと恥ずかしくなって顔を下げてしまう。


腰辺りにあった殿下の手が動いたと思ったら、スルッと背中に飾られているチェーンを撫でた。指先が背中に直に触れる。勝手にビクッと反応してしまう。

「!」

声にならない声を上げ、王太子殿下を睨みつければニヤリとされる。


「下を向くからだ。俺を見ていろ」

殿下の言葉に私の心がザワリとする。ザ・王子様という風体で、魔王のような物言い。本当にこの方はギャップがあり過ぎる。


そんな事を考えていると、ふいに名前を呼ばれた。

「エルダ」

「はい」

鮮やかな紫が私を見つめている。

「お前は美しいな」

「……」


「なんで何も言わない?」

王太子殿下の普通の誉め言葉に、何も言葉が出て来なかった。

「いえ、普通に誉めてくださったので驚いたというか……」

「ならば、もっと情熱的に誉めてやろうか?その場合、そのまま俺の寝室へ直行という事になるが」


「結構です」

「どうしてだ?俺が全てを教えてやるぞ」

背中がゾクッとした。それが怖かったからなのか、別の理由からなのかはわからない。そんな自分を誤魔化すように、笑顔で殿下の言葉を流す。


殿下のダンスも踊りやすかった。魔王っぽさは全くなく、王子らしく繊細にエスコートをしてくれる。見た目と重なって、正に理想の王子様だ。そんな殿下の姿は女性を魅了するのだろう。ベニート様の時以上に女性の視線を感じる。中には意味ありげな視線もあるような気がするが……


「エルダ、本気で俺のものになれ」

それなのに、話している内容はコレだ。内容を知らないレディたちが羨ましい。


不敬だろうが溜息が出てしまう。

「それはどういう意味でおっしゃっているのですか?」


「決まっているだろう。俺の女になれ、という事だ」

「お断りします」

「……なんでだ?」

「私は、ひと時の恋愛はいらないのです。私だけを本気で愛してくれる人と添い遂げたいのです。私の見目だけで、ましてや身体目当てでお付き合いをしたいと思っているような人はお断りです」


これでも私は侯爵令嬢だ。貴族令嬢としての矜持は持っている。添い遂げると決めた人にしか全てを見せる事などはしない。


「兄から聞いていますよ。あなたには城内にも、街にも、ありとあらゆる所に愛を囁く女性たちがいると。そのような方に全てを捧げるなんて愚かな女のする事ですわ。仮にも騎士を務める私が、そんな女へと落ちぶれるはずがないでしょう」

自分で口にしているうちに、だんだん腹立たしくなってくるのは何故だろう?苛立つ気持ちを落ち着かせようと、大きく息をする。


王太子殿下が私の腰を強く掴んだ。あまりにも予想外で吸っていた息を飲みこんでしまう。

「エルダ。本気で俺をそういう男だと思っているのか?」

低い声。今この瞬間は魔王だ。怒っているのだろうか。だが、こちらとて引く気はない。


「ええ、残念ながら。だって私はあなたの事を深くは知らない。それにしょっちゅう城に来ている令嬢方と楽しそうに戯れている姿を見ますもの。それで兄の言った事は嘘だと否定されても、説得力はないに等しいでしょう」

「くっ」

殿下が言葉に詰まった。もうすぐ曲も終わる。一刻も早く殿下から離れたい。この心地良い温度から逃れなければ。


そんな私の気持ちに反して、殿下との距離が更に詰まった。もう抱き合っていると言っても過言ではない。


「……権力を使ってでもおまえを俺のものにしてやる」

紫の瞳が濃く光った。完全にキレている。きっと今、自分で何を言ったのかわかっていないだろう。しかし、私の心を冷やすには十分なセリフだった。


「やりたければやるがいい。その時は、その場でこの腹かっ切って死んでやる!」

タイミングよく曲が終わり、私は振り返る事もなく殿下の元を去った。

売り言葉に買い言葉、正にそんな状況だった。だが、殿下の言い草が私には嫌だった。


それから私は、王太子殿下には関わらないどころか、近づく事も止めた。



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