逃げられなかった
「どうしても行かなきゃダメなの?」
「ダメなの。先方はエルダをお呼びなのよ」
「行きたくないって言ったら?」
「んーそうねぇ。たくさん来ているお手紙の中から目を瞑って、適当に選んじゃおうかしら?」
「そ、それは嫌」
「ふふ、じゃあ行きましょうね」
社交シーズンも終盤。うまい事、どこの夜会にも行かずに過ごせていたのに。よりによって宰相殿のラウレリーニ公爵家から夜会の招待状が届いてしまった。お母様に軽く駄々をこねたら、たくさん頂いている求婚の手紙の中から適当に相手を決めると脅されたのだ。
これはもう、腹を括るしかないようだ。お茶会であれば、騎士の服のまま行けるのに。夜会ではそれが出来ない。因みにシーズン初めの王城の舞踏会は、警備の方に回ったのでドレスは回避出来た。
「ふふふ、楽しみねぇ。今シーズンはもう着てくれないかと思っていたのよ。嬉しいわぁ。とびっきり素敵なドレスを作らなくちゃね」
母はめちゃめちゃ嬉しそうだ。それはそうだろう。年頃の娘がいるのに、婚約者も作らず、ドレスも着ずに騎士服でウロウロしている娘なんて。
仕方ない。母を喜ばせるとしよう。母の笑顔で腹を括る覚悟が出来た。
「おお、綺麗だな」
兄が私を見て褒めてくれた。父は上を向いている。あれは、泣いているのか?
「でしょう。やっぱりエルダは綺麗ね。背があるからこういうデザインが似合うと思っていたのよ」
ロイヤルブルーのスレンダーラインのドレス。上は首まで詰まっているが袖はない。万が一のために右足の部分に大きくスリットを入れてもらった。腿にクナイを仕込んでいるのだ。本当は、帯剣したかったが止められてしまった。スリットを入れた部分にはレースを重ねてつけてもらい、ぱっと見はわからない。髪は緩く巻かれ、アップにされた。背中は少し大きめに開いており、2連でチェーンの飾りが付いている。
「これは心配だな。ダンスに誘おうと男たちが群がりそうだ」
「その時は蹴散らすまでだ。何のために二人揃ってわざわざ夜会の為に休みを取ったと思っている?」
「はは、そうだよな」
こうして皆で夜会へと向かった。
物凄く見られている。老若男女、全ての目がこちらを向いていると言っても過言ではない。確かに私たち家族は目立つ。父も母も兄も、目の覚めるような美形だからだ。私もそれなりに美形だ。それ故、注目される事は多い。それにしても今日はやたら見られている気がする。
女性に至っては目がハートになっている者もいるようだ。盛大な溜息も聞こえるし、どういう事かキャーキャーと黄色い声までしている。もうアイドル並みの存在だ。流石、父と兄だ。
男性もうっとり見つめている紳士や、拝んでいる老紳士までいる。あとは目がギラギラしていて怖い。
「兄様、視線が刺さる」
「ははは、エルダがドレスを着ているからだと思うが?これだけの美人はちょっとやそっとじゃお目にかかれないと思うぞ」
「それは身内の贔屓目だろ」
恥ずかしいから言わないで欲しい。フロアの中心辺りに到着すると曲が流れ出した。ダンスタイムのようだ。
「まずは踊るか」
兄様に手を取られる。昔から踊り慣れているせいなのか、兄様とのダンスはとても楽しい。やっぱりキャーキャー聞こえる。
『ふふふ、兄様はダンスも素晴らしいからな』
なんだか誇らしくなってニヤけてしまう。私はブラコンなのだ。
「そろそろ曲が終わるな。俺の贔屓目かどうかはこれからわかると思うぞ。ああ、今夜は令嬢の言葉遣いをしろよ。あと、なにかあったら呼べ。それか殺れ」
物凄い不穏な言葉を残して兄が離れた。怖い。怖すぎる。一体私に何が起きると言うんだ。




