第八十八話 ただの執事でございます
アトス様が過去からお戻りになられる少し前、私クロノはサウスビース獣王国へとやって来ていた。
アルデイト王国で軽めの情報を収集して、王国内では大きな犯罪組織があるという話を聞いた。
私は続いて獣王国へ来たが、獣王国に入るなり神官と思われる人物達が何人か歩いているのを見かけたため、近くの茂みに身を隠し、その者達の動向を見る。
恐らくこの世界のアトロパテネス教国の神官達だろうと言うことは分かった。
私は体が滅んだあとも各地に点在するアーティファクトの影響を受け、この世界の国のことはそれなりに分かっていた。
滅んだ後もそんなことができるとは想像していなかったが、おかげでアトス様の役に立てそうだ。
諜報部として復活した際に記憶が再構築されたため、国の名前くらいしか思い出せないが地理は分かる。
アトス様はこの世界で私の本体、アトロパテネスを復活させることのできる唯一の希望。
故に私はどこまでもアトス様のお役に立とうと思う。
他にもそれができそうな者達はいるが、アトス様程それが実現しそうな人物はいなかった。
「アトスという法敵はどれ程の力を持っているのか」
むむ、アトス様の話を出し、そのうえ法敵と言うのであればあの神官の集団は自由連合国に害を成す者達なのだろうか?
私は神官達がアーティファクトを所持していることを知っている。
近くにアーティファクトがあれば、それは私の一部なのだからわからないはずがなかった。
「きっと大男で毛むくじゃらのケダモノなのだろう、ともかくジーベル様が法敵と定めた以上は俺達はそれに従い敵を滅ぼすだけだ」
ジーベルというのは確か教国の現教皇だったはずだ。
彼もアーティファクトを所持していたはずだが、現界する前に彼の行動は分からなくなった。
恐らく、汚染されたアーティファクトに精神を侵食されたのだろうと推測はできる。
汚染されるとその者の動きは霧がかかったように見えなくなるので、私は誰が汚染されたのか、現界する前までは把握していた。
現在は分からない。
現界してからは分からなくなってしまった。
今は各地にあるアーティファクトとの接続はできない。
もっとも汚染されたと知っていたとしても滅んでいた私は何の行動も起こせなかったのだが。
しかし、知っていても動けないのと実際に動けるのとはまるで違う。
こうしてアーティファクトの反応を捉えたら自ら回収できるのだから。
神官達は話を続ける。
「我々は先遣隊だが、本隊には法敵の力を封印するアーティファクトがある。
我々は偵察を終えて本隊の到着を待てばいい、何も恐れる必要はない」
なんと、アトス様の力を封印するアーティファクトが存在するというのか!
きっと私が現界した後に作られたのだろう。
そんな話は私は知らなかった。
「うむ、全くだな!アトスなど滅ぼされてしまえばいい」
「魔物と共存などできるはずがない。いつか裏切られて国を乗っ取られるのが見えている。
世界にそのような国を出す訳にはいかんな」
何も知らない者達なのだろう。
あの国で共存している魔物達はそのようなことをする魔物ではない。
積極的に人と交流をし、生活している魔物達はそのようなことはしない。
アトス様が目覚められる前、私は国を見て回っていた。
あの魔物達が裏切ることは絶対にない。
人の子と共存しているあの者達は人の役に立てることが心の底から嬉しいという表情を浮かべていた。
「アトス、死すべし」
偵察されるとなると困るのはこちらだった。
私は彼らの背後から気絶させる魔法を使う。
諜報部なのでなるべく顔を知られないようにしないといけない。
「スピリットロスト!」
私は元が神なので魔法は詠唱せずとも使えてしまうが、せっかくなので詠唱破棄をして魔法を使う。
「な、なに!――」
一番後ろを歩いていた神官が倒れる。
その神官のすぐ近くにいた別の神官が気づく。
異変に気づいた他の神官が戦闘態勢を整えようとするが、私は光の速さで次々と神官達を気絶させ、最後に残った神官の背後から私の腕を変形させた光の刃を首に当てて、動いたら殺すという殺気を放つ。
首に刃を当てられた神官は冷や汗を出し、焦る。
「き、貴様は一体何者だ!神聖なる我々の邪魔をしようなど、時空神アトロパテネス様が黙ってないぞ!」
「フフフ、おかしなことを申す。神聖など片腹痛い。
あなた方は知らなくてよい。
私の問いに答えてもらう」
私がその時空神だと言ったらこの者達はなんと言うだろうか。
神に刃を向けたことを知ると恐怖するだろうが、今の私は一人の諜報部なのでそれは言わない。
「わ、私は何も話さんぞ!」
そう言うなり、私の腕から逃げ出しこちらを向く。
私は殺気を放ちはしたが本当に殺そうなどとは思ってない。
悪に落ちたとしてもこの世界の人間なのは確かだからだ。
無論、アトス様に仇なそうとするものは天罰を下すつもりではあるのだが。
「き、貴様、人間ではないな!何者だ!」
その神官は慌てて自分の所持しているアーティファクトを使う。
あいにく、私が近くにいる限り、アーティファクトの制御はこちらにある。
つまり、神官はアーティファクトを使えなかった。
「な、なんだと!そんなバカなことが……」
「抵抗は終わりですかな?ではこちらから」
そう言って私は神級ランクの魔法を使う。
現界して間もないので自分の限界がどれくらいなのか、知っておきたい。
「トゥルーシャドウズ!」
トゥルーシャドウズとは神級ランクの中でも精神力を消費する。
私は精神力など有り余っているため、問題なく使える。
元々全次元を維持するなど精神力がいくらあっても足りないため、私の精神力は無尽蔵だった。
「バ、バカな!トゥルーシャドウズだと!?そのような魔法、この世界でも一人か二人ほどしか使えない魔法のはずだ!
そんなことがあるはずがない、あるはずがないんだ!」
「残念ながら、我が主は私などよりも遥かに強いですぞ!それではごきげんよう、憐れな人の子よ」
私は一礼をして、分身の一人に神官を気絶させるように命令する。
「き、貴様の主はまさかアト――」
何かに気づいた神官だったが、言い終わる前に分身の者を軽く気絶させる。
「ふむ、神級ランクの魔法を使っても問題はないか。
さて、では仕事をしましょうか」
戦闘が終わったのを確認した後、分身を消す。
そして、今気絶させた神官に洗脳の魔法を使い、無意識だけを表に引きずり出す。
「アトス様の力を封印するアーティファクトの力は本当ですかな?」
神官は虚ろな目で答える。
「はい、本当です。ジーベル様が神官の一人を犠牲にアーティファクトにその力を付与しました」
「なるほど、本隊は自由連合国にはいつたどり着くのですかな?」
「本隊が本国を出た日数に間違いがなければあと三日で到達する」
ひとまずこれくらいの情報を集められれば問題はないと思う。
これを早くアトス様に伝えなくては。
そう思い、思念を送ってみるが何の応答もないのでしばらくアトス様からの応答があるまで思念を送る。
おかしい、普通なら問題なく通じるはずなのだが。
もしや、アトス様の身に何かあったのだろうか?
そう心配になったが何回かの通信の後にようやく繋がった感覚があったので連絡をする。
(アトス様、聞こえますか?ようやく通じました、至急ご連絡を差し上げます!
アトロパテネス教国がフォクトライトへと侵攻を始めたという情報をお渡しします!)
(情報の正確性は?)
(教国から侵攻してきていた先遣隊を壊滅させて生き残らせた者からの直接の話なので間違いはないでしょう。
本隊はまだ教国から出たばかりなので自由連合国に到達するのはあと三日程だと思います。
さらによくない話を聞きました)
かなり危険な話のはずなので早く伝えなくては。
(なんだ?)
(アトス様の能力を封印するアーティファクトが本隊にあるとのことで、厳しい戦いになるやもしれませんが気を付けて下さい!
私も早く帰還するようにしますが)
ここは獣王国なのですぐ帰るのは問題はない。
しかし、気絶させた者達を拘束してしばらく、せめて本隊が自由連合国の方へ向かうときまで合流されないようにしたいところだ。
主には申し訳ないが少しでも戦力は減らしておきたい。
この度の戦いは恐らく、アトス様にとっては苦戦する戦い。
戦力は少なくしておくに越したことはない。
力を封印するアーティファクトということは私のアーティファクトの操作も受け付けないはずなので、戦力を減らす方が楽になるはず。
「アトス様、どうかご無事で」
私はアトス様のいるはずの自由連合国の方を向いてそう祈る。
早くアトス様の元へ帰らねば。




