違いがあり過ぎる
本来ならば、伯爵令嬢がわざと熱いお茶をかけて「私の婚約者にちょっかいをかけるからよ」的なセリフを言うはず。しかし、婚約者ではないのでそんなイベントは起きるはずもない。しかも怒鳴っているのはヒロイン本人。なんだ、これ?
瞬時に周りを見るが、運の悪い事にカプアート嬢の護衛はアルセニオではなかった。今いるあいつでは止められないだろう。
カプアート嬢が怒りに任せてソーサーを持ち上げた。周りから悲鳴が上がる。
ガツッ。私の後頭部に直撃したソーサーはそのまま芝生の上を転がった。間一髪、二人の間に入り、伯爵令嬢を庇う事が出来た。
「どうした!?」
騒ぎが聞こえたのか、アルセニオも走ってきた。
「アルセニオ様!聞いてください!この子が私に紅茶をかけたの。淹れたてじゃなかったから火傷にはならなかったけど、酷いでしょ!?」
アルセニオに抱きついて訴えている。だが、アルセニオは彼女を引き離しこちらに向かってきた。
「エルダ、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。これくらいでなんとかなるほど弱くない」
抱きしめていた令嬢をそっと離す。
「レディ、大丈夫ですか?申し訳ありません。咄嗟の事とはいえ抱きしめてしまいました」
「あの、いえ。庇っていただいて。ありがとうございます。私は大丈夫ですがあなたが……」
「ああ、私は大丈夫ですよ。これでも騎士団副団長を務めている身ですので」
ニッコリと笑ってやれば、ほっとしたように息を吐く令嬢。心なしか頬が赤らんでいる。熱でもあるのだろうか。
「エルダ!」
ウルウルと涙を溜めたヴィヴィアーナ殿下が、私の元へと走り寄ってきた。
「泣いてはダメですよ。殿下はホストなのです。気をしっかり持ってください。私は大丈夫ですから」
浮かんだ涙を親指でそっと拭ってやると、軽く頷き姿勢を正した。
「エルシー、良かったわ。ケガがなくて」
殿下は彼女を立たせるために手を貸した。
「殿下、ありがとうございます。せっかくの楽しいお茶会に水を差すような事を」
殿下がフルフルと首を振る。
「エルシー、あなたは謝るような事は何もしていないわ」
もう一人、エルシーという令嬢の隣に座っていた令嬢も怒ったように言う。
「そうです。エルシー様は何も悪くありません。だって、あの方がわざとエルシー様にぶつかったのだもの」
一斉にカプアート嬢に視線が向いた。本人はいつの間にか再び、アルセニオにくっついていた。
「は?何を言ってるの?私がぶつかる訳ないじゃない。アルセニオ様、この人たち揃って私を陥れようとしているのよ。きっと私が光魔法を使えるようになったのが気に食わないんだわ」
腕に絡まって泣いている。本当に泣いているのかはわからないが。
「事の発端をお話しいただけますか?」
とりあえず、令嬢たちに話を聞くことにした。
結局、見ていた数人の令嬢の意見は一致した。エルシー嬢がカップを持ち上げて飲もうとしたところで、カプアート嬢がぶつかったらしい。人に寄ってはタイミングを見計らっていたと言っていたが、こればかりはわからない。
そして、エルシー嬢の持っていたカップから、お茶が零れ出しカプアート嬢の胸元にかかってしまった。それが真実だった。近くにいた侍女も概ね同じ事を言っていた。
「カプアート嬢。エルシー嬢は決してわざと零したわけでも、あなたにかけた訳でもなかった。これは了承いただけますね」
「絶対にワザとなのに……わかったわ」
なんだ、その言い草は?流石にイラッとした。おまえは危うく傷害事件を起こす所だったんだぞ。ヒロインならヒロインらしく健気にしろ!
「わざとではなかったと。了承いただけますか?」
少し語気を強めて言えば、渋々ではあったが了承した。
「気分が悪いわ。もう帰る。行きましょう、アルセニオ様」
ずっと絡めていた腕に更に力を込めて、アルセニオを引っ張って行ってしまった。




