第九十七話 アイソル、アーティファクト破壊す
イスターリンが現れる少し前。
教国が徐々に劣勢になっているのを感じた。
あれほどの数の魔物達も配下にいるなど事前に聞いていた話と違う。
神官を攻撃しているあの精霊達は見覚えがあった。
あの精霊使役術を使う人物は俺はよく知っている。
あれは地面に魔法陣の形を刻印すると出てくる魔法だ。
これを使う人物によれば、パンを食べながらやらないと成功しないという。
笑ってしまうような理由だが、昔、試しにパンを食べさせないでやらせてみたら魔法陣が大爆発したのだ。
多分、自由連合国では不思議な人物と言われておかしなことを言われていたに違いない。
その俺こと、アイソルはなぜか巫女服を着て、背後に炎の玉を三個浮かせている、まだ子供と言ってもいい年の獣人の少女と戦っていた。
フォクトライト自由連合はあんな少女すら戦場に出すというのか?
「おい、お前。見たところまた子供だがなぜ戦場にいる!」
俺は彼女の背中から飛んできた炎の玉を切り落としながら言う。
話しかけられると思っていなかったのか、その獣人は警戒しながらこちらを見ている。
「オイラは誇り高い獣人なのだ!この年で戦場に出ていても何もおかしいことはないのだ!」
確かに、獣王国の獣人はあの年で単独で中級ランクまでの魔物は倒せるらしいとは聞いていたが、俺達人間からすれば信じられない話なので何かの冗談かと思っていた。
中級ランクの魔物とは冒険者に成り立てのDランクの人間が倒せるかどうかの魔物ランクで、数名のパーティーを組んでやっと倒せるランクだ。
冒険者ギルドのランクはEから始まり、D、C、B、A、S、SSSと分けられている。
単独で挑む場合はBランク昇格間近の実績があるCランク程の実力がないとミッションを受ける許可が下りないらしい。
それくらい苦戦する。
冒険者とは世界を旅したい者達がパーティーを組んで生存率を高くするためのシステムだ。
無論SSSランクくらいの伝説の英雄レベルの人間達もいるがここ数十年はそこまで昇格し者はいない。
そもそもSSSランクはちょっとやそっとじゃ昇格できないランクだ。
まずS級ですら数十年の中で二人程しか昇格したことがないと聞く。
魔物が出始めてからあえて世界を冒険しようとする頭のおかしい連中がいないせいもあるだろう。
昇格試験には無理難題のようなめちゃくちゃなミッションが課せられるという。
そのため、魔物に負けることが国の滅亡に直結する騎士団などの方が強い。
冒険者ギルドは衰退する一方だ。
各国の国の内部で最強と呼ばれるそれぞれの人物はSSSランク相当の実力はあるはずだ。
「なぜそこまで戦う?」
なおも警戒しながら少女は答える。
「オイラはアトスのために戦っているのだ!」
ほう、アトスのためか。
彼女にとってアトスという人間はどのような存在なのだろうか?
興味を持つ人物のことを知りたいというのはおかしいことではない。
「貴様にとってアトスはどんな存在なのだ」
「アトスはオイラの恩人で、番となる存在なのだ!」
アトスという人間はロリコンなのか?
このような少女にあのようなことを言わせるなど。
だが、獣人の少女はその前に恩人と言った。
アトスに助けられたことがあるのだろう。
やはり、アトスは悪い人間だとは思えない。
子供は嘘を言わない。
獣人の少女の顔は彼の話をするなり明るくなっている。
戦闘中だというのにのんきなことだ。
「なるほど、それが本当ならば悪い人間ではないのだろうな」
「そうなのだ!」
俺は本心を隠さなければならないので、戦闘に戻ろうと剣を構え直す。
その時、戦場の空気が変わった。
全身に刃物を突きつけられている錯覚に陥るような殺気。
この殺気を発生させている方向を見ると髪をオールバックにして顔にはメガネをかけ、紅蓮の炎を具現化したような色の髪を持ち、両手に普通は持てないはずのバスタードソードらしき武器を二振り持った人物が現れた。
俺と戦っていた獣人の少女はこれに耐えられず気絶した。
「あれは、まさか!」
俺がそう言うと同時に銀髪の少年が紅蓮の髪を持つ人物に突き刺され地面に倒れる。
――聞いたことがある。
かつて帝国と竜王国との戦争で三万の竜王国軍をたった一人で撤退に追い込んだ世界最強の伝説の将軍を。
戦争自体は数年前で割と最近の話なのだが、あまりの逸話に伝説と言われるようになった紅蓮の将軍。
イスターリン・アドブラガ。
通り名を《紅蓮の殺戮兵器》と名付けられた戦闘狂。
「ったく。帝国抜けて楽しみにしてきたってのにこの様か。面白くねぇ、面白くねぇな」
帝国を抜けた?
バカな。
なぜ出奔してここに来たんだ。
☆
その後に黒い羽の生えた女性やらビーカーを持った女性が空間を裂いて現れたりと、この戦場はめちゃくちゃになっていた。
アトスと思われる人物は辛うじて立っているようだが、イスターリンの謎の遠距離武器の攻撃を全身に喰らい、今にも倒れそうになっていた。
そのうちにイスターリンは飽きたのかここから去ろうとしている。
アトスがイスターリンに魔剣を支えに片膝立ちで声をかける
「待てよ……まだ戦える」
「今のお前じゃどうやっても俺には届かねぇよ。分かってんのか?ここで戦ったら間違いなくお前を殺せるんだぜ、俺は」
「そんなこと、知るか。国を守るためなら俺はどうなろうと戦う」
そう言って立ち上がる。
あのアトスという人間、来る前にも思っていたが、俺と同じ性質を持っているような気がした。
俺も国を守ろうとするならば彼と同じようなことをしていただろう。
ここで死なせていい人間ではない。
居ても立ってもいられず、俺は彼を助けようとアトスの能力封印をしているアーティファクトへ向かう。
あそこまで苦戦しているのはあのアーティファクトの影響もあるはず。
☆
あのアーティファクトはヴァレッタを出てすぐに近くの茂みに打ち立てた十字架で、影響範囲はこのフォクトリア大平原全域に及ぶ程の力がある。
そのため、アトスはフォクトライト自由連合国から離れない限りこの影響はもろに受けてしまうようになっていた。
道中、凄まじい殺気が平原全体に広がっているのを感じたが、あの場所で何が起きているのか俺は知りようもない。
あの殺気は近くのヴァレッタ村にすら届いているはずだ。
きっとヴァレッタ村の中でも気絶している人間がいるだろう。
「あいつらは一体何者だったんだ」
イスターリンは帝国所属だったはずなので分かるのだが、黒い羽の女性やビーカーの女性は分からない。
何が目的であの場所へ来たのか。
分からないが、黒い羽の女性はドラゴニアとも違う種族なのは確かだろう。
アーティファクトのある場所にようやくたどり着いた。
早速破壊しようと剣を構えた。
しかし、どこからともなく無数の蝶が一点に集まり、俺の剣の前に姿を現した。
白く縦長なシルクハット、白いマント、白銀のタキシード、顔には仮面。
「何者だ?」
「ハァーハッハッハ!私はブラボー・ナイトと申します!」
いきなり笑い出すとは変な人間だ。
そして笑いながら一礼するなどやはり変な人間なのでは?
いや人間なのかは分からないが。
「時にアイソル殿、あのアーティファクト。もしや破壊するつもりなのですか?」
「……そうだと言ったら?」
なぜ名前を知っているのかも謎だが。
「私、一応これを阻止しないといけないのですがね」
わざとらしく肩をすくめてそう言う。
阻止するということは敵なのか?
「聞くが、イスターリンやら黒い羽の女性やらビーカーの女性やらを知っているか?」
立ち振舞いと阻止しようとする行動を見る限り、教国かあの者達の仲間のはず。
教国の本隊にあのようなやたら目立つ人間はいないのであの者達の仲間だと思うが。
「ええ!お仲間ですとも!私の目的のためには利用するのに都合のいい組織なのでね」
「そこを退くつもりは?」
「さてはて、どういたしましょうか!これは困りました!
アトス殿に負けてもらっては困りますので支援をしたいところですが」
全く困っていないような行動をしているが。
仮面の彼はまるで道化師のようにその場でくるくる踊り始める。
変な人間だな。
しかし、アトスを支援ということは敵とも言い切れないのか?
「ではなぜ邪魔をする?」
「フフフ、なぜでしょう?ブラボー・クエスチョン案件なのでは?」
よく分からん。
この人物と会話をしていると煙に巻かれているような感じを受ける。
「私としてはアイソル殿と戦ったという事実が欲しいところなのですが、まあそれはなんとかなるでしょう」
彼をよく見てみると、タキシードの腰に十字架が二つ装着されているのを見つけた。
遠くから見るとそんなことは分からないようにマントで隠れているし、近くにいても真面目に観察しないと分からないだろう。
「お前、もしかして――」
あることに気づいた俺はブラボーにそれを言おうとするが即座に言葉を遮られる。
「おやおや、気づいてしまいましたか!これは秘密ですよ、アイソル殿」
ブラボーは仮面の前に人差し指を立ててそう言う。
「しかし、その十字架は」
十字架を形見離さず所持している者は教徒か、神官、異端審問官のはずだ。
「秘密です!ここだけの秘密ですが、私もアトロパテネス様の復活を願う者。
決してアトス殿やアイソル殿と敵対する者ではありません。
状況にも左右されますが、こうして敵として立ちはだかることもあるでしょう!」
アトロパテネス復活を願う者ならば彼は異端審問官だろう。
時空神復活を達成するまで戦い続ける者達。
「なぜ、あいつらと手を組んでいる!」
だが仮に異端審問官なら、あの黒い羽の女性やビーカーの女性やイスターリンに手を貸しているのはなぜなのだろう。
「そこまで言ってしまうのは面白くないでしょう!では私はこれで!
我々はダークディメンション、世界滅亡を企む者」
ブラボーは一礼すると現れた時と同じように無数の蝶へと姿を変え、去って行ってしまった。
矛盾している。
アトロパテネスを復活させるという目的があるのならばあの者達と行動する理由はないはずだ。
彼は矛盾したことを言っているのを分かっているのだろうか?
それはともかく彼が去ったということはアーティファクトは破壊しても構わないのだろう。
俺はすぐさまアーティファクトの破壊を行った。
アーティファクトの力が四方八方に霧散したのを感じた。
地面にはアーティファクトの残骸となった白い水晶が四個落ちた。
「犠牲となったあの神官の冥福を祈る」
俺は白い水晶に対してしゃがみ、両手を合わせ目を閉じる。
それを終えて、アーティファクトを回収する。
これでアトスがダークディメンションと名乗ったあの者達を退けてくれると良いのだが。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
突然ですが諸事情により明日は休載になります。
執筆自体は続けているのでお待ちください、よろしくお願いします!




